イギリス人が京都で「ジン」をつくり、母国に輸出する理由

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    イギリス人が京都で「ジン」をつくり、母国に輸出する理由

    英ウイスキーマガジン誌の元編集長マーチン・ミラーがパートナーのデービッド・クロールと共に生み出したクラフトジン「季の美 京都ドライジン」

    ジンは"英国的"な蒸留酒だが、日本でジンを蒸留し、母国イギリスに輸出しているイギリス人がいる。果たしてその狙いとは?

    少なくとも17世紀以降、スピリッツにジュニパーベリーという香辛料などで香り付けした蒸留酒「ジン」は、"英国的であること"とほぼ同一視されてきた。

    18世紀の画家ウィリアム・ホガースは、ジンに飲まれたロンドンの貧しい人々の姿を描いた。辛口のドライマティーニ(ジンとベルモットのカクテル)を好んだウィンストン・チャーチルには、ベルモットを口に含んだ執事に息を吐きかけさせ、その香りだけでジンを飲んだという逸話があった。そして、戦後イギリスの社会生活の原動力となったのは、カクテルのジントニックだった。

    そのような歴史を持つイギリス人2人が、日本でジンを蒸留して母国に輸出することを決めた。一体なぜだろうか。

    「熟成したジャパニーズウイスキーが品薄になってきていることと、ジンの世界的な人気が高まってきていることから、自分たちが新しい分野の開拓者になれるかもしれないと考えた」と、英ウイスキーマガジン誌の元編集長マーチン・ミラー(53歳)は言う。

    ミラーは約10年前、京都を本拠とするイギリス人ビジネスパートナー、デービッド・クロール(54歳)と共に、ジャパニーズウイスキーの輸出・流通を手掛け始めた。この2人が2014年、京都にジン専門の蒸留所Number One Drinks(京都蒸溜所)を設立し、2016年にクラフトジン「季の美 京都ドライジン」を生み出したのだ。

    「これは、京都で蒸留され、ブレンドされ、ボトル詰めされた初めてのジンだ」と、ミラーは言う。

    蒸留酒は最近、お酒を飲む若い世代の間で人気が高まっており、独自の香り付けをしたクラフトジンの新しい市場が生まれている。ミラーによると、このトレンドは一部、親世代が好む種類のお酒を若者たちが拒絶することで勢いづいたという。

    2016年の秋に京都の古い町屋で開かれた期間限定バーで初めて提供されて以来、「季の美」はマンダリン オリエンタルやザ・リッツ・カールトン、フォーシーズンズなど、東京の高級ホテルでカクテルメニューに登場している。2017年初めからは、フランス、香港、シンガポールなど海外への輸出が始まった。もちろんその中にはイギリスも含まれている。

    新しい蒸留酒を作るために、クロールとミラーは、アレックス・デービスを京都に招いた。デービスは英メディアから「アルコールのウィリー・ウォンカ(映画『チャーリーとチョコレート工場』に登場する天才ショコラティエ)」と呼ばれることも多い、29歳の実験的なディステラー(蒸留の専門家)だ。

    ジンは「ボタニカル」(蒸留時に加えるフルーツやスパイス)に由来する香りが全てだが、京都にはそれが豊富にあり、この地域に特有のものも多い。

    柚子、玉露、紫蘇、笹、檜

    ほとんどが日本産の原材料に、輸入したジュニパーベリーを加え、水は日本酒で有名な伏見の水を使う。

    デービスは6つのカテゴリーに分類してボタニカルを使う。例えば、京都産の柚子、甘く芳醇な香りを引き立てるために日陰で育てられた宇治の玉露、紫蘇の葉、笹、檜のチップ、広島産のレモンなどだ。

    日本のルーツに忠実であるこのジンは、米の蒸留酒をベースに、日本酒で有名な京都の伏見の水を加えている。京都蒸溜所では、ほとんどが日本産の原材料に、輸入したジュニパーベリーを加え、ドイツで特別に製造した銅製ポットスティル(蒸留器)で蒸留。その結果生まれたのが、穏やかな芳香があり、つややかでかすかに甘い柑橘の香りに、日本の果実や茶葉の香りも加わったドライジンだ。

    京都の影響は味だけに留まらない。ミラーは17世紀から続く唐紙(版木を使った手作業で模様を付けた和紙)専門の京都の会社と協力して、唐草模様のラベルを作った。さらに、伝統的な美しい漆塗りを思わせる、厚みのある黒いボトルにジンを詰めた。

    この「季の美 京都ドライジン」を飲む誰もが、世界のどこにいようと、日本のエッセンスの一部に触れてくれることをミラーは望んでいる。


    文:ダニエル・デミトリュー