「無印良品」のスイス初出店に見る、日本ブランドの可能性

  • 文:岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

Share:

「無印良品」のスイス初出店に見る、日本ブランドの可能性

copyright Glatt

<世界各地で勢いを増す無印良品。物価が高く、越境ショッピングが当たり前のスイスでの勝算は果たして......>

MUJI HOTELとMUJI Dinerを併設した「無印良品 銀座」がオープンして日本で話題になった翌日の2019年4月5日、時計とチーズとハイジの国スイスにMUJIが初お目見えした。ヨーロッパ第1号が1991年にロンドンに出店して以来28年、いまや北欧、南欧、英仏独に51店をもつ無印良品が、なぜ九州ほどの大きさの小国スイスに開店したのか。

国内売上げ1位のショッピングモールに登場

MUJIは、スイスの経済のかなめチューリヒのショッピングモール「グラット」内に登場した。グラットは年間900万人が訪れ、年間売上げは670億円(およそ、大丸京都店の年間売上げに匹敵)で、大型ショッピングモールがここ数年でぐんと増えたスイスの中で最も収益を上げている。

今回は店内面積200平方メートルのポップアップショップで、6月末までの3か月間買い物を楽しめる。本格オープンは10月で、同ショッピングモール内の1000平方メートルの広大なMUJIが客を迎えることになる。

これはヨーロッパのMUJIの中でも大きい部類に入る。ポップアップショップのオープニングは三味線の生演奏と振舞酒とのセレモニーで和やかな雰囲気に包まれ、大勢の人たちがさっそくMUJI商品を手に取りたいと集まった。

開店の瞬間。たくさんの人たちが訪れた Photo:Satomi Iwasawa

6000店が撤退したスイスの消費状況

MUJIがスイスにやってくるというニュースは、昨秋、スイスで流れた。H&M、ZARA、イケア、ロクシタン、ボディショップなど、衣料、インテリア、ヘルス商品の他国のチェーン店はスイスにも広がっているが、お手ごろプライスの日系ファッション・雑貨チェーン店が進出するのは初めてのことで、素朴に「驚いた!」というのが経済界やマスコミの反応だった。

驚いたというのは、日本企業だからではなく、受け入れ側のスイスの状況のためだ。スイスでは、2000~2017年の間に約6000の売り場が閉店して(マーケティングリサーチ会社GfKスイスの調査)、スイス系も外資系も有名チェーン店でも大幅に縮小したり完全撤退している。追い込まれた理由は2つあると言われている。

1つはオンラインショッピングが増えていること、もう1つは、物価高のスイスよりドイツなどの周辺国で買い物をするとお得になることから、わざわざ国境を越えて買い物する「ショッピング観光」がブームになっていることだ。

ここへ挑むMUJIは、消費者をどこまで惹きつけられるだろうか。スイスの経済界はそんなふうに静観しているに違いない。

求む!日本カルチャー、環境に優しい品質も高評価

スイス最大の週刊経済紙ハンデルスツァイトゥングによれば、MUJI側はスイスにはまったく関心がなかったという。それがオープンにまでこぎつけたのは、グラットのラゲット・クラヴァデチャー代表取締役の手腕であり尽力の結果だ。氏は自ら日本を訪れ交渉したそうだ。

委細については述べていないが、「スイスに進出するためのよい方法を提示して説得しました」とのこと。相当に慎重に話し合いを進めてMUJIをつかまえたのだろう。

クラヴァデチャー氏がどうしてもMUJIを射止めたかった理由は、日本のブランドで、ほかのブランドとの違いを際立たせたかったためだと話している。スイスのチェーン店も他国のチェーン店も確かに個性を出して競っているが、全体的に見れば結局は似たり寄ったりのデザインだ。ここに日本発のMUJIが入れば紅一点になる。シンプルでユニバーサルなMUJIのデザインは、よくありそうで実はそれほど見当たらない。だからこそ注目を集め、利益も期待できると青写真を描いた。

価格は、もちろんスイスフランを意味するCHFで表示 Photo:Satomi Iwasawa

Photo:Satomi Iwasawa

また、MUJIがオーガニックや省エネルギーに力を注いでいる点もポイントだと語る。スイスはオーガニック品を好む人もとても多いから、確かに非常にいいセールスポイントになる。

オープニングセレモニーには、ヨーロッパのMUJIを統括するロンドンのMUJI EUROPE HOLDINGS LIMITEDマネージャーも駆け付けた。「まずは、ポップアップショップでMUJIをより多くの方たちに知っていただきたいです。スイスは価格ではなく、質の良さで買い物をする人たちが多いですね。10月からの戦艦店が軌道に乗れば2号店以降も視野に入れています」とコメントをもらった。

レジにて Photo:Satomi Iwasawa

次はユニクロ?

スイスも、ほかのヨーロッパのように日本のカルチャーが好きという日本ファンは確実に増えている。この勢いに乗れば、「良品」に惹かれる新しいファンを少しずつ増やしていけるかもしれない。クラヴァデチャー氏はMUJIの成功をすでに確信しているようで、やはり世界に広がるユニクロ誘致の働きかけを始めているそうだ。スイス出身のテニス界の王者ロジャー・フェデラ選手が10年契約でグローバルブランドアンバサダーに就任したこともあり、スイスにもしもユニクロがオープンしたら、MUJIと同様に話題になるだろう。日本のブランドが海外の穴場に根付く可能性はまだまだある。





[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」理事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com