吉原に生まれ育った土産商、岡野弥生とつくった「エッチなギョウザ」とは?
アートディレクターの古谷萌、コピーライターの鳥巣智行、菓子作家の土谷みお、建築家の能作淳平が、料理人とは異なる視点から新しい餃子づくりに取り組む「トゥギョウザー」。4人が毎回、さまざまなゲストと会話しながら、これまでにない餃子をつくる。そんな活動です。
10回目のゲストは、江戸時代に遊郭として栄えた吉原をモチーフにした土産物ブランド、「新吉原」を主宰する岡野弥生。現在も浅草近くの色街として知られる吉原で生まれ育った岡野は、2016年に新吉原のアイテムを扱う「岡野弥生商店」をオープン。今回は、岡野弥生商店からも近い、吉原にある「桜なべ中江別館 金村」を舞台に、こんな会話からスタートしました。
古谷 新吉原や岡野弥生商店の成り立ちから教えてもらってもいいですか。
岡野 20代はファッション誌の編集など出版社で10年ぐらい過ごしました。地元の吉原で何かやりたいなと思いながらも、当時は仕事中心の生活で忙しく、ぼんやりした感じでしか考えられなかったんです。編集の仕事を辞めてから、ホテルでサービス業を経験してみたり、地元の糸屋さんで働いてみたりしつつ、「飲食業は向いてないかも? 何かをつくるのは向いてるかも?」など色々模索して、最終的に土産物屋に辿り着きました。2014年に新吉原を立ち上げ、団扇や手ぬぐいなどをオンラインで販売していましたが、2年後に実店舗として岡野弥生商店を開店しました。
鳥巣 吉原が地元なんですね。
岡野 曽祖父の代から吉原に住んでいて、この街の雰囲気が好きなんです。
古谷 岡野弥生商店というフルネームが入ったショップ名も面白いですよね。商品のイラストは、誰が描いているんですか?
岡野 デザインは私が考えて、それを友人のイラストレーター達に描いてもらったり、古い本から引用したりしてつくってます。手ぬぐいならそのイラストから版をつくって、職人さんに渡して染めてもらっています。版画は浅草で、べっ甲は亀戸、木桶は江東区とだいたい東東京の職人さんに依頼しています。
古谷 木桶はさっきショップで見たものですね。風呂椅子「ステキな椅子」みたいな大物も売れるんですか?
岡野 風呂椅子は桶栄とのコラボ商品で10万円しますが、他にはない商品なので一目惚れしたお客様は購入されますね。
鳥巣 男女どちらのお客さんが多いですか?
岡野 男女半々くらいです。吉原と聞いて浮かぶイメージは、遊郭や赤線、ソープ街と、世代ごとに少しずつ違って、若い人は吉原=ソープ街というイメージがなくて、新鮮みたいです。
土谷 このあたりの街並はこの道を越えるとソープ街になったり、あの道を越えれば道具街があったり、道を一本挟むと街並みがガラッと変わるのが面白いなと思っていて、浅草あたりの街=東京のブルックリン、と私のなかで勝手に位置付けています。
鳥巣 今回のテーマは、ゲストの岡野さんにちなんでエロスとギョウザにしたいと思います。
吉原ならではの、エロスをテーマにしたギョウザのアイデアを発表。
ここで、4人があらかじめ考えてきたアイデアを発表。ゲストが最も気に入ったひとつを、みんなでつくって食べてみます。まずは、古谷のアイデアから。
古谷 僕は、餃子のヒダをプリーツスカートに見立てた「スカートギョウザ」。いちご模様のパンツが透けているイメージです。
鳥巣 ちょっとかわいいですね。
古谷 これがエロスとまで言えるかわからないけど、スカートっていう存在がいいんですよね。
続いて土谷のアイデアを。
土谷 「羽衣ギョウザ」です。私も同じく、ちょっと透けているとか、よく見えないけれどその奥を想像する喜びみたいなところに、日本人はエロスを感じるのかなと思って。ギョウザの皮が羽衣のように重なって折られていて、餡がうっすら見えるという。
能作 透けるんじゃなくて、なかなか見えない。花魁がうなじを見せるような奥ゆかしさもありますね。
鳥巣 品があっていいですね。
能作のアイデアは?
能作 中の具が見えちゃう、「チラリズムギョウザ」です。神保町にある餃子の老舗「スヰートポーヅ」の餃子をちょっと参考にしました。絵はないですがもうひとつのアイデアがあって、数寄者という言葉にはチラリズムのようなフェティシズム的な意味もありますが、今回お邪魔している桜なべ中江別館 金村さんにも共通すると思い「数寄者ギョウザ」。この建物は建築家の吉田五十八が設計した近代数寄屋建築で、たとえば、床の間やらんまの納まりがそれまでの伝統的なルールをちょっと崩した、モダンなつくりになっています。
鳥巣 能作さんは、そういう建築のディテールにエロスを感じるわけですね?
能作 そうですね。ディテールを見て、この建築がエロいなとか、色気があると思うことはありますね。数寄者ギョウザは、餡に皮を乗せただけのものを考えています。
最後に鳥巣のアイデアを。
鳥巣 エロスって、想像力だと思ったんですよ。他の3人とも似ているんだけど、全部見えていないものを想像したりしてしまうところにエロスがある。だから、「濡れギョウザ」です。
能作 名前がいいですね(笑)。
鳥巣 はい。水餃子ではなく、濡れギョウザ。山みたいな形の餡をプリンのような素材でつくり、その上にカットしたいちごを乗せて、餃子の皮をかぶせて蒸すイメージ。スイーツ系の餃子です。
古谷 その形って、おっぱい?
鳥巣 ですね。
土谷 だいぶ透けてるね。
鳥巣 見えちゃってますね。ただここは、皮の厚みで見え方を調整できる部分かと思っています。
岡野 商品をつくる時にも「エロの度合い」を大事にしています。あまり直接的過ぎず、でもエロスを感じる度合い。それを餃子でつくるのが、今回の難しいところですね。スカートギョウザに「箸でめくる」行為をプラスすると、ちょうどいいかもしれません。
いろいろ話した結果、今日作るのは古谷のアイデア、スカートギョウザに決定しました。
求肥のようなもちもちした皮のスイーツギョウザ。
スカートギョウザの皮は手づくり。白玉粉でつくったもちもちした求肥のような皮で包む餡は、いろいろと試した結果、3種類に決定しました。
土谷 透け感と軽さを出すために、皮は求肥に。餡は、白あんと栗、白あんとチェリー、白あんとピスタチオという組み合わせの甘いギョウザがよさそうですね。
完成し、さっそく食べてみました。さて、その味は?
能作 白あんと求肥が合うのか、おいしくて安心して食べられます。トッピングでいろいろ入れてもよさそう。おいしくて、かわいいです。
古谷 フワっとした見た目のおかげで、今日みたいな暑い日でも、涼やかな感じがしますね。
能作 確かに。白あんってどうしてもどっしりした感じになりがちですが、清涼感もあります。
岡野 実は、求肥が大好きなんです私。おいしいし、見た目も上品で和菓子のよう。
土谷 この連載で求肥を使ったのは今回が3回目でしょうか。安定のおいしさです。
鳥巣 求肥はもう、トゥギョウザーのスタンダードメニューですね。途中、白あんが入ってない試作も食べましたが、白あんを入れるのがポイントだと思いました。
最後に、今日のトゥギョウザーをそれぞれに振り返ってもらいました。
能作 エロが日常的な生業になっている吉原でエロスとギョウザについて考えるのは、自然というか、不思議といやらさがない感じがしました。普段あまりエロについて話すことはないですが、今日は改めて話すことができたと言うか。
古谷 メインカットを撮影している時に、求肥でできたギョウザの皮をめくる役をやったんですが、タブーを破っているような感覚で、ギョウザの可能性がまたひとつ広がった気がしました。
土谷 小学生の頃スカートめくりのブームがあって、スカートをめくられるのがすごく嫌だったことをふと思い出しました。大人になってスカートをめくられることってなかなかないので、あれはあれで貴重な心理体験だったと思います。今回は普段包まれているギョウザの皮をめくるという、やってはいけないことをやってしまった大人の楽しみを手に入れる感覚もありました。あと、餃子と和菓子の類似性を実感しましたね。洋菓子と比べると、和菓子は使う道具が少なくて、手の平でできる作業が多いんです。
鳥巣 エロスに対する多様なアイデアが出ると期待していましたが、思いの外、似ていましたね。これを日本人的というのが正しいかどうかわかりませんが、直接的ではない、奥ゆかしさみたいなエロス。
岡野 外国人がいたら、やっぱり違うアイデアが出るんですかね。
能作 エロは、文化圏でけっこう違うんでしょうね。
鳥巣 という意味でも、今日、吉原でできたのがよかったです。
岡野 この場所を借りて、買い出しの時に吉原の街を歩いたのも、スパイスになっているかもしれませんね。つくる場所も、大事なんだと思いました。