居心地のよい、昭和レトロな喫茶店9軒。

  • 選:難波里奈(東京喫茶店研究所二代目所長)
  • 写真:藤本賢一
  • 編集&文:久保寺潤子

Share:

昭和のドラマを見つめてきた情緒ある名店が再び注目されている。2000軒以上の喫茶店を巡り、著書も多数ある難波里奈さん推薦の9軒を紹介。




珈琲 王城 ──上野で繰り広げられる人間ドラマを見守ってきた、純喫茶の名店。

ゴージャスなムードでありながら、広々とした空間が落ち着ける雰囲気。朝は定位置に座ってモーニングを注文する常連客が目立つ。

「祖父が店を開いた1975(昭和50)年、上野駅は北への玄関口として活気にあふれていました。貴族が優雅にコーヒーを飲む古い城をイメージしたと聞いています」と話すのは現オーナーの玉山珉碩さん。喫茶店発祥の碑もある上野ではこの時代、アルコールを出さない娯楽場として純喫茶が次々と生まれ、多くの出会いや別れが繰り広げられた。そんなドラマを長年見守ってきた天井のデコラティブな装飾やシャンデリア、入り口の公衆電話が往時を偲ばせる。いまや4色に増えたクリームソーダ、名物の厚焼きトーストやミートソースは世代を超えて愛される喫茶店の味だ。

上野駅から徒歩5分、煉瓦の壁が目印。昔は会社の応接間代わりに社用で使う客も多かった。最近は純喫茶愛好家たちで平日の昼間から行列ができることもあり、時代の変遷を感じさせる。

この春から全面禁煙となり、たばこの苦手な人や子ども連れでも入りやすくなった。オーナー自らSNSで店の近況をアップするなど、時代の空気も取り入れつつ、店のスタイルは守り続けているため馴染み客の心も離さない。新旧世代が入り交じって時代をつないでいく、そんな昭和の喫茶店で時計のネジをゆっくり巻き直したい。


東京都台東区上野6-8-15
TEL:03-3832-2863
営業時間:8時~19時
定休日:2021年1/1、1/2


名曲・珈琲 らんぶる ──クラシックが流れる都会のオアシスで、タイムスリップ

最盛期は銀座、神保町、渋谷など支店も多数あった。階段を降りると200席の大空間が広がる劇場型の構造。左手奥にはボックス席も。

LP盤でクラシックを聴かせる名曲喫茶が多く生まれた50年代。新宿には琥珀、スカラ座、でんえん、ウィーンと並んでらんぶるが誕生した。最盛期には地上3階、地下1階で400人を収容し、最大規模を誇った。大のクラシック音楽愛好家だった初代店主は建物や内装、音響装置にこだわりプログラム編成や解説の専門家を置くなど、多くのファンに親しまれた。「祖父はスカラ座のマスターと世界一周してヨーロッパを視察したそうです。劇作家や音楽家、噺家らも集うサブカルチャーの発信基地としても賑わいました。いまも多様な文化が息づくこの街で、門戸を広く開けてお客様をお迎えしています」と3代目の重光康宏さん。

新宿東口の中央通りに佇む入り口。繁華街の真ん中に残るオアシス的存在だ。1階席もあるが、ゆっくり過ごすなら、地下の大空間へ。クラシカルな制服に身を包んだスタッフとの会話も楽しい。

木彫りの看板や店内の装飾など随所に時代を感じさせる意匠があり、心和ませる。

1974(昭和49)年に建て替えられ現在の姿になったが、地下へ続く階段の先には昔のままの椅子やテーブルが出迎える。制服に身を包んだスタッフが給仕する香り高いコーヒーとともに、静かに流れるクラシックに身をゆだね、舞台の主人公になってみてはいかがだろう。


東京都新宿区新宿3-31-3 1F・B1F 
TEL:03-3352-3361
営業時間:9時30分~18時
無休


珈琲亭 ルアン ──飴色に輝くカウンターでバリエーション豊かなコーヒーを。

入り口すぐのカウンター席は、さっとコーヒーを飲みに立ち寄る人の定位置。食器棚のカップやサイフォンが、静かに時代を物語っている。

都内では貴重となった一軒家の喫茶店。昭和の面影が残る大森の繁華街に、当時の空気を色濃くまとったルアンは、映画やドラマのロケ地に使われることも多い。「開店した1971(昭和46)年、店の前には映画館が4つもあって、街いちばんの繁華街でした。父の時代に学生でバイトしていた人が、この空間が忘れられずに戻ってきて定年まで働いてくれました」と話すのは2代目オーナーの宮沢孝昌さん。飴色に輝くカウンターの椅子に腰掛け、銀食器にセットされたモーニングを注文しながら新聞を読む常連客や、クラシカルなカップで供されるウィンナーコーヒー片手に寛ぐ紳士たちの姿は、映画のひとコマを見ているかのようだ。

メニューは豊富でコーヒーだけでも数十種類。産地別のストレートコーヒー各種の他、ウィンナー、アイリッシュ、ターキッシュ、ダッチなどバリエーションコーヒーも多数。テキーラにオレンジの香りを移した「メキシコの情熱」は、目の前でガラスのカップに注いでくれる。高い位置からコーヒーを注ぐスタイルは宮沢さんが初代から伝授された。

繁華街の角地に昔から変わらぬ佇まいが目を引く。壁の鎧戸がなんともレトロチック。

2階に残された電話ボックスは、待ち合わせに利用した人たちの出会いやすれ違いを幾度となく目撃してきたのだろう。テキーラの青い炎にオレンジの香りを移した情熱のコーヒーを飲みながら、ロマンティックな空想に想いを馳せるのも悪くない。


東京都大田区大森北1-36-2
TEL:03-3761-6077
営業時間:7時~19時(月~水、金) 7時30分~18時(日、祝)
定休日:木、2021年1/1~1/4


【関連記事】

クリームソーダにハンバーグ……。蒲田で「昭和」を味わい尽くす4軒。

路面電車とアーケード商店街が、心を和ませる「三ノ輪」へ。

戦後の賑わいが残る、 ニュー新橋ビルを再発見。

TOM ──なにもせず、ただぼんやり過ごしたい琥珀色の空間。

意匠を凝らした手すりやカウンター上部のレリーフにぬくもりが感じられる。現在は2代目のマスターがカウンターに立つ。

新宿にほど近い代々木は、オフィスや予備校がひしめくエリア。「昼食後のひと時を過ごしにサラリーマンが立ち寄ったり、2階では予備校生が勉強していたものです」。長年マスターとともに店を切り盛りしてきた古巻孝子さんは往時を振り返る。駅に近いこの通りは、昭和期には何軒もの喫茶店があったという。1階奥の席に座れば、カウンターから流れてくるコーヒーのふくよかな香りが鼻腔を刺激し、心をじんわり解きほぐす。ふと周囲を見渡すと、店内を飾る手彫りのレリーフや銅版画はすべてがコーヒー色に醸し出され、にじんだ景色をつくりだしている。年月が紡いできた空間は、訪れる者を一瞬にして温かく包み込む。

駅近くにありながら、静かな空気を纏う店の外観。

窓から優しい光が注ぐ2階席。学生時代にここで勉強した人が、昔を懐かしんで訪れることも。

静かにひとりきりの時間を過ごしたいなら窓辺から温かな光が差し込む2階席へ。すぐに売り切れてしまう人気メニューの「ジジロア」と本日のコーヒーを注文して会話を楽しむもよし、ひとり無為の時間を過ごすもよし。ここでは携帯もパソコンも開かずに、ただぼんやり過ごすのがふさわしい。


東京都渋谷区代々木1-37-3
TEL:03-3379-1628
営業時間:9時~20時(月~金)12時~19時30分(土)
定休日:日、12/30~2021年1/3


ヘッケルン ──サラリーマンの心を癒やす、マスターの温かな笑顔。

サラリーマン時代、お世話になったマスターに会いたくて、と遠方から訪れる馴染み客も。「大事なのはお客との間合いだよ」と森さん。

新橋の裏路地に50年間明かりを灯し続けている喫茶店がある。マスターの森静雄さんは77歳のいまも元気に店に立つ。メニューは35年間値上げなし、ひよっこのビジネスマンが立派に成長する姿を見守り、4世代で通う客も珍しくない。お忍びで通い続ける大物俳優から20代の若者まで変わらぬ姿勢で接客する潔さが心地いい。カラメルソースがたっぷりのったジャンボプリンや注文を受けてからパンを切るフレッシュな卵サンド、サイフォンでていねいに入れるコーヒーを、常連客とおしゃべりしながら流れるようにさばくのは熟練のなせる技。「会社でどんなに偉くたって、人間はみなただの人。ビジネス街にあって、誰もがほっとできる場所であればいい」と森さん。

店内にはマスター手づくりの本棚に『ゴルゴ13』などのマンガや雑誌も多数。ひとりコーヒーとジャンボプリンを注文し、黙々と通い続けるビジネスマンも。

西新橋の裏路地に50年間看板を掲げる店は、老若男女で賑わう。

長年通い続ける人たちには家族のように出迎える。「みんなから愛をもらっているから続けられるんだよ」と茶目っ気たっぷりに微笑む。心が折れそうになった時、嬉しいことがあった時、人々はこの場所で気持ちを整えて、明日への扉を開けるのだ。


東京都港区西新橋1-20-11 安藤ビル1F 
TEL:03-3580-5661
営業時間:8時~19時(月~金)8時~17時(土)
定休日:日、祝、第2土曜、12/31~2021年1/3


カド ──下町と西洋の出合いが生み出した、唯一無二の独創世界へ。

ロンドンやパリなど、ヨーロッパのカフェに影響を受けて設計された。壁を飾る貴婦人の肖像画や置き時計は当時のまま。

明治期には150軒もの料亭があった花街・向島で1958(昭和33)年に創業したカド。西洋文化の影響を色濃く反映した内装は、志賀直哉の弟・直三の手によるものだ。圧倒的なまでに唯一無二の空間をいまなお支えているのは、2代目オーナーの宮地隆治さん。「下町は家業を継ぐのが当たり前という風潮ですから。16歳の頃から店を手伝っていて、この場所の魔力から離れられない」と笑う。先代が収集した100枚近くある油絵を定期的にかけ替え、天井やテーブルには自らバラの絵をペイント。おとぎ話に出てきそうな衣装もお手製だ。

手先が器用なマスターはなんでも手づくりしてしまう。ヨーロッパ文化に造詣が深く、向島の歴史など時代を超えたエピソードを聞くのも楽しい。

外観と店内のギャップにも驚く。扉には、くるみパンサンドイッチと生ジュースのメニューが張られている。

明治から大正にかけてヨーロッパに留学した文豪や紳士たちが足繁く通った時代の空気を受け継ぐこの場所は、昭和のロマンにあふれている。宮地さんが引き継いでから唯一取り入れたのは、看板メニューのくるみパンサンドイッチ。コッペパンとあんパン文化が根強い下町で、モッツァレラチーズをサンドしたくるみパンはハイカラの象徴なのだ。下町と西洋の出合いによって生まれた空想の世界に遊んでみたい。


東京都墨田区向島2-9-9
TEL:03-3622-8247
営業時間:11時~19時30分
定休日:月、12/31

stone ──有楽町のサラリーマンが、 いきいきと輝いていたあの頃。

初代が石材屋を営んでいた関係で、御影石がふんだんに使われている。床のモザイクは職人が手仕事で仕上げた。天井はカーペット素材で、音を吸収。当時は剣持勇の椅子が使われていた。

1966(昭和41)年、有楽町ビルヂング開業時から営業を続けるストーン。壁一面に曲線を描く御影石、床はモノトーンのモザイクタイルというスタイリッシュな内装は建築家の榎本純子氏が手がけたもの。喫茶店ファンのみならず、建築ファンの間でも有名だ。3代目店主の奥村眞世さんは祖母を手伝いながら仕事を覚えた。「以前はビルがオープンすると同時に近隣のビジネスマンが定位置に座ってコーヒーを注文するのが日常の光景でした。会社のプレゼン前にここで打ち合わせをしたり、第2のオフィスのように使う方もいましたね」と話す。当時の喫茶店は、たばことコーヒーが定石。真っ白だった壁の御影石はコーヒー豆のような深い色へと変化した。

有楽町ビルヂング入り口近くにある店舗。ビル自体が昭和モダンでいま見ても新鮮。昭和期は背広姿の客で賑わった。

たばこの煙をくゆらせながらサラリーマンたちが生き生きと輝いていた昭和の時代を、琥珀色になった石壁が語りかけてくる。内装に合わせて白で統一した名物のフルーツサンドやコカ・コーラの瓶ボトルなど、細やかなこだわりも時代を超えて愛される所以だろう。


東京都千代田区有楽町1-10-1有楽町ビルヂング1F 
TEL:03-3213-2651
営業時間:8時~18時(月~金)11時30分~18時(土、日、祝) 
定休日:年末年始


浮 ──鎌倉の潮風を感じる幻想的な雰囲気と、店主のおしゃべりと。

木目調の壁と丸窓、舵のオブジェなどが船室を思わせる店内。カウンターのある手前の部屋と、奥にも別の空間がある。

冬の鎌倉には不思議な魅力がある。江ノ電にゆられ七里ヶ浜の穏やかな景色を眺めながら、長谷駅で途中下車。土産物屋が並ぶ商店街の先に、浮(ぶい)という名の喫茶店を見つけた。ブルーを基調としたマリンな雰囲気の外観に誘われて扉を開けると、船室を思わせる店内が出現。舵をかたどったシャンデリアや、ぼうっと青く光る丸窓に照らされた幻想的な空間は、時間の流れもゆったりして波の音が聞こえてきそうな雰囲気だ。メニューを開くとグラタンやドリア、エビフライ、ビーフシチューと洋食メニューが多く並んでいる。1980(昭和55)年創業当時、先代がプロの料理人直伝のメニューを提供し、現在まで受け継がれている。

波の絵が描かれた丸窓のある部屋は、ひとりで読書をしたい時に。海の上を漂っているような不思議な感覚に包まれる。

海辺の街にふさわしく、ブルーを基調にした外観。入り口がふたつあるのもユニーク。都心とはひと味違うのんびりとした空気感がいい。

鎌倉で働く人たちにおいしい食事を提供したいと、営業は深夜にまでおよぶ。「地元のお客さんは、駅を降りて商店街の先に青い明かりを見ると安堵する、と言ってくれるので、毎日欠かさずにつけているんですよ」。穏やかに語る店主との会話に時を忘れそうになるが、終電に乗り遅れないようくれぐれもご注意を。


神奈川県鎌倉市長谷3-8-7
TEL:0467-22-0110
営業時間:12時30分~16時、20時30分~深夜2時
不定休


ルーブル ──地元の人が集う憩いの場所は、現代のエアポケット

ひっきりなしに訪れる客を温かく出迎えるマスターと妹さん。芸術的なパフェ、美しくカットしたフルーツをのせたローヤルプリンからスパゲティまで、どんなメニューも手早く仕上げる。

昔、商店街に1軒はあった、パン屋やケーキ屋に併設した喫茶店。東中野の商店街にあるルーブルは、駅からちょっと外れた場所にあるため、利用するのは地元の常連客がほとんど。待ち合わせ場所に使うご近所の老若男女、パンを買って勉強にいそしむ学生、ゴージャスなパフェを注文して永遠のおしゃべりに花を咲かせるご婦人方……。創業70年、現在2代目となるマスターは、洋菓子やパンを売るレジと喫茶店の厨房を行き来しながら毎日大忙しだ。

奥は喫茶スペースが広がる。遠慮なく長居できる雰囲気が地元の喫茶店のいいところ。

住宅地が広がる東中野の一角で、1950(昭和25)年から営業を続ける。左手は昭和感漂うスナック小径の入り口。

「セレナーデ」や「スノーワールド」といった想像のつかないネーミングのパフェはテーブルに運ばれてくるまでのお楽しみ。フライパンで焼き目をつけたスパゲティミートソースは、口の周りをケチャップ色にしながら童心にかえって頬張りたいレトロな味。気取らず、丹精込めてつくる喫茶店の味は、家庭で食べるご飯のように記憶に染み込んだ安心感がある。新しさを求めるのではなく、古きを守り抜く店主の心意気こそが、昭和の遺産なのかもしれない。


東京都中野区東中野4-1-8 上原ビル1F
TEL:03-3361-0845
営業時間:9時~21時
定休日:木、第2水曜、2021年1/2~1/5

Pen No.510「昭和レトロに癒されて。」、 2020年12月15日(火)発売 。

こちらは2020年12月15日(火)発売のPen「昭和レトロに癒されて。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。

ご購入はこちら

※新型コロナウイルス感染防止などの諸事情により、店舗の営業時間、サービスの変更などが行われる場合があります。訪問前に確認ください。