建築家目線で設計した、木製スピーカー

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    青野 豊・写真photographs by Yutaka Aono

    建築家目線で設計した、木製スピーカー

    ラビリンス構造で小型とは思えない豊かな低音を実現。(H210×W132×D198mm)実勢価格¥130,000(ペア、税込)

    イタリアのスピーカーって、音楽的に濃い音がするなぁ。シチリア島でつくられたコンパクトスピーカー「AUDEL Nika mk2」を聴いてそう思った。小さいスピーカーなのに多彩な音楽的ボキャブラリーを有し、あらゆる種類の音源を、その世界観に沿ったリアルなサウンドに翻訳し、心に染みる音色で聴かせてくれる。
    このスピーカーの面白さは、建築的発想にある。創業者は建築家にして、ギターを弾く音楽愛好家。あまりの音楽好き、オーディオ好きが昂じてスピーカーをつくった。家づくりとスピーカーづくりには共通点が多いことを見出し、自分の技術を活かせると判断したという。
    まず木の素材に注目し、数多い候補から実際に試してみて、最も音がよかった樺を選択。それも単板でなく、振動を打ち消すために密度の異なる複数の樺板を積層させた。ボックス内部にリブ(直角方向の補強材)を形成したのも、建物の補強方法と同じだ。剛性を強化し、不要振動と有害な反射音を抑えた。こうした建築家目線の設計は音をよくするためだが、同時に、集積材の曲げ板など外見も素敵なシェイプを見せる。手間のかかったボックスは、シチリア島の木工職人の手によってつくられる。切り出し、多層接着、ヤスリ掛け、面取り、蜜蝋塗り、塗装作業……と、9日間かけてすべて手作業で行われる。
    ハイレゾ音源を聴いてみよう。ロシアの名手、イリーナ・メジューエワが1925年製のニューヨーク・スタインウェイを弾いたベートーヴェンのピアノソナタ『悲愴』。感情をそのままストレートに爆発させる、剛毅で大胆なベートーヴェンだ。第1楽章冒頭のハ短調和音のどっしりとした悲劇的な音の剛性感が印象的。無音部分が美しく、速いパッセージもとても明瞭。左手と右手のステレオ的な対比もダイナミックなのだ。
    第2楽章の慈愛に満ちた変イ長調の優しさを、このスピーカーは温かく聴かせる。一音一音から発するアンビエントは美しく、長く、なだらかに終息する響きの減衰曲線は、耳の快感だ。
    松田聖子の『瞳はダイアモンド』はやわらかく、しなやかな聖子だ。アクセントを強調して、輪郭強く引っぱり上げるのでなく、暖色系でクリアにして、印象的。ただしボリュームをかなり上げると低音に歪みが出るので、コンパクトな部屋やデスクトップでのニアフィールドリスニングが適している。
    まさにシチリアの太陽のごとく明快で明晰。明瞭度が高く、爽やかな音色が際立つ。スピーカーからの音離れが速く、弦の響きの倍音感や繊細なフィーリングを巧みに再現してくれる。建築家目線の数々の工夫が、見事に効いた。

    アウデルのスピーカーは、シチリアの木工職人の手によって、9日間かけすべて手作業でつくられている。

    麻倉怜士
    デジタルメディア評論家。1950年生まれ。デジタルシーン全般の動向を常に見据えている。巧みな感性評価にファンも多い。近著に『高音質保証!麻倉式PCオーディオ』(アスキー新書)、『パナソニックの3D大戦略』(日経BP社)がある。
    ※Pen本誌より転載