3Dプリンターが生み出した、 スピーカーボックスの理想形「スピルラ」

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    青野 豊・写真photographs by Yutaka Aono

    3Dプリンターが生み出した、 スピーカーボックスの理想形「スピルラ」

    内部構造に採用された黄金比「1.618」にちなみ、スピーカーは全世界1618ペア限定生産。¥437,800(税込)

    スピーカーといえば、工場で効率的に組み立てるために四角の箱形であるのが常識だ。曲線をつくるには積層板を長い時間をかけて曲げなければならず、高価になる。やるにしても緩やかなカーブが関の山だ。

    ところがこのスピーカー「スピルラ」に、角は存在しない。天地左右のすべてが曲面で構成され、つなぎ目もない。渦巻き貝のような姿で、外側だけでなく内部まで曲面で成形されている。しかもその渦巻き構造は神の比率と言われる黄金比「1:1.618」だ。ヒトの内耳の蝸牛、貝殻、竜巻、銀河など、黄金の幾何学パターンが現れる例は数知れず。スピルラとコンビを成すアンプ内蔵サブウーファーの「サンダーストーン」の内部構造でも黄金比の数値が採用された。

    このスピーカーを開発したのは、チェコのベンチャー「ディープタイム」。もともとフェラーリ、マクラーレンなどの自動車メーカーの開発部門で3Dモデリングを担当していた専門家が設立した企業だ。3D工作は精緻を極める。石英の粉と硬化剤を原料に、3Dプリンターで下から立体的に砂を積み上げていく。まさにスピーカー界のモノづくり革命といえるだろう。

    あまりにカタチが画期的なので、デザインにかなり紙幅を取られたが、実は音も素晴らしいのである。スピルラ+サンダーストーンのサウンドシステムを、ブルートゥース接続にてデスクトップで試聴した。非常に明瞭で、質感に優れた音が印象的だ。ボーカルの伸びが良好で、清涼感も感じられた。低音はサンダーストーンのサポートもあり、とてもリッチ。しっかりとし、安定した低音に乗ったスピルラのすっきりとしたクリアな調べは印象的だ。

    特によいと思ったのは、音場と音像だ。古今、最高のスピーカーシステムはワンユニットと言われる。再生する周波数帯域を拡げるために低音用、高音用などの複数のユニットを搭載するスピーカーが多いが、近くで聴くと、出音の位置の違いから、正確な音場再現にならない。本システムでは低音をサブウーファーが担当しているので、中高域1本のシングルユニットだ。楽器の発音方式と同じ点音源なので、ステレオ音場の中で楽器やボーカルのあるべき位置に音が定位する。

    この音の秘密が螺旋の曲面デザインだ。箱形の問題は、内部が平行なため、対向面を行き来する有害な音が発生することだ。曲面が優れるのは、ずばり有害な定在波が発生しないこと。外面も曲面なので、音に有害な回折現象も抑えられる。

    つまりスピルラは、スピーカーボックスとしての理想形を3Dプリンターによって実現したのだ。デザインコンシャスにして、サウンドコンシャスな傑作だ。

    3Dプリンターで成型した、継ぎ目のないサブウーファー「サンダーストーン」。傾斜比率にも黄金比を採用する。

    麻倉怜士
    デジタルメディア評論家。1950年生まれ。デジタルシーン全般の動向を常に見据えている。巧みな感性評価にファンも多い。近著に『高音質保証!麻倉式PCオーディオ』(アスキー新書)、『パナソニックの3D大戦略』(日経BP社)がある。
    ※Pen本誌より転載