合理的な設計思想で、スピードと実用性を両立させたスポーツカー【名車のセ...

合理的な設計思想で、スピードと実用性を両立させたスポーツカー【名車のセオリー Vol.2 ポルシェ 911】

文:鈴木真人 イラスト:コサカダイキ

初代モデルの901型は、スリムなボディであることから「ナローポルシェ」の異名をもつ。

時を経ても色褪せず圧倒的に支持され続けるモデルを紹介する、連載シリーズ「名車のセオリー ロングヒットには理由がある」。第2回で取り上げるのは、デビューから半世紀以上にわたってスポーツカーの象徴的存在であり続けているポルシェ 911。水平対向エンジンとリアエンジン・リアドライブ(RR)の駆動方式という唯一無二の組み合わせを頑なに守ることで、孤高の名車となった。

ポルシェ 911がデビューしたのは1963年。ドイツのフランクフルトモーターショーで発表されたのは、いまから半世紀以上も前の話である。アメリカのジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された年で、日本ではTVアニメ『鉄腕アトム』の放送が始まった。鈴鹿サーキットで行われた第1回日本グランプリでは、ほぼ公道仕様のスズキ スズライトやトヨタ パブリカがデッドヒートを繰り広げて観客を沸かせている。当時からポルシェ 911は、飛び抜けた性能をもつモデルだった。そして現在も、その輝きは増すばかりだ。スポーツカーでありながら、GTカーの側面ももつ。ドライバーや乗員に苦痛を強いることなく、目覚ましいスピードと運転の喜びを提供する。スタイルも機構も、唯一無二の存在であり続けている。

ポルシェ 356とフェルディナント・ポルシェ博士(右)、そして息子のフェリー・ポルシェ(中)。

よく誤解されるのだが、ポルシェ 911はフェルディナント・ポルシェ博士の作品ではない。彼は1951年に逝去しているので、直接かかわってはいないのだ。もちろん、魂と思想は受け継がれている。源流となったのは、フォルクスワーゲン タイプ1(ビートル)である。ナチス・ドイツ総統だったアドルフ・ヒトラーの国民車構想にのっとって、ポルシェ博士が開発した小型大衆車だ。戦前に完成していた試作車は先進的な設計思想をもっていた。空力性能のいい流線型のボディで、空冷水平対向エンジンを採用し、RR方式をとっていた。ハイウェイで時速100kmの巡航が可能だったというのは、当時の大衆車としては十分すぎる性能である。戦争中は生産されることはなかったが、焼け野原の中から甦った工場で生産が始まると、世界的な人気を得るに至ったのだ。

フォルクスワーゲン ビートル、ポルシェ 356から受け継がれるRR方式。

重心を低くできる水平対向エンジンを採用。

ポルシェ博士の息子、フェリー・ポルシェことフェルディナント・アントン・エルンスト・ポルシェが開発したスポーツカーが、ポルシェ 356である。ポルシェの名を冠した初のモデルで、フォルクスワーゲン製のエンジンをリアに搭載していた。1948年に第1号車がつくられ、911が登場してからもしばらく販売されている。フォルクスワーゲン ビートルとポルシェ 356で培われた経験と技術は、911にも受け継がれた。空冷の水平対向エンジンをリアのオーバーハングに搭載している点は、3車ともに共通だ。ポルシェ3代のエンジニアは、この組み合わせが最も合理的だと考えたのである。ビートルと356は4気筒だが、911には強力な6気筒エンジンが採用された。

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