Vol.40 ビバンダム

  • 文:竹内優介(Laboratoryy)
  • 編集:山田泰巨

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Vol.40
Vol.40 ビバンダム
ビバンダム

アイリーン・グレイ

文:竹内優介(Laboratoryy) 編集:山田泰巨

モダニズムの黎明期に活躍した女性建築家、アイリーン・グレイをご存じでしょうか。当時、まだ数少ない女性デザイナーであった彼女は稀有な才能を持ちながらも同時代のル・コルビュジエら著名な建築家の影に隠れ、モダンムーブメントの忘れ去られた先駆者となっていました。彼女が自身の別荘のためにデザインしたラウンジチェア「ビバンダム」は、グレイの先見性がよくわかる一脚です。

自身の別荘のためにデザインしたラウンジチェア「ビバンダム」。シャープな鋼管のベースが重厚なレザーシートを浮かび上がらせ、軽快な印象を与えます。現在はドイツの家具ブランド「クラシコン」が製造販売。サイズはW900✕D790✕H720✕SH420mm

1878年にアイルランドの貴族の家庭に生まれ、学生時代には絵画を学んだアイリーン・グレイ。彼女は1902年にパリへ移住し、漆工芸家そしてインテリアデザイナーとして商業的にも社会的にも成功を収めます。その彼女を建築の世界へ導いたのは建築評論家で編集者のジャン・バドヴィッチでした。29年、「E.1027」と名づけられた二人の別荘が完成します。

グレイはル・コルビュジエより早く、彼が唱えた「近代建築の5原則」を具現化した建築を実現し、この家のために鋼管などを用いた工業製品的な家具の数々をデザインしました。バドヴィッチと親交のあったル・コルビュジエは彼らの別荘をたびたび訪れており、その完成度の高さに複雑な思いを抱いていたのでしょう。彼はグレイの不在中、白い壁にフレスコ画を描いてしまったのです。グレイはル・コルビュジエの行為に激怒しましたが、すでに巨匠として知られていたル・コルビュジエは圧力をかけて彼女を表舞台から消しさってしまいます。

グレイの功績が再び世間に認められたのは、彼女の死から3年が経った1979年のこと。「E.1027」のためにデザインした「アジャスタブル・テーブル」や「ビバンダム」をはじめとする家具が製品として復刻され、名作を手に入れることができるようになりました。歴史主義の装飾ではなく、現代的な美しさと機能的なフォルムを追求したグレイの作品。それは誕生から1世紀が経とうとするいまなおモダンで、漂う艶と気品に惹きつけられます。

フランスのタイヤメーカー「ミシュラン」のキャラクターは本国でビバンダムとして知られ、ビブの愛称で知らしまれています。それに因み、グレイはウィットの効いた名前を付けています。

背もたれから肘掛までが高めに設定されているので、ちょっとした仕切りになりながらしっかりと身体を包み込んでくれます。