素材まるごと旬を味わえる、江戸前天ぷらの最新型4軒。

  • 写真:大河内 禎
  • 文:浅妻千映子

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しっかり伝統を守りながら、時代と共に歩んだ進化も感じさせる……。そんな江戸前天ぷらの最新型ともいえる4軒を取材した。


【門前仲町/ふく庵】“やせ我慢”で揃える、厳選された魚たち。

富津のキス。東京湾のキスは圧倒的にグラマーな姿をしているという。身が厚いと水分が多く、ふわっとおいしく仕上がるそう。焼きながら蒸すイメージで揚げる。

中島昭彦さんと奥さんの千彰さん。店はテーブル中心。言うまでもなく、お酒の値段も良心的。

いくつもの河川が流れ込む東京湾は、豊富な餌があるばかりか、波が穏やかだ。
「のんびり泳いでたっぷり餌を食べる。だから、江戸前の魚はみんな顔つきが穏やか。いわばお嬢さんお坊ちゃんなんです。皮が薄くて、筋肉も少ない」
そんな風に表現するのは「ふく庵」のご主人、中島昭彦さんだ。江戸前の天ぷらと言えば必ず名の挙がる「みかわ是山居」で7年の修業を積んだのち、店を開いた。
「江戸前を謳うからには、やはりそこで獲れた魚をどうしたって手に入れたい。厚みのある身質が天ぷらに合っておいしい」と、仕入れに奔走する。結果、すべてとは言わないが、キスにアナゴにイカと、通年、かなりの割合で江戸前を使っている。驚くのは、海老から始まりそれらが入るコースが3,500円で食べられるということだ。
「もちろん、無理しています(笑)。でも“江戸前はやせ我慢”。師匠も言っていました」
高級天ぷら店の構えはないが、それがかえって、食材へのつぎ込みを物語る。言うまでもなく、腕は確かだ。下町らしい人情にあふれた江戸前天ぷら店である。

すっと尖がるように薄い衣を纏った銀杏。理想通りに揚がった時、この姿が見られるという。

八景島のアナゴ。脂ののったアナゴは、皮目に7割、身に3割の火を通す感覚でがっちりと揚げる。

東京都江東区富岡1-22-26 杉田ビル2F
TEL:03-5646-6365
営業時間:11時45分~13時30分、18時30分~22時
定休日:日、祝


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【西新橋/天ぷら 逢坂】昔ながらのつゆによく合う、クセのある魚と衣。

コースの最後に出るアナゴは、衣を他のものより厚めに付け、しっかり火を通し香ばしく揚げる。店の奥には生きたアナゴが泳いでいる。2~3日泳がせ、身をきれいにしてから使うことが多い。

ご主人の大坂彰宏さん。長年愛用している南部鉄の鍋を使って天ぷらを揚げる。

天ぷらを塩で食べるか、天つゆで食べるか。迷うところである。店によっては「塩で」という指定が入ることもあるが、ここ「逢坂」に来たら、ぜひ積極的に天つゆを使ってみることを勧めたい。ご主人の大坂彰宏さんが長く修業していた名店「天政」譲りの天つゆは、蕎麦屋の汁のように、かえしを出汁で割るという方法でつくった味の濃いもの。天つゆの歴史は江戸時代に遡るが、現代まで引き継がれているだけのことはあり、やはり、天ダネとして定番の魚にはよく合うのである。
江戸前の魚が手に入らなくなったことはどの店でも共通の悩みだが、大坂さんは目先を変えて、他店であまり見かけない魚も自信をもって使う。
「太刀魚、甘鯛、金目鯛をコースに挟むことがあります。アナゴなんかもそうですが、ちょっと臭みのある魚はてんぷらに合う。いろいろ試したところ、この3種類はそればかりでなく、揚げることで身もふわっとしておいしくなる。どこか、江戸前の魚に近い要素があるように思います」
コースの途中に何度も粉と卵、水を混ぜ、衣を一からこまめにつくり直す大坂さん。状態のいい衣はほどよくふんわり、さっくりと軽やかだ。天つゆを吸わせて食べれば、えも言われぬ満足感。その分、締めには、あっさり塩味の天バラを注文してみたい。


キスは油の温度を上げながらゆっくり揚げて水分を飛ばしていく。最後は高温で表面をカリッとさせる。このかたちが逢坂流。

スミイカは、最初に小麦粉を付けてから薄い衣を纒わせ、火通りをよくして短時間で揚げる。中はレアでやわらかくおいしい。

素揚げではなく、衣を付けて揚げる海老の頭。殻だけでなく、中に身も入っているので、長時間揚げ過ぎないで引き上げる。

東京都港区西新橋2-13-16 多田ビル1F 
TEL:050-3134-3416
営業時間:17時30分~21時L.O.(月~金)、17時~21時L.O.(土) 
定休日:日、祝、第3・5土
www.tempura-oosaka.jp


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【築地/清壽】贅沢に使う太白胡麻油と、圧巻の魚介。

ピンと威勢よく揚がったメゴチ。「しっかり水分を抜くように揚げるとおいしい魚」と清水さんは言う。身に厚みがあり、旨味が詰まっている。前半の油を替える前、コースの半ばあたりで登場する。

主人の清水良晃さん。「楽亭」で10年、「清壽」を開店して10年。ワインも充実するが、ワインに媚びた天ぷらは揚げない。

驚くほどに江戸前の魚が揃う店だ。それを、サラダ油を混ぜない100%の太白胡麻油で揚げる。
「実は、他の油を混ぜないと、衣はすぐにしんなりしてしまうんです。それでも太白だけを使うのは、胡麻油が江戸前だからということに加え、これで揚げると甘さがすごいから。衣の味も、素材の味もまったく違って感じます。この味は他では出せません」
そう話すのは、ご主人の清水良晃さん。いまは亡き「楽亭」の主人の下で10年の修業をした。
「亡くなった親方は、“江戸前は、魚介、胡麻油、高温だ”と言っていました。野菜は低めの温度で揚げますが、江戸前の天ぷらの基本は魚介ですから、高温でということなのでしょう」
コースは海老、イカとスタートする。
「このふたつはごく薄い衣です。揚げる時間が短いほど衣は薄くする。中をレアで仕上げたい海老とイカは、衣が揚がりさえすればいいという感覚です。逆にアナゴは身も皮目もしっかり衣をつけてじっくり揚げる。衣が厚いと、天つゆをしょってくれます。“しょう”というのは吸うということ。天つゆに合うアナゴらしい揚げ方なわけです」
コースの途中で鍋の油をすべて入れ替え、揚げあがった天ぷらの油はしっかりと切る。どこまでも軽い食べ心地は、進化した江戸前を感じさせる。


左下から時計回りにキス、メゴチ、小柱、ホタテ、イカ、海老、ざるに入っているハゼ。近年、江戸前を中心にこれだけ魚が揃う店はめったにない。

コースの最後に出るアナゴは、厚めの衣をしっかり固めるように揚げてある。身の味に加え、色濃く揚がった衣の香ばしさもたまらない。

東京都中央区築地3-16-9 アーバンメイツビルB1 
TEL:03-3546-2622 
営業時間:17時~21時 L.O. 要予約 
定休日:月


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【銀座/天冨良 いわ井】

江戸前が手に入らない時は使わないというメゴチ。「江戸前ならではの磯の香りを大切にしたいんです」とご主人の岩井さん。「時間が経つと香りからなくなっていく」と鮮度も重要視している。

岩井義郎さん。「天一本店」で17年を修業し20年前に独立。3年前に同じ銀座で移転した。真面目な仕事ぶりが味に出る。

江戸前のタネでありながら、最近、どの店でもなかなか見なくなってしまったのが芝海老だ。かき揚げになることはあっても、コースの途中にはまず出てこない。それを出すのが「天冨良 いわ井」だ。
「昔は、冬、天然の車海老のいない時期なんかによく揚げました。サイズが小さいですからね、つまみ揚げと言って、何本かまとめて衣を付けて揚げるんです。修業先の『天一本店』の先輩からは、“俺は6本” “いや俺は7本できた”と、皆で競い合ったなんて話も聞きましたね」とご主人の岩井義郎さん。30年前、芝海老を並べた天丼は末広丼と呼ばれ、江戸前天ぷらを謳う各店で味わえたそうだ。車海老の品のよい味わいとはまた違った強い旨味。甘く味付けされた丼つゆとはいかにも合いそうである。
さて、魚の変化が激しいこの5〜6年、たとえばキスでも、江戸前が手に入らないことがある。
「そんな時は、どうしたら江戸前の魚の味に近づくかを考えます。なにかを加えるのではなく、大切なのは見えないところでやる仕込み。その姿勢こそが江戸前だと思うんです。お客様の前で揚げた時には、すべてが完結されていなくてはならない」
それゆえ店の天つゆの味もシンプルだ。ご主人がかいた鰹節を使って出汁を引き、みりんも砂糖も加えない。そぎ落とされた江戸前の味がここにある。


つまみ揚げは脚を付けたまま芝海老をむく。まとめた数本が揚げている途中で離れてはならない、職人技の見せどころ。

出来上がったつまみ揚げ。その姿からいかだ揚げということもある。脚が付いているので非常に香ばしく、味が濃い。要予約。

富津のキス。江戸前のキスは鱗が細かいそう。他の産地と比べると尻に近い部分まで幅と厚みがある。ホロホロした身が美味。

東京都中央区銀座7-4-5 銀座745ビル6F 
TEL:03-3571-5252 
営業時間:18時~20時30分L.O. 要予約
定休日:日、月 
http://tempura-iwai.com/jp/index.html


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この記事は、2019年 Pen1月15日号「江戸前の流儀。うなぎ/天ぷら/鮨」特集よりPen編集部が再編集した記事です。

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