テレビに映らなかったトランプ大統領就任式

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    テレビに映らなかったトランプ大統領就任式

    Satoko Kogure-Newsweek Japan

    アメリカの分断を象徴するかのようだった就任式だが、事はそう単純ではなかった。就任式会場で、歓声と抗議のあいだに見えたものとは

    2017年1月20日正午(米東部時間)、「トランプ米大統領」が誕生した。

    首都ワシントンの連邦議会議事堂前での宣誓を経て、ドナルド・トランプ(70)が第45代アメリカ大統領に就任した。トランプ支持者たちの歓声と、「トランプ大統領」を認めない人々による悲痛な叫びを一身に浴びながら――。

    CNNによる世論調査によれば、就任式直前のトランプの支持率は40%と、近年の歴代大統領誕生時の中でも極端に低い。バラク・オバマ前大統領の1期目就任直前の支持率が84%だったのと比べるとその不人気ぶりは明らかで、トランプの就任式には大物スターだけでなく約60人もの民主党議員がボイコットを表明していた。史上まれにみる「祝福されない」大統領の誕生とはどんなものなのか。その瞬間を見届けようと、就任式の会場に向かった。

    就任式当日の朝8時。取材許可を得て会場となる議会議事堂前の規制エリアに入ると、色とりどりのカッパを着た人たちがすでに大勢詰めかけていた。思ったほど寒くはないが、小雨がパラついている。

    ミズーリ州から来たというトランプ支持者 Satoko Kogure-Newsweek Japan

    入場券保持者のみが入れる参加者席の顔ぶれは、予想に反して多彩だ。「アメリカを再び偉大な国に」というスローガンが刻まれた赤い帽子をかぶった白人たちは、もちろんたくさんいる。だがこうした白人たちに混じって、アジア人やヒスパニックなど白人以外の姿もちらほら見受けられる。

    シーク教徒だというインド人男性に「トランプは人種差別主義者だとは思わないか」と聞いたところ、「君に話すことはもう何もない」と言われてしまったので、彼もトランプ支持者であることは間違いない。

    式典の開始を待つなか、後部席を振り返ると白人男性がおもむろにトランプの首ふり人形を取り出して携帯電話で自撮りを始めた。「トランプ支持者か」と聞くと、大統領選ではヒラリー・クリントンに票を入れた民主党員だという。

    1969年のニクソン大統領誕生時から毎回欠かさず就任式に来ているというこの男性(69歳)は、「恐怖の瞬間を見届けようと」サンフランシスコから30人のグループでやって来たと言い、「何かをするためにここに来た」とニヤリと笑った。手に握られたトランプ人形をよく見ると、人形が服を着ていない。その横で、彼の息子だという男性がジャケットの中に着込んだオバマのTシャツを見せてくれた。会場に来ているのはトランプ支持者だけではないようだ。

    裸のトランプ人形を持つ民主党支持者と、オバマTシャツをジャケットの中に着込んだその息子(右) Satoko Kogure-Newsweek Japan

    サンフランシスコから来た別の民主党支持者 Satoko Kogure-Newsweek Japan

    それでも式典がスタートすると、やはり周りは圧倒的にトランプ、もしくは共和党支持者が多いことが判明した。ステージ上にカーター元大統領夫妻とビル&ヒラリー・クリントン元大統領夫妻が姿を現しても、会場はほとんど盛り上がらない。それが、ブッシュ元大統領夫妻には大きな拍手が送られ、ファーストレディーになるメラニア・トランプがジャクリーン・ケネディー元大統領夫人を彷彿させる装いで登場すると、周りの白人女性から悲鳴に近い歓声が上がった。

    トランプ人形での「抗議」

    トランプの登場が近づくと、規制されたエリアの外、つまりはるか後方から、時おり地響きのような声が聞こえてくる。トランプ大統領の誕生に対する抗議の声なのかは分からないが、その怒号のような声をかき消すようにして規制エリア内で「トランプ! トランプ!」の大合唱が始まる。少なくとも周りの人々は、場外の声を「抗議」と解釈して反撃に出ているようだ。

    2つに分断されたアメリカを前に、満を持してトランプが登場した。もちろん周囲は熱狂の渦に包まれているが、私の後部席の民主党支持者たちからは何の声も聞こえてこない。

    正午。式典のハイライトである就任宣誓を経てトランプ新大統領が誕生すると、その瞬間に止んでいたはずの雨が降り始めた。空が泣き出したのか――瞬間的にそんな陳腐な言葉が浮かんだが、少なくともここにいる人たちにとっては嬉し涙なのだと思い直した。

    その後の大統領就任演説は、約15分とあっけなかった。トランプらしからぬ落ち着いた口調ではあったが、内容はいかにもトランプ的。「アメリカ第一主義」を掲げ、「アメリカ製の物を買い、アメリカ人を雇用する」と約束すると、参加席からは「U.S.A.」コールが始まった。イスラム過激派によるテロを地球上から一掃するという宣言には、この日最大の喝采が上がった。

    「忘れ去られた人々がこれ以上、忘れ去られることはない」と語ったが、おそらく今、その「人々」に場外の人々は含まれていない。彼らの叫びもトランプには届いていない。これからもそうなのだろうか。

    就任式が終わるのを待たずに、クリントン支持者だという後部席の男性が立ち上がった。裸のトランプ人形を見せつけるようにして空に掲げて、何も言わずにその場を去っていく。彼が言っていた「抗議」とはこれだったのか。その彼に対して、抗議の声は特に上がらない。

    何かが起きるのではないか――そう懸念さえされていた式典だったが、拍子抜けするほど何もなかった。トランプは予定通り大統領になり、オバマの時代は終わった。

    しかし規制されたエリアから外に出ると、そこにはまったく別のアメリカが広がっていた。パレードが行われるペンシルベニア通りの周辺には、就任式帰りのトランプ(もしくは共和党)支持者を待ち受けるかのように反トランプの人々が集結していた。

    「Not My President(大統領とは認めない)」と叫ぶ黒人の若者たちや、「必要なのは壁ではなく鏡だ」と書かれたプラカードを無言で掲げる悲しい目の白人女性を前にしたとき、1つの時代が本当に終わったことを悟った。その近くでは暴動が起きているという連絡が入るなか、黒人女性が白人警官に後ろ手に逮捕されている現場にも遭遇した。

    明日、就任式の翌日にはワシントンで20万人規模とも言われる抗議デモが予定されている。最高司令官となったトランプ大統領の下で、アメリカは一体これからどこに向かうのだろうか。

    小暮聡子(ワシントン)