ママチャリが歩道を走る日本は「自転車先進国」になれるか

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    ママチャリが歩道を走る日本は「自転車先進国」になれるか

    「自転車のまち」栃木県宇都宮市で整備が進められている自転車レーン(撮影:筆者)

    自転車が堂々と通れる車道が少ない日本。ヨーロッパ人から見れば、明らかに「自転車後進国」だろう。本来は車道を通るべきなのに、歩道を通るものという誤解が蔓延し、自転車の絡む交通事故も多い。カギとなるのは自転車レーンの整備。その先陣を行く栃木県宇都宮市へ取材に行った。

    2020年の東京五輪は、各競技会場がそれぞれ離れすぎないよう、できるだけ一定圏内に固めて配置する「コンパクト開催」を売りにしている。そこで脚光を浴びているのが、移動手段としての自転車だ。世界中から五輪競技を観覧に来る外国人の中には、都内を自転車で動き回ろうという人も少なくないだろう。

    また、外国人だけでなく、最近は通勤手段として、あるいは休日の趣味やスポーツとしても、自転車の人気は高まっている。しかし、現在の東京都心に、自転車が堂々と通れる車道は少ない。

    日本の道路交通の歴史は、車道を通るべき軽車両である自転車を「いい加減」に扱ってきた歴史でもあった。独特なスタンダードデザインである「ママチャリ」の発達によって、日本は世界でも屈指の自転車普及率を誇っている。その半面で、交通ルールと現状が全く噛み合っていない実情もある。

    『自転車の安全鉄則』(朝日新書)や『自転車はここを走る!』(共著、枻出版社)など自転車交通に関する著作を数多く持ち、自転車通勤をする「自転車ツーキニスト」を名乗る疋田智氏は、こう主張する。「自転車は本来、『歩道を走る資格がない』という事実をもっと広めるべきだ」

    自転車人気が高まるにつれ、その交通に関わるさまざまな問題にも焦点が当たるようになった。なかでも最も議論になっているポイントは「車道か歩道か」だろう。確かに、自転車が歩道を通っていい場合もあるが、「あくまで例外で、緊急避難的なルールだ」と疋田氏は強調する。

    いわゆるモータリゼーションが進み、自動車の交通量も交通事故も急増した1970年代、道路交通法の改正で、自転車が歩道に上がることを一部で許容することになった。車道の交通量が著しく多い場合や、路肩で道路工事が行われている場合などには、例外的に歩道に上がることが許容されたのである。

    また、「自転車走行可」の道路標識がある「自転車歩行者道(自歩道)」であれば、歩行者に混じって自転車も歩道を通って構わない(自歩道でなくても、13歳未満の子ども、70歳以上のお年寄り、身体障がい者は自転車で歩道を通行できる)

    近ごろでは、車道に近いほうを自転車走行帯として、明確に色分けしている自歩道も増えてきた。だが、その色分けエリアも「自転車専用」ではなく、あくまで歩道には違いない。ルール上は「徐行」を義務づけられるのだ。

    現在の日本では、「自転車は車道、やむをえない場合に歩道」という原則が、例外と逆転してしまっている。道路を横断する場面で、横断歩道のそばに「自転車通行帯」が描かれていることが多いが、「この自転車通行帯も必ず歩道に繋がっていて、自転車は歩道、との誤解を与えている」と、疋田氏は話す。


    横断歩道のそばにある自転車通行帯が「誤解を与えている」と疋田氏(撮影:筆者)

    自転車レーン整備で事故減少

    「矢羽根」検証を行う「自転車のまち」宇都宮市

    そんな誤解が蔓延する「自転車後進国」ニッポンだが、変化の兆しはある。そのひとつが、自転車レーンなどの整備に取り組む栃木県宇都宮市。日本一広大な関東平野の北端に位置し、人口50万人を超える中核市である。起伏が比較的少ない地形と、雪や雨が少ない気候の影響で、交通手段としての自転車が市民に広く親しまれている。

    また、毎年10月に宇都宮市森林公園や市街地で開催され、今年で25周年を迎える「ジャパンカップ サイクルロードレース」は、「ツール・ド・フランス」などにも引けを取らない、アジア最高位のサイクルロードレースである。世界トップクラスの選手も参加する大会として、国際的にも注目を集めている。さらには市の中心地にある宇都宮城址公園などで、オフロード自転車競技として、モトクロスならぬ「シクロクロス」も盛んに行われているという。

    2003年から「自転車のまち」を標榜する宇都宮市は、「普段づかいの自転車」と「レジャーとしての自転車」の双方を重視している。

    道路建設課・サイクルシティ推進グループの田﨑和則氏によれば、数字の「8」を自転車の車輪に見立てて、毎月8・18日には、自転車の利用者に対して、警察などと連携しながら交通安全を啓発する街頭指導を行っているという。また、地域密着型のプロサイクルロードレースチームとして活躍する「宇都宮ブリッツェン」も、自転車の安全交通の普及に一役買っている。

    同じくサイクルシティ推進グループの平原健吉氏は、市内で自転車レーンなどを敷設した道路では、自転車に関係する事故が53%減少した実績があると、その安全面での有効性を説く。市が管理する道路においては、2015年時点で21.7キロのレーンが整備されているところ、2020年までに57.7キロまで延伸する計画があるそうだ。

    現在は青色のカラー舗装でベタ塗り(冒頭写真の自転車レーン)せず、車道との境界線のみに使って、経費削減しつつも視認性を確保している(撮影:筆者)

    宇都宮市は、全国に先駆けて「矢羽根」表示の検証も行っている。矢羽根は、国土交通省が新たに策定した道路表示であり、自転車レーンを設置するほどの幅員が足りない道路で、自転車の車道走行を促すために描かれる。

    矢羽根ゾーンは、自転車レーンと違って、自動車の進入や駐停車が禁じられているわけではない。むしろ、車道が「自転車と自動車の共用スペース」である事実を示す。さらに矢羽根には、「自転車は車道の左側を走行しよう」などの交通ルールを、視覚的に自転車利用者やドライバーへ伝え、自然なかたちで誘導する心理的効果も期待されている。

    実際、現場を写真撮影している際には、地域住民の皆さんが自転車に乗って通り過ぎるのだが、自転車レーンに描かれた矢印や、矢羽根で示された向きを、逆走している人は見かけなかった。

    「矢羽根」マークは、自転車レーンを作る余裕のない幅の道に引かれている(撮影:筆者)

    前出の自転車ツーキニスト、疋田氏も「自転車レーンも大切だが、まずは『左側通行』のルールこそを、第一に徹底すべきだ」と力説する。

    幹線道路で、自転車が車道を右側通行していれば、自動車から見れば「逆走」である。かわすことが難しいだけでなく、万が一ぶつかった場合の衝撃も非常に大きくなるため、極めて危険な行為だ。

    疋田氏によれば、住宅地の生活道路でこそ、自転車の左側通行が大切になるという。家屋が密集して見通しの悪い生活道路で、自転車が右側を走っていれば、交差点に差しかかったとき、右から来る自動車や自転車と出合い頭に衝突する危険が高まるからだ。現に、生活道路における自転車関連の死傷事故の発生件数は、幹線道路における件数の倍にのぼる(国土交通省 2010年発表)。

    交差点の中に描かれた「矢羽根」。自転車の進行すべき方向を示しつつ、車も進入可能(撮影:筆者)

    自転車の事故が多い日本

    自転車の交通事故が日本に多い理由

    実際、交通事故で犠牲になる自転車運転者の割合で、日本は先進国の中でも最悪レベルに達している。

    自転車が歩道を走行することは、歩行者だけでなく、自転車の運転者にとっても危険だという事実は、ヨーロッパを中心に常識として普及している。だが、日本ではむしろ「車道を走るほうが危険だ」という考えのほうが常識となっている。宇都宮市にあるような自転車レーンも、まだまだ普及にはほど遠い。

    改めて、歩道と車道の問題に立ち返ってみよう。

    自転車は軽車両なので、本来は車道を通るべきだ。しかし、日本の車道は自動車交通を大前提に作られている。路側帯や路肩の幅は細すぎる上に、路面もデコボコしていたり、斜めに傾いたりしている。そのため、自転車が車道を走ると、かえって危険を感じる場合が多い。

    そこで、ほとんどの自転車は歩道を走行しているわけだ。ただし、歩道はあくまで「歩行者優先」の公道であり、自転車は徐行を義務づけられる。自転車の徐行とは、警察庁の見解によれば、時速7~8キロとされている。

    もちろん、そんな速度規制など誰も守っていない。ひどい場合だと、猛スピードで歩行者のすぐ脇をすり抜けていったり、ベルを鳴らして歩行者をどかせたりする自転車乗りもいる。

    とはいえ、自転車でマトモに通れるのが、歩道しかないような道が多すぎる。そんな現状の中で、国土交通省や警察は「自転車は車道を走るべきだ」とアナウンスしている。

    ルールだけはご立派だが、現実が追いついていない。都市部を走る自転車は、獣の仲間にも鳥の仲間にも入れない「コウモリ状態」に追いやられているといえそうだ。


    まずは意識改革というソフト面の整備から?

    果たして、これは自動車の製造を基幹産業として発展し、自動車中心の道路交通が整備された国の宿命なのだろうか。だが、日本と同様に自動車産業が盛んなドイツは、一方で自転車にやさしい「自転車先進国」とも呼ばれている。

    日本も本来は、もう少し計画的に車道を開発することができたはずだ。速度の異なるロードバイクやママチャリが併存する日本の都市部の道路にこそ、「自転車レーン」を積極的に敷設させなければならなかったのである。とはいえ、今さら嘆いても仕方がない。未来に目を向けなければならない。

    東京都心に自転車レーンを敷設していこうとすれば、車線を1本つぶす覚悟が求められるし、追加のコストも必要となる。2020年のオリンピック・パラリンピックの開催には間に合わないかもしれない。

    しかし、自転車交通は、物理的なハード面だけでなく、人々の心に働きかけるソフト面も重要だといわれる。

    自転車という乗り物も、れっきとした車両であり、つねに車道の左側を走らなければならないという意識を持つこと、自動車やバイクの運転手は、自転車乗りよりも偉ぶろうとせず、余裕ある気持ちで譲り合うこと......。それだけでも、公道のあらゆる人々が共存できる、快適な交通空間を目指していけるはずだ。

    [筆者]
    長嶺超輝(ながみね・まさき)
    ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」