オフロード性能と高級感を両立させた、革新的なプレミアムSUV【名車のセオリー Vol.8 ランドローバー レンジローバー】

  • 文:鈴木真人
  • イラスト:コサカダイキ

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2012年に登場した第4世代レンジローバー。全長5mというフラッグシップモデルにふさわしい堂々たる体躯で、環境性能を高めたプラグインハイブリッドモデルもある。この2020年で、レンジローバーはデビューから半世紀を迎えた。

時を経ても色褪せず圧倒的に支持され続けるモデルを紹介する、連載シリーズ「名車のセオリー ロングヒットには理由がある」。第8回で取り上げるのは、イギリスを代表する高級SUVのレンジローバー。軍用車を原点とするタフなオフローダーがプレミアム性を纏い、唯一無二の存在となった。

正確に言えば、車名はランドローバー レンジローバーである。いささかややこしい。ランドローバー社が製造するレンジローバーというクルマなのだが、ローバーが2つ重なるのが厄介だ。もとをたどれば、ローバー社がつくったクルマがランドローバーという名のSUV。車名だったランドローバーが、いまでは社名になっているのだ。ローバー社はこの連載の第1回で扱ったミニを製造していたメーカーである。20世紀の初頭に誕生した名門だが、イギリスでは自動車会社再編が繰り返され、2005年をもって実質的に消滅。ランドローバー部門は2000年に分割されてフォードに売却され、現在ではインドのタタ傘下となっている。車名としてのランドローバーは、1948年に誕生した。第二次世界大戦でアメリカのジープが活躍したことを受け、タフで高性能なオフロードモデルをつくろうと考えたのだ。車名を直訳すれば「陸の放浪者」ということになる。余談だが、トヨタのランドクルーザーはランドローバーに対抗して「陸の巡洋艦」という意味を込めて命名されたという。

レンジローバーの前身モデルとも言える、ランドローバー シリーズ1。戦後すぐのイギリスは鉄が不足しており、アルミニウムでボディをつくったことで角張ったフォルムになった。

初代レンジローバーは3ドアのみの展開。クラムシェルボンネットや分割式テールゲートなど、現在まで続くデザイン上の特徴を備えていた。高いオフロード性能をもちながら、内装は本革や木材をふんだんに使った贅沢な仕様だった。

ランドローバーのシリーズ1モデルは、サルーンのローバー P3をベースにしている。角張ったボディは軽量なアルミ製で、悪路走破性を高めるために4輪駆動を採用。イギリス陸軍の特殊空挺部隊で軍用車として使われ、砂漠の作戦行動などで活躍する。戦場で証明された高い性能が知られるようになって民生用としても人気となり、イギリスを代表するオフロードカーの名声を得た。1970年には新たなモデルが誕生する。それがレンジローバーだ。高いオフロード性能を保ったまま、高級車の快適性を実現するというコンセプトを掲げていた。フルタイム4WD機構をもつマルチパーパスビークルである。オフロードカーはスパルタンなものと考えられていた時代で、常識を破る革新的なモデルと言える。デビュー時は3ドアだけだったが、後に5ドアモデルが追加されている。高い利便性と快適性をもちながら、悪路走破性はトップレベルだった。79年に行われた第1回パリ・ダカールラリーで優勝している。

ディスカバリーは1989年に、ランドローバー第3のモデルとしてデビュー。キックアップルーフがデザイン上の特徴となる。90年代にはローバー社と提携していたホンダから、OEMモデルのクロスロードが販売されていた。

2002年に7年ぶり2度目のフルモデルチェンジが行われた第3世代レンジローバー。これまでのラダーフレームに前後リジッドアクスルという基本構造は、モノコックボディに4輪独立懸架の構成に変更、パワートレインも一新された。

1989年に第3のモデルとしてディスカバリーが登場。翌年にはランドローバーがディフェンダーと名乗るようになり、ランドローバーブランドに3種のモデルがラインアップされた。レンジローバーは誕生から四半世紀を経た95年に初のフルモデルチェンジを行う。洗練度を高めて魅力を増したが、劇的に変わったのはその7年後に登場した第3世代モデルだった。堅牢なラダーフレームに前後リジッドアクスルというオフロードカーの定石を捨て、モノコックボディに4輪独立懸架という乗用車的な構成を取り入れたのだ。古くからのユーザーからは批判的な声も上がったが、オンロードとオフロードの走破性と快適性を高いレベルで両立させたことは高く評価された。2002年にイギリス・スコットランドで行われた国際試乗会に参加した時、高速道路から雪の山道や川の中までをこなす“Go Anywhere”性能の高さに感心したことを覚えている。ちなみに、この試乗会のプレスディナーにはアン王女が来臨された。英国王室にとっても誇るべきクルマなのだ。

よりスポーティなモデルや、環境性能を高めた派生モデルが登場。

2002年にポルシェのカイエンが発売され、スポーティなSUVに注目が集まっていた。このトレンドに合わせてランドローバーが開発したのがレンジローバー スポーツ。乗り心地よりもハンドリングを重視したサスペンションセッティングで、ダイナミック性能を高めた。

第3世代レンジローバーの成功が牽引するかたちで、ブランドは拡大路線を突き進む。2005年にデビューしたのがレンジローバー スポーツだ。レンジローバーが悠揚迫らぬ泰然とした佇まいをもっているのに対し、レンジローバー スポーツは刺激的なドライバーズカーとしてつくられている。プレミアムブランドがスポーティなSUVを次々に送り出していた時期で、老舗だからといって鷹揚に構えているわけにはいかなかった。デザインのイメージは共通しているものの、威厳よりも流麗さとスピード感を表現しようとしているのがわかる。意図的に若々しい印象を与えようとしたのだ。乗ってみても、思想の違いが明確にわかる。レンジローバーが乗員に快適な空間を提供することを最優先しているのに対し、レンジローバー スポーツはドライバーを運転に集中させることに注力する。性格の異なるモデルに仕立てたことで、レンジローバーがカバーするターゲットは大きく広がった。

2008年のアメリカ・デトロイトモーターショーで発表されたLRXコンセプトをもとにした、レンジローバー イヴォーク。会場を驚かせたフォルムが、ほぼそのままのカタチで11年に市販化された。レンジローバーシリーズの中では最もコンパクトで、サステナビリティをキーワードに開発されたという。

レンジローバーの快進撃はまだ止まらない。2011年にデビューしたレンジローバー イヴォークは、斬新さで世界を驚かせた。プレミアムコンパクトSUVでありながらクーペを名乗ったのである。ルーフはリアに向かって下降し、軽快感を纏ったスタイル。ランドローバー初のFFモデルが用意されたことは、都市型SUVを志向していることの表れだろう。デビューイベントはファッション誌『ヴォーグ』イギリス版とコラボしてケンジントン宮殿で行われ、ファッション感度の高い層を狙っていることがわかる。15年にはコンバーチブルモデルまで登場。軍用車としての出自は、遥か遠いものとなった。レンジローバーは都市生活者に快適な移動を提供するプレミアムビークルに変貌したのである。17年にはレンジローバー ヴェラールが登場。レンジローバーとレンジローバー スポーツの間に位置するモデルで、ラインアップはさらに盤石となったのだ。

先代モデルは2005年に販売が終了しており、4年を経て復活した第2世代ディフェンダー。19年に日本で行われたラグビーワールドカップの表彰式で、プレゼンターを乗せてサプライズ登場したことが話題となった。

次々と新世代モデルが登場したランドローバーの中では、ディフェンダーだけが取り残されたかたちになっていた。約70年にわたって基本的な構造を変えずにつくり続けられてきたのだ。ようやく2代目がデビューしたのは2019年。アルミ製モノコックボディと4輪独立懸架を採用してモダンなSUVに生まれ変わったが、水平基調のデザインで無骨なイメージを残している。ランドローバーの原点となったモデルであり、レジェンドは継承されなければならない。いまやランドローバーは7種のモデルを展開するようになった。陸の放浪者は山や海から市街地までのすべての道を制覇し、SUVの進化を体現している。都市への進出は、レンジローバーから始まった。ワイルドなオフローダーが都会的な装いと快適性を手に入れたことで、SUVがもつ大きな可能性が見出されたのだ。野性と気品の両立を志向したことで、レンジローバーは特別なモデルとなった。

ランドローバー レンジローバー

1970年にデビューしたランドローバーのフラッグシップモデル。高い悪路走破性をもちながら日常使用でも不自由がなく、乗員に快適な空間を提供する。いまでは当たり前になったプレミアムSUVというコンセプトだが、50年前には未来的で革新的な構想だった。同じ考え方でレンジローバー スポーツ、レンジローバー イヴォーク、レンジローバー ヴェラールという派生モデルも開発され、世界最高峰のSUVシリーズという地位を不動のものにしている。