江戸前鮨の名店に訊いた、“鮨のための魚”コハダの奥深さ

  • 写真:殿村誠士
  • 文:森脇慶子

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江戸前鮨誕生の頃から握られてきたネタのコハダは、まさに鮨のための魚。職人によっても握り方はさまざまで、その違いにも注目だ。

ほどよく身の締まったコハダはしっとりした舌ざわりの中、特有の香りと旨味がじんわりと広がる。ほのかに感じる甘みが赤酢と塩のみの鮨飯と見事な一体感を見せる逸品。

マグロが江戸前鮨の華なら、コハダは真打ちといったところだろうか。コハダは鮨ネタになるために存在すると言っても過言ではないからだ。
華屋與兵衛が握り鮨を世に打ち出す前、魚を乳酸発酵させてつくるそれまでのなれ鮨に変わり、飯や魚に酢を加えて酸味をつけ、一晩でつくる「早鮨」が生まれる。そして、その当時からもてはやされていた鮨ネタがコハダで、マグロを凌ぐ人気ぶりだった。「コハダは、まさに鮨のためにある魚。煮ても焼いても食えないけれど、塩と酢で〆、鮨飯と合わせると別物のように旨くなる。いまはいちばんいい時期だね」
こう熱く語るのは銀座「ほかけ」のご主人矢㟢桂さん。数多くの鮨通らの舌を唸らせてきた名人だ。中でもコハダは天下一品。旬の時期はもちろん、年間を通して同じレベルの味を維持できるのが熟練の技なればこそ。開いたコハダは、塩を振り、馴染んだところで塩抜きし、酢に漬け込み、寝かしてから握るわけだが、そのあんばいが職人の腕の見せどころ。
「塩の量や振り方から酢や塩で〆る時間など、コハダの状態を見極めながら、日々微調整しています」と矢㟢さん。そのさじ加減は、データでは言いつくせぬ、長年の職人の勘だ。職人が握るコハダの味は百人百様。そこもまた、コハダの奥深さだ。


ご主人の矢㟢桂さんは、この道62年の大ベテランながら現代の嗜好に合わせる感性もしなやか。81歳にしていまだかくしゃくとして鮨を握る。

通常なら捨ててしまうコハダの背びれの下の部分も、ここでは立派な一品に。つまみで出す他、ガリとともに細巻きに。酒肴にもなる乙な味。ない時も多いので確認を。

ほかけ
東京都中央区銀座4-10-6 銀料ビル1F 
TEL:03-6383-3300
営業時間:11時30分~13時30分L.O.、16時30分~20時30分L.O. 
定休日:日、祝、第3土


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各店で異なる、コハダのこだわり。

【吉祥寺/さき田】皮を味わうための、下ごしらえ。

塩〆45分、酢で15分とやや長めの〆加減ながら、ふわっと軽やかな食感、香りの繊細さは秀逸。崎田さんいわく「コハダは薄皮さえむかず、皮ごと食べられる数少ない鮨ネタ。皮の香りや身の間にある脂の旨味がもち味。コハダは皮を味わう鮨ネタです」


【六本木/海界】肉厚感が楽しい、独自の握り。
「コハダ1貫で1枚づけぐらいのサイズが好き」とはご主人の西崎さん。縦半分に切り2枚重ねで握るのは肉厚感を出すため。塩に当てるのが12分、酢は10分と漬け時間は軽めだが寝かすのは1週間と長め。その間、コハダが乾かぬよう昆布を当てている。


【人形町/㐂寿司】素材本来の香りが漂う、ソフトな味わい。

首ねっこのかたちが膨らみ、ややくすんだ色のコハダを選んでいるそう。脂ののりや大きさで漬け方や時間は変わるが、いまの季節なら約25分ほど塩を当てて塩抜き。2回酢洗いし、5~10分ほど本漬けするのが㐂寿司流。コハダの香りを活かした仕上がり。

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【西荻窪/鮨 まるふく】熟成がもたらす、昆布〆に似た風味。
長時間熟成した鮨を専門とするだけあって、数日間かけてゆっくりと〆ている。それにより、昆布〆をしたような豊かな風味が加わり、優しい味わいに仕上がる。コハダがもつ旨味が凝縮され臭みもなくなるその巧みな技は、この店でしか味わえない。


【銀座/鮨 み富】伝統の手法で、巧みに旨味を引き出す。
振り塩ではなくベタ塩で2時間と、昔ながらの長めの〆方。塩抜きした後、酢で7~8分〆てから2~3日寝かすのが、「新富寿し」から受け継いだやり方だ。とはいえ、口当たりはしっとりとしてジューシー。コハダの風味も旨味も巧みに引き出されている。


この記事は、2019年 Pen1月15日号「江戸前の流儀。うなぎ/天ぷら/鮨」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
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