新世代のつくり手による、北アルプス由来の爽やかな白。

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    鹿取みゆき・選&文  尾鷲陽介・写真

    新世代のつくり手による、北アルプス由来の爽やかな白。

    ルメルシマンヴァン・ドーマチ・フェルムサンロク

    グラスに注がれたワインは少し緑がかっている。香りは、初めは青草のような清々しい印象だが、次第に花のようなやわらかいアロマが広がってくる。口に含むと、香りから予想されるよりも果実味に膨らみがあり、きりっとした酸もワインにアクセントを与えている。質感はやわらかいのだが、味わいと香りは複雑で、さらには、のびやかな余韻が続く。「ルメルシマン」、そんな心に残るワインだ。

    このワインは、注目のナチュラルワインのつくり手を5人上げろと言われたら必ず選ぶであろう、矢野喜雄さんがつくった。長野県の大町にある「ヴァン・ドーマチ・フェルムサンロク」という農園で栽培されたブドウを原料としている。ワイン用ブドウの畑が増えつつある長野県だが、大町はその中でもまだまだ知る人ぞ知るといった土地。市内で設立されたワイナリーも、山を越えた東側の千曲川流域に比べると遥かに少ない。しかし、農園を開いた矢野喜雄さんは、この大町に惚れ込んだ。

    「大町は、北アルプスを望む景観が息を飲むほど素晴らしい。標高800mの涼やかでカラッとした空気、北アルプス由来の花崗岩と火山岩が交じり合った特徴的な地質、北アルプスに源流を持つ支流が形成した水はけのよい扇状地と、ここでブドウを育ててみようと思える要素がたくさんありました」と矢野さんは語る。

    「なかでもここの大地の生い立ちと地質のユニークさを知った時には、思わず心が躍りました」。そう、ここはユーラシアプレートの東端なのだ。矢野さんは、ワインを飲んだ時に感じるのと同じような、雄大な時間軸の流れをこの土地に感じた。子どもものびのびと育てられそうだ、ワインをつくるのならこの土地だ、と矢野さんの思いは決まった。

    いままでのところ、畑では化学合成肥料や化学農薬、除草剤を使っていない。化学農薬が有益な微生物の活動をも抑えてしまいそうに思え、なるべくならブドウ自体の免疫力に委ねたいと思っているからだ。委託醸造の段階では、委託先のワイナリーの醸造家に任せて培養酵母で発酵。使っている品種は白ブドウと黒ブドウ合計8品種以上。これらをすべて一緒に発酵(混醸)させた、いわゆる「フィールドブレンド」のつくりだ。厚みを感じさせながら爽やかさも感じられ、グラスの中の温度変化とともに表情が変わるのは、フィールドブレンドゆえなのだろうか。8品種でつくったワインは、大町のワインの土壌としての可能性を伝えてくれる。これから大町のテロワールを描き出してくれるに違いない。


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    「ルメルシマン」はフランス語で「感謝する」という意味。ワインづくりでは、野生酵母に発酵を委ねる時も、化学合成農薬を使わずにブドウを育てる時も、人は自然に合わせてできることをやるしかない。そんな経験を重ねるうちに、矢野さんはワインがつくれること、ワインが出来上がることに感謝の気持ちを抱くようになった。

    ワイナリーの前に広がるブドウ畑。矢野さんは2019年9月に自身のワイナリー、ヴァン・ドーマチ・フェルムサンロクを設立した。修業先である「ココファームワイナリー」と同様に、野生酵母で発酵。微発泡酒と赤ワインもリリースされている。

    自社畑面積/約1.9ha
    栽培醸造家名/矢野久江、矢野喜雄
    栽培醸造責任者/矢野喜雄
    品種と産地/シャルドネ、ソーヴィニョン・ブラン、ツヴァイゲルトレーベ、ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ゲビュルツ・トラミネール、シュナン・ブラン、シルヴァーナ、その他
    ワインの容量/750ml
    価格/3,300円(税込)
    造り/全品種を房のまま搾汁 する。搾汁の段階で品種同士が混ざり合い、混醸。培養酵母による発酵。発酵および貯蔵の容器はステンレスタンク。発酵後瓶詰直前まで澱と接触させながら貯蔵する。無濾過無清澄。2019年4月26日、瓶詰。瓶詰本数1,111本。ヴィラデストワイナリー小西超氏による醸造(委託醸造)。
    栽培/化学肥料、化学農薬、除草剤は不使用。石灰硫黄合剤は春に1回。ボルドー液を年に7~8回散布。樹勢をみながら弱い樹に堆肥(牛糞)を施す。

    ※この連載における自然派ワインの定義については、初回の最下段の「ワインは、自然派。について」に記載しています。また、極力栽培・醸造についての情報を開示していきます。