ディズニーランド「ファストパス」で待ち時間は短くならない

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    ディズニーランド「ファストパス」で待ち時間は短くならない

    mattjeacock-iStock.

    ディズニーランドに行ったことのある人なら誰もが経験したであろう、アトラクションの順番待ちの行列。ファストパスは「統計的思考」を活用した天才的な解決策だが、それにより待ち時間が短くなっているわけではない。

    株価など企業の情報があふれていてもほとんどの人は株で大儲けできず、IT分野に巨額の投資をしているのに飛行機の遅延や交通渋滞はなくならない。情報を賢く活用し、世の中を良くすることはかくも難しい。

    そんな時に役立つのが「統計的思考」だ。

    ビジネス統計学を実践するカイザー・ファングは著書『ヤバい統計学』(矢羽野薫訳、CCCメディアハウス)で、ディズニーランド、交通渋滞、クレジットカード、感染症、大学入試、災害保険、ドーピング検査、テロ対策、飛行機事故、宝くじという10のエピソードを題材に、統計的思考を駆使する専門家たちを紹介し、数字の読み解き方を指南している。

    ここでは、平均という概念を扱った本書の「第1章 ファストパスと交通渋滞――平均化を嫌う不満分子」から、ディズニーランドの行列に関する箇所を抜粋し、2回に分けて転載する。

    行ったことのある人なら誰でも、アトラクションの順番待ちの列にイライラした経験があるはず。この第2回では、ディズニーが生み出した「ファストパス」という"魔法"について解説する。

    ※第1回:ディズニーランドの行列をなくすのは不可能(と統計学者は言う)

    ◇ ◇ ◇

    ディズニーは長年をかけて、知覚を管理する魔法を完成させてきた。パーク内を歩いてみれば、彼らの工夫があちこちにある。エクスペディション・エベレストのウェイティングエリアはさながらネパールの村で、ヒマラヤ地方の工芸品や植物が再現されている。ゲストはジェットコースターの乗り場に向かいながらイエティ博物館を見学し、謎めいたメッセージに興奮をかき立てられる。あるいは、行列がかなり長くなるとパーク内で「ストリートモスフィア」と呼ばれるストリートパフォーマンスが始まり、ハリウッド映画のキャラクターなどがゲストを楽しませる。

    ディズニーの元幹部ブルース・ラバルによると、予想待ち時間の看板は「実際の待ち時間よりわざと長く表示してある」。どこかの企業のカスタマーサービスに電話をして、コンピュータの音声で「おつなぎするまで5分ほどお待ちください」と言われたとする。その2分後に顧客サービスの担当者が応対したときと、8分後もまだ待たされているときと、あなたの気分はどのように違うだろうか。これが「控えめに約束して、大きめの結果を出す」というサービスの基本戦略だ。ほかにもさまざまな工夫によって、列が速く進んでいるように感じさせたり、待っていることから注意をそらさせたりする。

    そして、ディズニーの待ち時間対策の超切り札は「ファストパス」。2000年から導入されている「優先入場予約」システムだ。人気アトラクションの前に着いたら、通常の「スタンバイ」の列に並んで順番を待つか、あるいはファストパスを発券し、パスに指定された時間に戻ってきて優先入場口に並ぶこともできる。ファストパスの列はスタンバイの列よりかなり速く進むため、指定時間内に並べば待ち時間は5分程度で済む。アトラクションの前にはスタンバイの予想待ち時間と、ファストパスを発券した際の指定時間が表示されている。満足したゲストたちの証言からも、この方法が間違いなく成功していることがわかる。ある分析好きなディズニーファンはその理由を次のように語っている。

    ファストパス活用のコツは?

    「ファストパスはどのくらい有効か? それはもう......たとえば、スタンバイの列に並ぶ人の待ち時間が平均1時間半、ファストパスを使った人は待ち時間なし、ファストパスがなくて全員がスタンバイに並べば1時間としよう。つまり、ファストパスを使った9000人が待ち時間なしで、使わなかった3000人が平均1時間半、延べ4500時間待つことになる。ファストパスがあれば1万2000人の待ち時間の合計は約6カ月(延べ4500時間)、ファストパスがないと約16カ月(1万2000人全員が1時間ずつ待って延べ1万2000時間)。ファストパスで10カ月分の待ち時間を節約できた!」

    ファストパスを使って満足したゲストは、そのコツを教えたくなる。(ディズニーランド攻略ガイドの著者として知られる)ジュリー・ニールもブログで次のように紹介している。

    ファストパスを最大限に活用する方法

     グループの「ファストパス係」を決める。その人が全員分のパスポートを持ち、1日中パークを走り回って全員分のファストパスを発券して、指定時間にも気を配る。パパの出番!

     常に1枚以上のファストパスを持っていること。つまり、常に少なくとも1つのアトラクションに乗る時間が決まっている。パークに入場したらまず1枚手に入れて、その後はできるかぎり多く発券しよう。

     ファストパスの指定時間に遅れてもあわてないこと。発券した当日なら、事情によってはディズニーがなんとかしてくれる。

     午前10時前と夜遅く以外は、ファストパスがあるアトラクションでは必ず使うこと。

    もちろん、ファストパスの利用者はこのシステムをとても喜んでいる。では、待ち時間は実際にどのくらい短くなるのだろうか。驚くことに答えは──「まったく短くならない」。ファストパスがあってもなくても、人気アトラクションの待ち時間は同じなのだ。先に紹介したディズニーファンの分析のように、ファストパスが待ち時間を「なくす」と誤解されている。しかし実際は、列に並んで待つ代わりに、その場所からは解放されるというだけで、それほど混んでいないアトラクションに乗ったり、食事をしたり、トイレに行ったり、ホテルの部屋やスパで休憩したり、買い物したりしながら「待っている」のだ。

    アトラクションの前に行ってファストパスを発券してから実際に乗るまでの「待ち時間」は、ファストパスがなかったころより長くさえなっているかもしれない。ファストパスがあってもなくてもアトラクションの収容能力は変わらないのだから、予約システムを導入しただけで、より多くのゲストが乗れるようになることはありえない。ここでもディズニーは、知覚が現実に勝ることを証明している。ファストパスは実に天才的な発想だ。人々が感じる待ち時間の意味を完全に変えて、これほどたくさんの人をすっかり興奮させているのだから。

    物理的に並んでいないだけ

    舞台裏では、統計学者がコンピュータでファストパスのシステムを管理し、人数と待ち時間をチェックしている。アトラクションに新しいゲストが来ると、その人の前に並んでいる全員が──大切なファストパスを握りしめてパーク内にちらばっている「バーチャル行列」も含めて全員が──アトラクションに乗るまでにかかる時間を推測する。そして、今からファストパスを発券する人に、何時ごろ戻ってくればいいかを指示する。

    アトラクションの前に並んでいる列は短く見えるが、多くの人が物理的に並んでいないだけだ。新しく来たゲストも順番を抜かすわけではない。つまり、ディズニーのゲストは、ミネソタ州のジュリー・クロスが車通勤のルートを選ぶとき(※編集部注:この第1章では、ファストパスのエピソードと並べて、高速道路の渋滞を解消する「ランプメータリング」のエピソードが取り上げられている)と同じような賭けをすることになる。時間が「信頼できる」ファストパスにするか、それともスタンバイの列に並んで運だめしをするか。スタンバイの列は、たまたま待っている人数が少ないときだったり、ファストパスの時間通りに戻ってこない人がいたりすると、最短の待ち時間で済む場合もある。しかしたいていはファストパスの列より1時間長く並ぶことになり、たとえば次のような不満が募る。

    「去年の夏、ピーターパンで1時間並んでいるあいだ、ファストパスの列はスムーズに流れていて、入り口にいるキャストがファストパスの人を優先させすぎているように感じた。こっちは汗だくで並んでいるのに(言うまでもないけれど、パークで1日遊んだ後で、においも決して良くなかった)。癪に障った」

    逆の立場だとこんな経験をする。

    「大勢の人が、(優先して入れる)私たちが誰か有名人なのだろうかと見ていた。視線をひしひしと感じた」

    ランプメータリングと同じようにファストパスも、ばらつきを排除することによって機能する。ファストパスの発券を調整して、ゲストを一定のペースで配置するのだ。アトラクションに集まった人数が収容能力を超えたとき、ファストパスを選んだ人は、ひとまず後で乗ることになる。あるいは人数が一時的に減ると、スタンバイの列に並んでいる人は予定より早く乗れて無駄な待ち時間が減る。このようにして収容能力をできるかぎり最大限に活用するのだ。「行列博士」として知られるマサチューセッツ工科大学(MIT)のリチャード・ラーソン教授は次のように述べている。「ディズニーのテーマパークでアトラクションを待つ列は年々長くなっているにもかかわらず、出口調査によるとゲストの満足度は上昇し続けている」

    文:ニューズウィーク日本版ウェブ編集部


    『ヤバい統計学』
     カイザー・ファング 著
     矢羽野 薫 訳
     CCCメディアハウス