バックミラーに映るBMWのティラノサウルス!? 異端のオリジネーター、X6 M コンペティションとは。

    Share:

    東京車日記いっそこのままクルマれたい!

    第120回 BMW X6 M COMPETITION / BMW X6 M コンペティション

    バックミラーに映るBMWのティラノサウルス!? 異端のオリジネーター、X6 M コンペティションとは。

    構成・文:青木雄介

    編集者。長距離で大型トレーラーを運転していたハードコア・ドライバー。フットボールとヒップホップとラリーが好きで、愛車は峠仕様の1992年製シボレー カマロ改。手に入れて11年、買い替え願望が片時も頭を離れたことはない。

    最高のサーキット性能を約束するX6 M コンペティション。

    BMWは新型X6の発表から半年を置かず、最上位モデルであるMモデルを発売。ちょうど日本で人気のあるX5のMモデルも同時発売されて、どちらにするか迷ったものの、X6のMモデルに試乗した。理由はポルシェ カイエン クーペも発売され、クーペ型のSUVが各社出揃ったところで、本家のBMWはマイルストーンであるX6になにをつぎ込んできたのか、すごく気になっていたからだった。

    エンジンはフラッグシップクーペのM8と同じ4.4リットルのV8ツインターボ。大型SUVの625馬力はランボルギーニ ウルスに次ぐハイパワーで、時速100kmまではわずか3.8秒。シャシーはX5と共有するBMWのモジュラー型プラットフォームを使用している。そして大きなキドニー・グリルとフロントディフューザーは巨漢のクーペボディとあいまって、まるで大型肉食恐竜のような迫力を醸し出しているんだ(笑)。SUVらしいスタイリングと荷室容量を備えたX5 Mと比べると、シャシーとフロントまわりは一緒でも、一見してまったく違う車種として設計されていることがわかる。

    BMWはX5をSAV(スポーツ・アクティビティ・ビークル)と呼び、X6をSAC(スポーツ・アクティビティ・クーペ)と呼ぶ。これってSUVとひとくくりにされることをよしとしない、高級自動車メーカーの矜持ではないのね(笑)。X6 Mは乗るとやっぱり、五臓六腑にしみ渡るようにSACの意味がわかるんだ。

    ポルシェがカイエンを「スポーツカー」と呼ぶことにこだわるように、BMWはX6を「スポーツクーペ」と呼ぶことにこだわる。なぜならカイエン ターボはスポーツカーだし、X6 Mはスポーツクーペの乗り味に他ならないから。どちらも巨体ながらサーキットでタイムを削り出すための努力は惜しまないものの、その立ち位置の設定で鮮烈な違いを見せつけるのね。

    誕生から12年。既に3世代目に入ったX6 Mのスポーツクーペ性とはなにか。そもそもBMWは車型を問わずスポーツクーペの走りを標榜する。これをいったん、エンジンがメインディッシュのクルマづくりと仮定しよう。X6 Mでは4.4リットルのV8エンジンを、2.6トンを超える巨体でぶん回す醍醐味にフォーカスしている。特にアクセルを踏み抜いた時の感動を徹底的に設計しているんだな。その際のステアリングから伝わる路面の解像度や振動、そしてトルクの立ち上がりやエンジンの咆哮、その聞こえ方までを「完璧」と呼ばせるためにね。

    お家芸であるスポーツクーペは時代の要請に応じて変わってきた。その中でBMW自身が取捨選択を行い、BMWのスポーツクーペらしさを追求する。たとえば最近のレーシーな大型車で、後輪操舵が付いてないのは珍しいぐらいなんだけど、X6 Mには付けなかった。スポーツクーペのフラッグシップであるM8にはちゃんと付いていて、スポーツ4輪駆動との協調は素晴らしかったにもかかわらず、である。その代わりスポーツ4WDモードでは、ほんの少しの舵角でもコーナリングするシビアなステアリングを用意している。

    逆に言うと、スポーツカーと呼ぶほどのアジリティは必要ないとBMW自身が判断し、後輪駆動ベースでクーペライクにアクセルを踏み抜く方向でディレクションをしているわけ。「しっかりアクセルを踏んでみて」、クルマがそう伝えてくるんだ(笑)。

    後輪操舵を付けなかったのは、自身の美学のために「やれることもあえてやらないようにしている」とも受け取れる。そうね、極寒の土地でわざわざ外の吹きさらしにスロープをつくる大物建築家か、一見無意味な余白を入れるアートディレクターか、客演アーティストに売れているラッパーを“あえて”使わない音楽プロデューサーかってなもんですよ(笑)。

    圧倒的なパワーを誇る、進化したクーペ型SUV

    確かに、この新型X6 Mに後輪操舵は要らなかった。なぜならスポーツ4WDのタイトな制御は、十分に後輪駆動主体のX6 Mの走りの個性を引き立てていたからなんだ。SUVの巨体に後輪操舵を入れてアジリティを高めると、視座の高いスポーツカーの味わいになる。一方、X6 Mの巨体は巨体として、最大限にトルクベクタリングでアジリティを高める選択をした。巨体を意識させつつ4つのタイヤの接地面で踏ん張り、窮地を脱するようにコーナーを抜け、爆発的な加速で魂を震わせる。

    そんなハードな抑圧と解放を繰り返すことで、SACならではのスポーツクーペ性を追求している。まぁ、来年には後輪操舵を入れてくるかもしれないけど(笑)。現時点では必要ないって判断だし、個人的にもなくて正解だったと思う。

    やっぱりクルマの個性として、エンジンをいかに味わうかってところに主眼を置いているんだな。実際、それがBMWのMモデルに乗る喜びに直結するんだ。X6 MのエンジンはM8と同じエンジンを搭載しているわけだけど、M8のデモーニッシュなサウンドではなく、直6の整流された音に厚みをもたせた方向でチューニングされている。驚くほど静かな音量でアクセルを吹かすと、清冽な音が重なり合ったアンビエントミュージックみたいですよ。

    これは2020年代のM社イチ押しのV8サウンド。音の質感としてV8エンジンの雑味を感じさせないところは、レクサスのV8エンジンにも似ているけど、もっと野性的だし野心的。そもそもV8サウンドをあえて直6のように聞かせるなんて、BMWにしかできない話(笑)。主戦場である北米でDNAのようにしみ込んだV8OHVサウンドを新たな信仰に乗り換えさせるぐらい、気合の入ったタフで挑戦的なサウンドとも言えるんだ。

    BMWらしい太いハンドルだってX6 Mにはよく似合っている。路面の解像度は失わないぐらいに、ロードノイズも残してある。足まわりの衝撃も相変わらず直で食らいはするものの、サスペンションのストロークでいなすBMWのSUVらしいトロフィートラックのような野性味が、総重量2.6トンを超える恐竜の王者、ティラノサウルスの走りを支えるって感じ(笑)。

    このストローク感は峠でも存分に発揮されるのね。ロールを自然に消しつつ、コーナーを抜ける際のアクセル操作に、獲物に向かって全身で加速するような伸びのある好戦的なエモーションを与えるんだ。BMWが目指す領域は明快で、過去のモデルを超えるクーペ型SUVの走りに他ならないんだな。

    そんなX6 Mのハードコアな方向性はクルマ好き、特にスポーツクーペ好きには諸手を挙げて歓迎されつつも、賛否両論はあるはず。足元の騒々しさとともにBMWの大排気量スポーツにありがちな、トルクの出方に阿吽の呼吸みたいな癖があるのね。いまや国民的な人気コミックになった『鬼滅の刃』でたとえると、“全集中常中”という高度な呼吸技術を保ちながら、“Mの呼吸”とも言うべき独自の呼吸法を編み出しているとも言えるんだけど(笑)、「そういうのは要らない」という人は最初から選んではいけないのかも。普通にX6のエントリーモデルで速いし、楽しいし、普段使いのマナーのよさもたぶん間違いなし。だから、しょうがないよね。

    X6 Mは、突き詰めた巨体の制御にBMWらしさがあり、静と動のコントラストを強調したティラノサウルス。でも「乗りこなしたい」と、猛獣使いなら思うはずなんだ。

    • Mモデルを象徴するダブル・バーを採用したキドニー・グリル。

    • 骨太な走りを物語る太いハンドル径。

    • エッジの効いたデザインにホールド感があるマルチファンクションシート。

    • 渋滞運転支援機能やリバースアシスト機能も標準装備。

    • コンペティションモデル専用のグロスブラックのロゴ。

    • スポーツ4WDモードでは625馬力をほぼ後輪駆動として使用する。

    BMW X6 M コンペティション
    ●サイズ(全長×全幅×全高):4955×2020×1695mm
    ●エンジン形式:V型8気筒DOHCツインターボ
    ●排気量:4394cc
    ●最高出力:625PS/6000rpm
    ●駆動方式:4WD(フロントエンジン4輪駆動)
    ●車両価格:¥18,990,000(税込)

    ●問い合わせ先/BMWカスタマー・インタラクション・センター
    TEL:0120-269-437
    www.bmw.co.jp