アウディの車内に響く美しいサウンド、その綿密な音作りの秘密に迫った

  • 文:小川フミオ

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音を計測するときに使用するヘッドダミーは人間の耳に近づけたマイクの設定。

クルマのなかの音が進化している。アウディ本社はさきごろ、アウディの音空間はどうやって作られるかについて、「テックトーク」(技術にまつわる発表会)を開催し、舞台裏をジャーナリストに公開してくれた。ハイブリッドやピュアEVなどエンジンで走らないクルマは言うにおよばず、エンジン車の車内も劇的に静かになった昨今、車内の音作りはあたらしいチャプターを迎えている。それはなんだろうか。

恋人に聞かせようとカセットテープの編集をした世代もいれば、CDすらすっとばしてスマートメディアのストリーミング、などカーオーディオの楽しみは、ひとによってさまざま。でも、いい音を聴きたい、というのは共通の望みだろう。個人的に最近おもしろいと思っているのは、ブランドによって音の作りかたが明確に違うこと。上品な弦楽にもっとも合ったサウンドを得意とするクルマもあれば、クラブのように重低音にニュアンスを出してくれるクルマも。サウンドとクルマは切り離せない。

「Audi Tech Talk」に登場した最新のスポーツSUV「アウディSQ5」。

「Audi Tech Talk」に登場したトビアス・グリュンドル氏(中央)と、ミシャエル・ビシュニウスキ氏(右)。

「各モデルに最適なサウンドを開発することは、アウディにとって中心的な要素となっています」。そう謳うのは、今回の「アウディテックトーク」の主題「サウンド&アクースティック」を紹介するプレスリリースだ。「私たちがつねに念頭に置いているのは、再生のポリシー。言葉にすると”ナチュラルサウンド”なるものです。日常生活で聴く音にできるかぎり近い音としての再生をめざしています」。サウンド&アクースティックの開発を担当する、アウディAG(本社)のトビアス・グリュンドル氏の発言だ。

オンラインの画面に登場したのは、アウディのエンジニアと、それに同社が最近発表したスポーティなSUV「アウディSQ5」だ。音楽の再生とともに、アウディが心がける”いい音”づくりの見本という。エンジンやタイヤや風が巻き起こす騒音を消し、いっぽうで、乗るひとが心地よく感じ、あるいは、場合によっては気分が高まる音づくりが目指されているのだ。「音響メーカーの協力を得てアクティブノイズキャンセレーションというシステムを採用。車内のマイクが拾ったノイズを、スピーカーから音波を反転させた音を出すことで中和。さらに、エグゾーストシステムにアクチュエーターを備え、心地よい音をさらに強調するという具合です」。そう説明される。

アウディのサウンドエンジニアリングのチームが使う音のリファレンスルーム。

「乗員にどんな音を聴いてもらいたいか。私たちサウンドエンジニアは開発部門に設けた専用のリスニングルームのスピーカーシステムで”基準”を設定します。基本的には、アーティストが表現したいことを探ります。それを丁寧に表現できるオーディオの音場づくりを車内で心がけるのです」。前出グリュンドル氏の同僚のサウンドエンジニア、ミシャエル・ビスニウスキ氏の言葉だ。

いやな音を消し、心地よい音を聴いてもらう。そのために、アウディのエンジニアはさまざまな計測を行う。たとえば、客観的な基準のためには、ヘッドダミーという人間の頭部のかたちをしたマイク(耳の位置に高感度マイクが埋め込んである)を使い、音源からの距離を決めていく。ノイズを探すときは、カメラとともに、5本の細い筒型マイクが玩具のかざぐるまのように渦を巻いた形状の特殊な探知装置を使うことも。車内が静かになると、これまで気づかなかったノイズが耳障りになることも多々あるとか。サウンドエンジニアは、いい音を作るために、不快な音を消すことから始める。見ていると、大変な作業だ。

自動でポップアップするバング&オルフセン開発のツイーター(高音域用スピーカー)。

アウディは、高級オーディオメーカー「バング&オルフセン」や「BOSE」とオーディオの共同開発をしてきたことでも知られる。ほかにも、かつてアストンマーティンは英国の「LINN」を採用していたし、ランドローバーとジャガーは「バウアー&ウィルキンス」、またレクサスは「マッキントッシュ」など、高級ブランドと高級オーディオは相性がいいようだ。キャデラックやシボレーなど米国メーカーの音も若々しくて、かなり高得点である。アウディはこうしてテックトークを開くほどなので、当然凝った音が楽しめる。上級モデルは言うにおよばず、最新のコンパクトセダン「A3」のオーディオも、活き活きとした音を聴かせてくれている。

車内音測定用マイクロフォンはさまざまな種類が用意されている。

いいサウンドのためには、購入後の”後付け”ではなく、設計段階からメーカーのエンジニアが参画し、かつ車両の生産ラインでオーディオを組み付けていく必要があると言われてきた。良音のためには、ボディの剛性やとりつけ場所の振動などの抑制が必要だし、乗員にとってもっともいい音で聞こえる位置にスピーカーを取り付ける必要があるからだ。もし、クルマに乗って”このスピーカーから音が聞こえる”とわかってしまうのは失敗で、どこから音が鳴っているかわからない、という状態が最も成功したセッティングともいわれる。奥深い世界だ。

ダミーを使って音の計測をする際は同一条件を守ることが肝要なので、位置ぎめは緻密に行われる。

車内の音づくりは、これまでホームオーディオと手をたずさえるように進化してきた。最初はモノラルで、1960年代になるとステレオで、2000年代になると、サブウーファーと、前面、後面、側面に設置された複数のスピーカーによる「2D」サウンド(5.1チャネル〜8.1チャネル)が出てくる。そして2016年に、アウディでは「Q7」で初採用されたのが、バング&オルフセンと共同開発の「3D」サウンドだ。

独自のアルゴリズムにもとづくブロードバンドスピーカーを使う技術で、アウディの言葉を借りると「三次元的な深みを備えた、コンサートホールのような」音場を可能にしたのだという。ほかにも熱心なメーカーは多く、たとえばボルボ。BOSEと共同開発したシステムでは、コンサートホールやジャズクラブなど「音場」が選べる。3Dサウンドのメリットがよくわかるのは、たとえばオーケストラはコンサートホール(的な音づくり)がいいし、ジャズトリオはジャズクラブを選ぶと、臨場感が楽しめるところだ。

「シェイカー」と呼ばれる悪路を想定した測定器に載せられたアウディSQ5。

「最上位のオーディオシステムであるバング&オルフセン・アドバンストサウンドシステムでは、出力1920 ワットのアンプが、デジ タルシグナルプロセッサー、24 チャンネル、23 のスピーカーと連携して作動し、乗員コンパートメントに広大なコンサートホールのような雰囲気を創出します」とはアウディの説明である。

同社ではいま、「soundCUBE」と名づけたソフトウェアを開発。目的は、上記のようなオーディオパートナー各社に、機能的な仕様と統一感のある作動哲学、音響 哲学を備えたフレームワークを提示するところにある。もっと簡単にいうと、「アウディサウンド」の実現だ。まあ、音楽はひとによって多岐にわたるし、音域にも好みがある。デバイスも、圧縮音源、ストリーミング、USB(これがもっとも高品質)など多岐にわたる。そこで統一感のある音づくり。アウディのがんばりにこれからも期待だ。