爽快な赤で、春の終わりに喉の渇きを癒す。

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    鹿取みゆき・選&文  尾鷲陽介・写真

    爽快な赤で、春の終わりに喉の渇きを癒す。

    2018齊藤ぶどう園

    色は決して濃くはありません。まるで、ラズベリージュースのような赤紫色です。まずは、軽く冷やして飲んでみてください。アセロラやラズベリーのような香りの奥から立ち上る、わずかにほうじ茶のような風味と豊かな酸が彩る果実味。とっても軽やかで爽快な飲み心地です。少し暑さを感じ始めた春の終わりに、喉の渇きを癒すのにぴったりのワインです。

    このワイン「2018」は、千葉県・九十九里浜近くにある「齊藤ぶどう園」でつくられました。設立は昭和の初めの1930年。酒石酸のために醸造免許の取得を政府が奨励していたこともあり、果樹園を営んでいた創業者がワインづくりにも乗り出すことになりました。

    現在、つくりを担うのは、4代目となるまだ20代の齊藤雅子さん。実は雅子さんは、つい最近までは生まれ育った家での暮らしを嫌っていたそうです。

    「私たち家族は、豚やヤギや鶏を飼い、川魚も投網で穫って食べていました。野菜や米も親戚や近所の人たちと物々交換で手に入れて、モノをあまり買わない生活です。風呂は五右衛門風呂で薪で沸かすのです。こうした暮らしが古臭く、貧しく思え、まだ幼かった私は劣等感をもたずにはいられませんでした」

    そんな考え方が180度変わったのは、2013年。農作業を厭わず、農ある暮らしを生き生きと楽しんでいる日本ワインのつくり手たちと、日本ワインとチーズのシンポジウムで知り合ったのです。彼らを訪ね、ともに時を過ごすことで、おいしいワインと食のある暮らしを体感することができたと言います。

    「農を営む暮らしは決して貧しくはなく、豊かなのだという新しい見方を教わりました。いまは、ぶどうを育てること、ワインを醸造することなどを含めて、季節とともに毎年繰り返す営みを愛おしく感じています」

    畑では除草剤は撒きません。病気が出ない限り、化学合成農薬も使いません。蔵では野生酵母での醸造を続けてきたのですが、最近は場合に応じて培養酵母を使います。けれど亜硫酸については、ずっと使わずにきたスタイルを変えたくないと思っているそうです。

    「私たちがつくるワインは、祖父の代が続けてきたように、農家の晩酌酒でありたいと思っています。派手さはないけれど、‟ケ”の日を少しでも美しくするような、そんな酒をつくりたいのです」

    今回の1本は、自然派という定義に厳密にこだわるのであれば、その範疇には入らないかもしれません。しかしながら、少しでも日々の生活を豊かにしたいという農家の思いで生まれた、自然派志向の素敵な晩酌酒です。

    3種類のブドウ品種を使用。手作業で果梗を取り外し、色合い、渋みなどを抽出しすぎないようにしています。当初は野生酵母をメインに発酵させていましたが、わずかながらも腐敗果が混ざった際の経験を踏まえて、ブドウの状態を見ながら培養酵母も使うようになりました。

    ブドウ畑には、除草剤を撒かない代わりに草取りの補助として、ガチョウ、鶏、鴨を放し飼いにしているそうです。つくり手の齊藤雅子さん(右)は大学卒業後、長野県の千曲川ワインアカデミーで学びながら、家業を手伝い始めました。「同世代の人たちと、地のものを食べ、地のワインを飲み、土地との繋がりを感じていきたい」と話してくれました。齊藤貞夫さん(左)は雅子さんの祖父で、2代目にあたります。

    自社畑面積/約1ha
    栽培醸造家名/齊藤雅子
    品種と産地/スチューベン、MBA、ヤマソービニオン
    ワインの容量/720ml
    価格/¥1,701(税込)
    つくり/手収穫後、選果し、ホーローのタンクにて発酵。冷たい地下水にてタンクを冷却。バケツで運び、木製のプレス機で人力で搾汁 。亜硫酸は不使用。補糖実施、補酸なし。ヤマソービニオンのみ、野生酵母での発酵。
    栽培/草生栽培。夏草が伸びた際には人の手で草を刈る。石灰硫黄合剤、ボルドー液を基本的に散布。病気発生時は化学合成農薬使用。冬場に米ぬか、剪定枝の炭や灰を畑に撒く。
    www.saito-winery.com

    ※この連載における自然派ワインの定義については、初回の最下段の「ワインは、自然派。について」に記載しています。さらに毎回極力、栽培・醸造についての情報を開示していきます。