ひと皿に創意あふれる、札幌で活躍する食の革新者たち。

  • 写真:保苅徹也
  • 文:深江園子

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高尾僚将(たかお・ともゆき)●1974年、北海道旭川市生まれ。フランス・ロワール地方のレストランで修業。帰国後、東京のリストランテ濱崎などでイタリア料理の腕を磨く。2015年、札幌市にタカオをオープン。森をテーマにしたレストランで醸造や林産分野の専門家と交流をもつ。

札幌のレストランはいま、圧倒的な“個”の時代を迎えている。素材を探求し供する空間を研究する、ユニークなスタイルを築いたシェフたちの世界を追う。

「タカオ」のシェフ、高尾僚将(ともゆき)さんはフランス料理とイタリア料理の経験をもつ。ローカルな食材をうまく取り入れるシェフは多いが、高尾さんが目を付けたのはその中でも森の食材。札幌市に近い支笏(しこつ)湖畔のイタリアンレストラン「アズール」でシェフを務めたことが転換点になった。

在任中に朝の野山を歩き、山菜やキノコを採るのが日課になると、季節に対する感覚が研ぎ澄まされたという。山野草の知恵を与えてくれたのは、野山で会う地元の人々。なかでもアイヌの方々からは、食べたことのない植物とその保存法を学び、いまも交流が続く。こうして、高尾さんの料理は野生植物の味や香りというテーマに特化した。

コースは野山で実際に採集した多種類の“森のスパイス”のプレゼンテーションから始まる。シグネチャーの「山のエキス」は、高尾さんの通う森を象徴するふたつの樹木、エゾイソツツジとシラカバのエッセンスを泡にして浮かべた一品。レシチンを使わない、はかない泡を飲み込むたび、森を歩く時の香りを追体験する。どこか懐かしい香りだけれど初めて口にする味わいは、食べる人の感性をゆさぶる。シェフとともに森へ出かけるような味覚体験だ。

喧騒を離れた邸宅のリビングのような空間。迎えるゲストはひと晩3組限り。テーブルやチェアはシェフの郷里・旭川市のブランド、カンディハウスのもの。

入店して最初に目に入るガラス容器や瓶の並ぶ棚は、森の有用植物に乾燥や発酵といったプロセスを試みる小さなラボだ。中身はシェフが採った樹皮や木の実の酵母液。

喧騒を離れた邸宅のリビングのような空間。迎えるゲストはひと晩3組限り。テーブルやチェアはシェフの郷里・旭川市のブランド、カンディハウスのもの。

料理に使う植物に触れ、香りを嗅いでもらうプレゼンテーションを行うことも。トドマツはローズマリーに似た揮発性の香り。瓶に入った自家製酵母液は料理やパン種に使用。

シグネチャー「山のエキス」。マッシュルームの旨味を凝縮し、爽やかな香りのエゾイソツツジの蒸留液とシラカバの酵母液を加え、生クリームで増幅。掲載した料理はいずれもコース¥17,600(税込)から。

樹皮が胃腸薬などに使われるミカン科の木、キハダ。その実がもつ柑橘系の香りを加えた味噌をつくり、新鮮な甘エビをマリネにして赤酢のシャリにのせた。フキノトウのチップスごとつまむ、フィンガーフード風の前菜。

木の芽とパイナップルでつくったジェラートにココナツクリームを加えたデザート。ソースは、アカエゾマツの新芽の柑橘香とトドマツのツンとした香りをブレンドしたシロップでつくったメレンゲだ。

太平洋側で捕れる大型のマツカワガレイを骨付きで低温調理し、コンソメと縮みホウレンソウのソースを添えた。ギョウジャニンニク、ドライトマトなどを用いたソースはイタリア料理のケッカソースのように食欲を増す風味で、白身魚によく合う。

タカオ

北海道札幌市中央区南3条西23-2-10 
TEL:011-618-2217 
営業時間:18時~23時(完全予約制)
定休日:日 
※サービス料10%
アクセス:JR札幌駅からクルマで約10分 
https://ha00100.gorp.jp

自身で耕した畑で採れた食材を、生命力に満ちたコースに。

吉田夏織(よしだ・かおり)●1978年、北海道函館市生まれ。大学卒業後、留学先のアメリカ・カリフォルニア州でレストラン研修を体験し、料理の道へ。東京の「イル ギオットーネ 丸の内店」、札幌「ル・ミュゼ」、佐藤陽介さんが営むレストラン「シオ」を経て現在、「アグリスケープ」のヘッドシェフ兼農場長を務める。

「アグリスケープ」のシェフ、吉田夏織さんは日焼けした笑顔が印象的な人だ。札幌市街地から大倉山を越えた農園の一角にオープンして2年。いまや国内外のシェフが注目する一軒に。吉田さんとスタッフはここで150種近い野菜やハーブを育て、鶏と黒豚とミツバチを飼う。

料理人が畑を耕すという大胆なプロジェクトを立ち上げたのは、オーナーシェフの佐藤陽介さん。愛用する札幌在来種のタマネギ農家に後継者がいないことを知り、この味を守るためにもっと根本に関わることが必要だと感じたという。賛同したのが、佐藤さんとともに働いてきた吉田さんだった。

「野菜の種を選ぶ時からお客様のことを思い浮かべて働くのが、楽しくてたまらない」という吉田さんの料理は、畑から始まる。雛から育てた鶏は個体差と日齢を見てさばき、肉質や脂ののり具合を感じながら炭火で炙る。付け合わせは朝の畑を見て決めるが、この日は2種のジャガイモをハーブやスパイスでやわらかく香り付け。肉用種の黒い鶏も、沢に生えるクレソンも、一つひとつの風味が鮮やかだからソースは必要ない。皿の上に「今日、ここにあるもの」の生命力があふれている。

掲載した料理はいずれもディナーコース¥13,200(税込)から。ジューシーなエゾシカのローストに、根菜らしい甘みと香りのビーツのピュレ。バルサミコ酢とサルナシの実がアクセントに。山にシカが増え、猟銃免許を取った吉田さんは猟にも挑戦。

フランスの肉用鶏プレノワールを炭火焼きにし、ジャガイモを付け合わせに。「これは160日齢の鶏。個体差や季節、餌で大きさや脂ののりが違うので、調理や添える野菜も変わります」

店内はふたつの個室と広々としたホールで構成されている。ホールから外をのぞくと、小さな沢が見える。札幌市街地からクルマで15分足らずといった立地だが、気温は街なかより2〜3℃低く冬は雪が深い。

「今年はやっと、根セロリがうまくできました!」と客席で披露されたのは、ひと抱えもある、野菜の入った大きな鉢。春は糖分を蓄えた越冬野菜や沢のクレソンなどで鉢がいっぱいになる。

アグリスケープ

北海道札幌市西区小別沢177 
TEL:011-676-8445 
営業時間:12時10分~15時、17時40分~22時30分(完全予約制) 
不定休 
※サービス料10%
アクセス:JR札幌駅からクルマで約20分 
www.agriscape.jp

自然を写し取った料理を、五感で楽しませるアトリエ

石井 誠(いしい・まこと)●1973年、北海道岩見沢市生まれ。調理師 学校卒業後、札幌市内のホテル勤務を経て 95年に渡欧、アートに触れる一年を過ごす。 98年「レストラン エノテカ札幌」のシェフに 就任。2005年に現在の場所で独立、昨年6 月リニューアル。アートと料理の境目なく 創作を行い独自の世界で楽しませる。

「ル・ミュゼ」のオーナーシェフ、石井誠さんは、画家のようにアトリエに客を招き、料理と作品でもてなす。道産食材でつくる芸術的な料理は全国にファンがいる。

3卓のみのディナー専用室は、寛いで料理に向き合える空間だ。そこに油彩画を描いて設え、作家に師事して自ら制作した陶器を積極的に使っている。

「どれもずっと好きで続けてきた創作活動です。思い切って店にアトリエを設けたことで、料理も作画も陶芸も、すべては一体だという思いを強くしました」

料理名に用いているキーワードは「生態系自然観」。ダイナミックな自然を写し取ることは、石井さんが追求してきたテーマだ。たとえば定番のエゾアワビを用いた料理は、同じ海で採れた最上級のコンブとともに水で蒸し上げ、磯の香りで海の臨場感を高める。あらかじめ9分ほど火入れしており、仕上がりは緻密だ。

「年齢を考えても、これからは料理だけでなく、自分のもてる最善のものを用いてもてなしたい」と石井さん。オーナー兼料理人として長く模索してきたが、ここで働くのが楽しく、つい朝早く来てしまうのだという。五感に響きわたる新しい食の体験ができる場所だ。

厚岸町で採れた大粒のカキを、ミネラル感や海藻に含まれるヨードの風味とともに味わう一皿。カキの付いていた岩礁や化石を思わせる存在感あるプレートは、この料理のために焼いたもの。掲載した料理はいずれもコース¥24,200から。

「自作の器は実際に使ってみて自由にバージョンアップできるのもいい」。やわらかく蒸した函館産エゾアワビに、大麦のリゾットと新鮮な卵を添えた。プラチナ釉の鉢とアワビのオブジェは、この取材に合わせて制作したものだという。

日高地方で獲れた野生のマガモのロースト。メインの料理は、客席の隅にある火床で仕上げることが多い。戸外にある窯で薪を焼いて熾火(おきび)をつくり、客席に持ち込んで食材を炙ると薪の香りが食欲をそそる。

煙ごとプレゼンテーションした後は、濃密な肉質の抱き身を切り分けてサーブする。生命力みなぎる一皿。

ル・ミュゼ

北海道札幌市中央区宮の森1条14-3-20 
TEL:011-640-6955 
営業時間:12時~14時、18時~(完全予約制) 
定休日:第1・第2日曜、第3・第4月曜 
※サービス料10% 
アクセス:JR札幌駅からクルマで約20分 
www.musee-co.com