Vol.31 ハウ・ハイ・ザ・ムーン
Vol.31

ハウ・ハイ・ザ・ムーン

倉俣史朗

文:佐藤早苗 編集:山田泰巨

まもなく没後30年を迎えようとし、いまなお世界的に評価の高い日本のデザイナー、倉俣史朗。その代表作のひとつがエキスパンドメタルでできた「How High the Moon」です。メタルの堅牢さをもちながらそれと真逆なやわらかさを感じさせるフォルム、透き通る影のような儚い存在感……。1960年代に彗星の如く現れ、その研ぎ澄まされた感性で世界を震撼させた倉俣は椅子の歴史に新たな文脈を生み出しました。

今回の復刻ではエキスパンドメタルにニッケルサテンメッキを施しており、網目が美しく輝きます。「How High the Moon」という名前はジャズの名曲から。サイズはW955×D825×H695×SH330mm

倉俣史朗は早くから新しい素材や加工に着目し、アクリル、ガラス、アルミニウム、スチールメッシュなどを用いて革新的な作品を発表しました。インテリアデザイナーとして頭角を現すととともに家具のデザインでも知られ、ポストモダニズムの流れに乗ってその才能を発揮しつつも透明で浮遊感のある作品で独自のポジションを築きました。
「How High the Moon」が発表されたのは1986年。鋼の薄板に切れ目を入れ引き伸ばしたエキスパンドメタルは、それまでの建築業界では塗装下地に用いられた素材です。当時の常識では仕上げ材として使うことは考えられていませんでした。交差する線が面となり、透き通る輪郭がそのまま構造であり、内外のボリューム感が曖昧なこの作品は重力に抗い続けた彼の真骨頂と言えるものでしょう。
発表当時は、倉俣とともに歩んできた施工会社イシマルと寺田鉄工所が製作し、彼の設計した空間に納められたほか、1997年まではイデーでも販売されました。また、海外ではヴィトラも生産・販売を手がけていましたが2009年に生産が終了。しばらく生産が途絶えていました、しかしこの秋、クラマタデザイン事務所監修のもと、ギャラリー田村ジョーにより、オリジナル図面にその後の改良も加味して復刻、再販されることとなったのです。もし倉俣史朗が生きていたならば現在85歳。いまならばどんな素材と向き合っていたのでしょうか。

各コーナーの繋ぎ目はエキスパンドメタルの先端と先端を溶接して滑らかに仕上がっています。ソファを支える脚部ももちろんエキスパンドメタル製。日本の金属加工の技術が集約された一脚です。

見る角度によって、エキスパンドメタルの重なりが異なる表情を見せます。アートのようでありながら、椅子として実際に座る機能が確保されているのも、倉俣が意図したところです。

Vol.31 ハウ・ハイ・ザ・ムーン