「復活」ソニーが作ったロボットおもちゃ「toio」とは何か。

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    「復活」ソニーが作ったロボットおもちゃ「toio」とは何か。

    Photo:廣川淳哉

    好調が伝えられるソニーが発表し、瞬く間に初回限定400セットが完売した謎のデジタル玩具「toio(トイオ)」。出発点は「ソニーらしいものを作ろう」だった

    6月1日から6月4日まで開催された「東京おもちゃショー2017」開幕の数日前、ソニーがYouTubeに動画をアップした。そこに映し出されていたのは、しゃくとり虫のように動く物体。新しい玩具「toio(トイオ)」だ。

    まずはともかく、下の動画を見てほしい。

    これが、ソニーが今年12月1日に発売するtoio。チロルチョコほどの大きさのキューブ型ロボット(「toioコア キューブ」)を2つ使って遊ぶデジタル玩具だ。しかし、なぜソニーが今、玩具を発売するのだろうか。

    日本メーカーの凋落がいわれて久しい。ソニーも例外ではなかった。ところが、最近は株価が堅調で、今年に入ってからは「ソニー復活」も盛んに報じられるようになっている。もはや「家電メーカー」とは呼べなくなったソニーだが、この小さなデジタル玩具も、そんな新生ソニーを象徴する製品の1つ......なのだろうか。

    また、世間ではロボットやAI(人工知能)に対する関心が高まっており、小学校でも2020年度からプログラミング教育が必修となることが決まっているが、そんなニーズをくみ取って企画・開発された製品......なのだろうか。

    toioとは、いったい何なのか? そこで、開発リーダーを訪ねてみると、出発点は意外にも「ソニーらしいものを作ろう」だったという。

    toioは遊びのためのプラットフォーム

    toioの主なターゲットは小中学生。ゲームでいうハード機のような役割を果たすtoioの基本セットには、toioコア キューブ2つのほかに、toioコア キューブの充電やカートリッジ(ゲームソフト)を挿入するためのコンソール、リング形状をしたコントローラー2つがセットになっている。

    奥の楕円形がコンソールで、両脇の丸いのがコントローラー。市場推定価格2万円前後(消費税別)

    モーターやセンサーなどを搭載した「toioコア キューブ」。上にレゴブロックを取り付けることができる Photo:廣川淳哉

    「新しいおもちゃというよりも、おもちゃの楽しさを盛り上げるようなプラットフォームを作りました」と話すのは、toioプロジェクト開発リーダーであるソニーの田中章愛さん。

    「子供向けという意味では、ソニーにはプログラミングを学べるMESHという商品がありますが、MESHはより教材としての意義が大きいもの。toioにも学びの要素はありますが、あくまでも遊びのためのプラットフォーム。遊びも学びのうちというスタンスです」

    toioの開発リーダー、ソニーの田中章愛さん Photo:廣川淳哉

    toioの主要開発メンバーは、リーダーの田中さんを含め3人いる。コンセプト開発を行ったのは、グループ企業であるソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)に所属し、インタラクションの研究を行っているアンドレ・アレクシーさん。

    ソニーで長らくロボット研究を続けてきた田中さんとCSLのアレクシーさんが5年ほど前に出会い、「ソニーらしいものを作ろう」と雑談を始めたのが出発点となった。

    「私がやっていたロボットのハードウエア技術と、彼がやっていたソフトウエアやエンターテインメント、ゲーム研究など、ソニーの資産や技術を使って、何かできないかと話したのがきっかけ。要素技術研究をやりながらも、商品を作りたいという思いがありました。ロボットを使った新しいエンターテインメントを作ろうと決まったのが、5年前くらい。『こういうものがあったらおもしろい』というアイデアを"放課後活動"でカタチにしました」と、田中さんは語る。

    「マーケットイン」ではない

    「放課後活動」から正式な研究対象へ

    どうやら、市場調査を基に商品開発を行う、マーケティング用語でいうところの「マーケットイン」ではなかったようだ。

    しかし、5年前の時点ではその言葉通り、「単なる放課後活動に過ぎなかった」とか。その後、CSLで研究対象として正式に認められたことがプロジェクトを大きく推進させた。

    アレクシーさんは、2013年にCSLが開催したシンポジウム「Sony CSL Open House 2013」で、レゴブロックにモーターなどを搭載し操作ができるという、toioのベースとなる機器を初公開。ソニーが持つ電池などの技術を活用し、現実の世界とゲームの世界をつなぐことを可能にするアイデアは、この時すでに形になっていた。

    ところが、この研究が商品として世に出るにはさらなるハードルがあった。本体の位置をリアルタイムで把握するために、天井にカメラを仕掛けなければならなかったのだ。天井にカメラを設置するという制約があっては、家庭で遊べる商品として世に送り出すことは難しい。

    その課題を解決したのが、3人目の開発者、ソニーの中山哲法さんだ。カメラのソフトウエアエンジニアである中山さんは、特殊なマットと組み合わせた「絶対位置センサー」を搭載することで、カメラで撮影しなくても本体の位置をリアルタイムで把握というアイデアを実現した。

    その後、社内で年4回開催される新規事業創出オーディションで見事優勝し、事業化への道が開いたという。商品化に向けたプロジェクトが正式にスタートしたのは、2016年6月のことだった。

    「特殊なマットに小さな目印が印刷されていて、光学的な技術を使ってコア キューブがXY座標を読み取っています。そうすることで、2つのコア キューブがマット上のどこにいるかを、常に把握できるようになりました。つまり、コンソールに内蔵したコンピューターからの指示を受けて、常に正確な動きを実行することが可能です。この仕組みによって、コア キューブにかぶせた『目玉生物』という工作生物が、もう1つのコア キューブを追いかけ回しているように見えるんです」

    「ゲズンロイド」と「トイオ・コレクション」

    目玉生物とは、toioのソフト「工作生物 ゲズンロイド」に含まれる、15の工作生物の1つだ(記事冒頭の写真)。ピンポン玉大の白い球に目玉を描いた目玉生物ユニットをコア キューブにかぶせてマット上で使用すれば、まるでもう1つのコア キューブを目で見て追いかけているような動きをする。

    toioはカートリッジを差し替えることで、同じコア キューブを使ってさまざまな遊びを楽しめる。現在は「工作生物 ゲズンロイド」と「トイオ・コレクション」の2タイトルあり、今後、続々とタイトルを増やしていく予定だ。

    「工作生物 ゲズンロイド」は、簡単な紙工作でコア キューブをカスタマイズすることで、コア キューブがまるで生きているようなリアルさで動き出すソフト(クリエイティブグループ「ユーフラテス」が監修)。絵本の中にプリントされている動きのプログラムコードをコア キューブに読み込ませることで、紙工作と共にコア キューブが目玉生物になったり、しゃくとり虫になったり、2足歩行ロボットになったりもする。

    この生き物のような見え方の実現にも、リアルタイムかつ高精度な絶対位置センサーが大きく貢献している。

    toioのソフト「工作生物 ゲズンロイド」は、本体とは別売りの工作ブック。これを読みながら紙を使って工作し、toioと組み合わせて遊ぶ。市場推定価格4000円前後(消費税別) Photo:廣川淳哉

    初回限定400セットが即完売

    絶対位置センサーに加え、toioのコア キューブは、傾きを感知する加速度センサーも搭載している。

    これにより、toioのソフト「トイオ・コレクション」では、レゴブロックなどでデコレーションした2台のコア キューブをtoio リングを使って操作し、相手をひっくり返したほうが勝ちという「クラフトファイター」というゲームを楽しめる。ひっくり返ったことを加速度センサーが感知して、toio コンソールから勝敗を知らせる音が鳴るのだ。

    「レゴだったり自分で作った工作だったり、好きなモノをゲームの主人公にするような感覚によって、既存のおもちゃよりも感情移入して楽しめるはず。すごく大きなものを作ったり、とがった形のものを作ったり、より強い形を作るのが工夫のしどころです」と田中さん。こうしたソフトは今後、発表済みのバンダイなども含めパートナー各社からもリリースを予定している。

    toioのソフト「トイオ・コレクション」の「クラフトファイター」で遊ぶ様子。相手をひっくり返したほうが勝ち。トイオ・コレクションは5つのゲームで遊べ、市場推定価格5000円前後(消費税別) Photo:廣川淳哉

    大反響で初回限定400セットが即完売

    toioの製品化にあたっては、多くの人々にプロトタイプを試してもらい、その声を取り入れた。ソニー本社の近隣の小学校PTAに協力を仰ぎ、toioのプロトタイプを使った相撲大会などを実施して、子供たちに実際に触れてもらうことで、さらに商品性を高めていったという。

    そうして完成したこのデジタル玩具、実際の反響はどうだったのだろうか。

    田中さんによれば、東京おもちゃショー2017での展示は盛況だった。「お子さんだけで600人以上、全体で数千人に体験してもらいました。そのうち95%以上は大満足という反応で、購入希望者や取り扱いたいという店舗も多かった」

    反響の中には、プログラミングに対応してもらいたいとの声もあり、「こうしたニーズに応えられるよう検討していきたい。売れ行きは非常に順調で、目標を超える予約が入った」と田中さん。お披露目後に行った先行発売では初回限定特典セット400個を即座に売り切り、先行予約も好評のうちに終了したという(6月末で受付終了)。

    小さい頃はロボット工作が趣味で、高専時代にはロボコンの全国大会に出場経験がある田中さんは、「ロボットを作るなかで、足りないスキルを身に着けて、チャレンジすることの楽しさみたいなものを感じてきたように思います」と振り返る。

    田中さんは最後に、今後の展望をこう語った。

    「ソニーとしては、ロボット技術によって新しいエンターテインメントを作っていきたい。子供たちが楽しめる商品を提供したいという考えの中から出たのが、今回はおもちゃでtoioでした。本年度は日本のみでの展開ですが、toioは言語や文化に依存しないだれでも使えるものなので、海外展開も視野に入れています」

    ある意味で「ソニーらしい」研究者たちの熱意から生まれた、まったく新しいデジタル玩具。それがtoioなのかもしれない。結果的に時代のニーズにも合致し、さらには日本から世界へ飛び出す可能性も秘めている。


    文:廣川淳哉