建築家の暮らしに学ぶ、家の時間をもっと楽しむ3つのヒント。

  • 写真:大河内 禎
  • 文:植本絵美

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建築家の納谷新さんの自邸。床の高低差を活用すれば、ワンルームでも視線が変わるので、思い思いに過ごせる。

緊急事態宣言は解除されたものの、まだまだ油断できない日々が続く。数カ月前には想像もできなかったほどに家での時間が増え、断捨離をしたり、DIYに挑戦した人も多いのではないだろうか。

「家は心の調律の場」とはある音楽家の言葉だが、家で過ごす時間が豊かだと心が満たされる。今回、それを実感した人も多いだろう。一方でストレスが溜まったという人も多いが、その理由のひとつは外出できないと同時にリモートワークにより仕事とプライベートが分けにくくなったからではないか。

では、家づくりのプロである建築家は、自宅でどのように過ごしているのだろうか? 今回話を伺ったのは、自邸を設計したインテリアデザイナーの小林恭さん・マナさん、建築家の阿部勤さん、納谷新さんの3組。家で過ごす時間がまだまだ続きそうないま、彼らの暮らしから家を楽しむヒントを学びたい。その内容は三者三様だが、共通のキーワードは“変化”と“フレキシブル”だ。

納谷さんの愛犬グーはソファがお気に入りの場所。ペットといかに快適に過ごすかも、大事なポイントだ。

時間も空間も、仕事とプライベートのメリハリをつける。

自宅には事務所も併設。こちらは2階のリビングの空間だ。

「自粛以前は駅から遠い立地に文句を言っていたこともあったのですが、その考えも逆転しました。テラスで緑を眺めながらランチができるし、公園を散歩もできるし、『この場所最高!』と思えるほど楽しく過ごせました」と口を揃えるのはインテリアデザイナーの小林恭さんとマナさん。

井の頭公園沿いにある自邸はどの部屋からも緑が眺められ、1階が事務所とキッチン、ダイニング兼打ち合わせスペース、2階はリビングと個室がある職住一体のスタイルだ。仕事が終わると1階で夕食をすませ、2階のリビングでゆったりと過ごす。「2階には仕事を持ち込みません。住居と仕事場が同じ場合、時間も空間もメリハリをつけることが大切ですね」と恭さん。

2階リビングの一角にある家具の扉を開くと、中はなんとミニキッチンが。バーカウンターとしても活躍し、趣味でDJもしている恭さんが選ぶ曲を真空管アンプの味わい深い音で聴きながら、取り寄せた珍しいお酒を飲んで過ごす時間は、至福のひと時なのだそう。

リビングの一角にあるミニキッチンも二人のデザイン。水栓とシンクも備え、わざわざ1階のキッチンまで行かずにすむので便利。

恭さんが愛用する小松音響の真空管アンプ。コレクションのレコード約5000枚、CD約5000枚も自室に置いている。

カラフルなソファにひときわ白い毛並みが際立つ愛猫マロン。

二人はマリメッコやラプアン・カンクリなどの店舗を設計している経験から、ファブリックづかいはお手のもの。2階のリビングは、白い空間に目にも鮮やかな原色の布がコーディネートされ、見ているだけで楽しい気分になる。「ファブリックは手軽に部屋の印象を変えられるし、変化をつけられる。ステイホームで気分を変えたい時はおすすめですね」とマナさん。

快適に過ごすためのルールは、二人の共有スペースであるリビングに個人の趣味の物を置かないこと。「以前住んでいた家では、リビングにレコードが並んでいたこともあって、ケンカした時にそれを見ると、余計怒っていました(笑)。だから今回は、それぞれが思いっきり趣味に打ち込める部屋をつくったんです。たとえばワンルームでも、ファブリックで仕切って自分が好きに使える場所を小さくてもつくっておけば、家に居づらい……なんてことも減るかもしれません」

小林マナ/小林恭●小林マナ:1966年、東京都生まれ。小林恭:1966年、 兵庫県生まれ。98年、設計事務所imaを設立。店舗設計を中心に、住宅、展覧会の会場構成、プロダクトなど幅広く手がけている。

家のなかに、気持ちに合わせて選べる居場所をつくる。

庭に面した2階の回廊が阿部さんの書斎。長年愛用しているものばかりで、設計に使う定規は学生時代から60年近く使っているというから驚く。後ろに見えるのはアフリカの泥染めの布をカバーにしたデイベッド。

建築家の阿部勤さんは家を楽しむ達人だ。これまで設計した住宅は数知れず。埼玉県所沢市に自邸を建てたのは46年前のこと。正方形が二重になった間取りで、正方形の空間を回廊がぐるりと囲んでいることから、「中心のある家」と名付けられた。

室内に入ると、シンプルな間取りからは想像もつかない、変化に富んだ空間が広がっている。空間が緩やかにつながるワンルームなのだが、天井が高い場所と低い場所、明るい場所と暗い場所など、相反する要素が混在しているのだ。「“豊かさ”というのは、選択肢の多さなんです。ひとりで静かになりたい時もあれば、明るい気持ちで過ごしたい時もある。自粛期間のように家にいる時間が長ければ長いほど、その時の気持ちや状況に合わせて居場所を選べることが大切です」

その言葉どおり阿部さんは、家で設計する時もあっちに行ったり、こっちに行ったり……。その時々で心地よい場所を探し、思考するという。それを証明するのが、いろんな場所に置かれた椅子やデイベッドだ。

2階の中心にある空間。正面の扉の向こうに窓が見え、二重になった間取りがよくわかる。ここは主に寝室や趣味室として使用。アフリカの木製ベッドや椅子など珍しい家具が置かれている。

家のあちこちに椅子が置かれており、何脚あるかは阿部さんも把握してないそう。最近のお気に入りはマルニの「100 CHAIRS」のロッキングチェア。揺られながら庭を眺めるのが阿部さんのリフレッシュタイム。

「ここに寝転がってごらん」と促されたのは、1階のコーナーに置かれたデイベッド。天井も低く、ほどよく壁に囲まれ、こもるような心地よさだ。一方、2階のコーナーに設えられたデイベッドは開放的で、窓の外には木々の緑が迫り、手を伸ばせば届きそうなほど。「鳥の巣にいるみたいでしょう」と阿部さんも嬉しそう。

背後を囲われる安心感と同時に、正面に広がる開放感。コーナーはその二つの要素があるので、居心地の良い場所をつくるのにおすすめだそうだ。「最近のお気に入りは、2階にあるアフリカの泥染めの布をカバーにしたデイベッドかな。ここに寝転がって、側にある本の山から無作為に選んでパラパラめくっていると、いいアイデアが浮かんできます」

阿部勤●1936年、東京都生まれ。60年、早稲田大学理工学部建築学科 卒業後、坂倉準三建築研究所勤務。84年、設計事務所アルテック設立。自邸を設計し、第5回日本建築家協会25年賞受賞。代表的な建築に「美しが丘の家」「桜台の家(現・ぼんたな-atelier café-)」「横浜雙葉学園」などがある。

時には屋根の上の「庭」で、リラックスした時間を。

芝生のルーフテラスは柵もなく、視界が抜けて開放感あふれる場所。あまりの心地よさに愛犬のグーもウトウト…。

これまで数多くの住宅を設計し、住み心地のいいリノベーションに定評がある建築家の納谷新さん。自粛期間中に楽しんでいた場所が屋根の上だ。

神奈川県川崎市の高台に建てた自邸は、モルタルと木材を掛け合せたユニークな外観で、1階の屋根はなんと芝生敷き。広々としたルーフテラスになっており、高台なので眺めも最高だ。自粛期間中はこの場所が大活躍し、本を読んだり、愛犬のグーと遊んだり、テントを張って寝ていたこともあるのだとか。「本当に気持ちがいいですよ。いろんな使い方ができるし、こういう場所があると、外出できなくても暮らしが楽しくなる。屋根の芝生は断熱材にもなっているんです。せっかく自邸を建てるのだからと、挑戦したことのひとつです」

広い庭をつくれないなら、屋根の上を庭にすればいい。フレキシブルで、遊び心のある納谷さんらしい発想だ。先日は芝刈りをしたそうで、夏になればまた青く伸び、違った景色になるだろう。

リビングの一角に置いたパソコンデスクは、古いミシンをリメイクしたもの。イスは前方に傾くことで集中力を高めるというヴィトラの「ティプトン」

1階は90㎝掘ったところに床があるので、地面を近くに感じる。庭の一角に小さな畑があり、自粛期間中は毎日、畑仕事をしていたそう。

納谷さんが自邸で行ったもうひとつのチャレンジが、建物を地中に埋めること。1階を地面から90㎝下げた場所に設定することで、地中熱の恩恵を受けようと考えた。「竪穴式住居と同じ発想です。地中に潜っているので、夏は涼しく、冬は暖かいんです」

目線が下がるので、周囲からの視線も遮られ、カーテンを閉めることはほとんどないそう。ソファに寝転がると窓の外には空と緑しか見えず、包まれたような安心感があり、「湯船に浸かったようで、必ず眠くなるんです(笑)」と奥様。

室内はプライベートな空間を確保しつつも、基本はワンルーム。90㎝掘ったことで段差が生まれているが、それがかえって居場所をつくり、段差に腰掛けて仕事をすることも。「仕事はデスク、食事はダイニングと機能を限定せず、フレキシブルにつくった方が暮らしやすいと思うんです。時には屋根の上で過ごす。ルールに縛られない方がリラックスできるんじゃないかな」

納谷新●1966年、秋田県生まれ。91年、芝浦工業大学卒業後、山本理顕設計工場勤務。93年、 兄の学と納谷建築設計事務所を共同設立。 手がけてきたプロジェクトは200を超える。リノベーションが主流になる以前から取り組み、事例も多数。

こちらの記事は、Pen 2020年8月1日号『愛用品とともに。』特集のインタビュー未掲載部分を再構成したものです。