あのP&Gですら、生き延びるためにグーグルの力を借りた

  • ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

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あのP&Gですら、生き延びるためにグーグルの力を借りた

チューリッヒにあるグーグルのヨーロッパ技術センター Photo/Getty Images

<古い企業は「化石」になり、ベンチャーは7割が倒産する。競争が激化し「パニック状態」が広がる時代に生き残る一流企業は、新興企業とのパートナーシップによって「若返り」を成功させている>

日本には創業100年を超える「百年企業」が3万社以上あり、人間だけでなく企業も長生きする長寿大国だ。そうした伝統企業は長年培ってきた技術や知恵が強みとなるが、決断のスピードが遅く、新規性に乏しいという老舗ならではの弱点もある。

その一方で、一説には創業から3年以内に7割が倒産すると言われるように、新興企業にとっては素早くビジネスを拡大し、安定した経営基盤に乗せることが大きな課題となっている。

だが、どんな企業であれ、全て独力で歩む必要などない。既存企業と新興企業が手を組めば、双方に多大な恩恵をもたらす「ウィン・ウィン」の関係を築ける――そう語るのは、元P&Gのマーケティング責任者で、企業のブランド構築において世界的な名声を誇るジム・ステンゲルだ。

前著『本当のブランド理念について語ろう』(CCCメディアハウス)ではビジネスを加速する理念の法則を説いたステンゲルが、最新著書で扱うのはそうした関係の築き方。『会社は何度でも甦る――ビジネス・エコシステムを循環させた大企業たち』(池村千秋・訳、CCCメディアハウス)で、元気な新興企業とのパートナーシップによって「若返り」を成功させた一流企業を例に取り、それを実現するための方法を具体的に解説している。

P&Gとグーグルが出合ったら...

著者のジム・ステンゲルは、世界最大の消費財メーカーであるプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)に25年間在籍。パンパースなど数々のブランドを「消費者がボス」の視点から再生させて、ブランド王国としての同社の地位を確固たるものにした伝説のマーケターだ。

同社のグローバル・マーケティング責任者として年間80億ドルの広告費を動かし、収益を倍増させた実績を持つ。2011年にはフォーチュン誌の「ドリーム・マネジメント・チーム」の最高マーケティング責任者に選出されている。

P&G在籍当時、成長著しいグーグルが既存企業との関係構築に熱心であることを見て、その逆の関係も成り立つのではないかと考えたという。P&Gのような大手の成熟企業が今後も生き延びるためには、新興企業の力を借りるべきだと気づいたのだ。

そこでP&Gは、グーグルと短期の人事交流を行った。複数の有力ブランドのリーダーたちを1カ月にわたってグーグルに派遣し、グーグルからは、広告セールス部門の社員がP&Gにやって来た。

この人事交流によって、P&Gは、グーグル社員たちの助言を基にオンラインマーケティングを本格的に実践する検討を始め、グーグルはP&Gのブランドマネジメントの実務を学んだことで、組織体制を見直すことになったという。

新しいものを創造する意欲に満ちた新興企業が既存企業に刺激を与えた一方で、経験豊富な既存企業は、その知恵を新興企業に授けることができたのだ。

「世界が変わったことを認めなくてはならない」

名門企業も昔はベンチャーだった

実は、新興企業と既存企業のDNAには共通点が多いという。なぜなら、P&Gをはじめとする歴史ある名門企業も、かつてはグーグルのようなベンチャー企業だったからだ。

だが、会社が成長し拡大していくにつれて、創業当時の興奮や目的意識、あるいは熱意は失われていく。市場シェアや現在の地位を守ることに血道を上げるようになり、強烈や個性やスピード感は過去のものとなり、やがて「化石」のようになってしまう。

「長い歴史をもつ企業は、世界が変わったことを認めなくてはならない」と著者は言う。いま多くの既存企業が苦境に立たされているのは、消費者がそのブランドに魅力を感じなくなったからだ。新鮮な空気を取り入れることで、スピードと小回りのきく行動を取り戻す必要がある。

また、新興企業の旺盛なエネルギーは、既存企業を若返らせる力となる。新たな創造に向けて邁進する新興企業はやる気に満ちた人材を次々と採用しているが、かたや輝きを失った既存企業は、そうした若く優秀な人材の選択肢からは外されてしまっているからだ。

もちろん新興企業にとっても、既存企業と手を取ることはメリットが大きい。著者に言わせれば、ほとんどの新興企業には「いわば大人による監督」が必要だ。

歴史の浅い企業の多くが破綻するのは、適切な組織運営に不可欠な規律や仕組みが欠けているために、会社の文化や使命感を守りながら拡大していけないことが大きな要因。時代の荒波を生き抜いてきた既存企業から得られる学びは、若い起業家にとって大きな財産になる。

ビジネス界に「パニック状態」が広がる時代に

グローバル競争が激化し、テクノロジーが急速に進化する今、ビジネス界には「パニック状態」と言っていいほどの不安が広がっている、と著者は言う。この複雑性とダイナミズムを強める世界で生き延びるカギが、既存企業と新興企業のパートナーシップだ。

自社の力だけで難局を乗り切ろうとして悪い行動パターンを繰り返す企業は、自社の未来をギャンブルの対象にしているに等しい。新興企業がその賭けに失敗すれば、あっと言う間に死を迎える。資源をふんだんにもっている既存企業も、古いやり方を続ければ、痛みをともなう緩慢な死を迎えかねない。(17ページ)

未来指向の企業はすでに実践を始めている。IBMやトヨタ、GE(ゼネラル・エレクトリック)、大手銀行ウェルズ・ファーゴ、ジーンズを生んだリーバイ・ストラウス、通信機器大手のモトローラ・ソリューションズ、小売り大手のターゲットなどの取り組みの実例を、本書で知ることができる。

「最後は泥沼の離婚裁判で終わった」という例も紹介

しかしながら、当然全てのパートナーシップが実を結ぶとは限らない。本書には「最初は相思相愛で始まり、最後は泥沼の離婚裁判で終わった」というGEの例も紹介されている。

では、成功と失敗を分けるものは何なのか。新興企業と手を組みたい既存企業にとって最も重要な点は何か。会社の若返りに成功した企業は、具体的に何を行い、何を行わなかったのか。新しい成長の道筋を見出し、社内のイノベーション能力を解き放ちたいと願う経営者は、ぜひ一読を。


文:ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

『会社は何度でも甦る――ビジネス・エコシステムを循環させた大企業たち』ジム・ステンゲル&トム・ポスト 著 池村千秋 訳 CCCメディアハウス