私の愛する“ニッポンの美酒”、公開します。──ウイスキー編

  • 写真:筒井義昭(人物)、青野豊(物)
  • 文:高野智宏

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ジャンルを超えて生み出される「ニッポンの美酒」が、日本各地で次々と生まれている。各界で活躍する著名人に、ジャパンメイドのお酒のなかから、家呑みを楽しくする愛飲の1本を教えてもらった。


若いじゃじゃ馬みたいな、完成されていない味わいが面白い。

野口 健●登山家。ボストン生まれ。1999年、当時の世界最年少記録となる25歳での七大大陸最高峰登頂に成功。以降、エベレストや富士山の清掃登山や、シェルパ遺族の基金や熊本地震テントプロジェクトなど多彩な社会活動を展開する。

英国に住んでいた頃、パブの雰囲気に魅了され、ウイスキーを嗜むようになった。いまは「講演会などで訪れる全国のバーで、ウイスキーの飲み比べをするのがなによりの楽しみです」と、野口健さん。世界のウイスキーを知る野口さんが注目するのは、2020年ついにシングルモルト「サロルンカムイ」をリリースした国産ウイスキーのニューカマー、厚岸蒸溜所の「厚岸ニューボーン」だ。

「新作のサロルンカムイはバランスが取れてきた印象だけど、その前の4作は本当に個性的。じゃじゃ馬みたいに口の中で大暴れするんだから!」

それまでは、「ロイヤルサルート」の21年など、歴史ある蒸留所の、しかも熟成が進んだ完成された味わいを好んでいた野口さんだったが……。

「最初に熊本のバーで飲んだ時、若さと暴れっぷりに『なんじゃこりゃ!』って(笑)。でも、完成されてないからこそ、ワクワクドキドキした冒険心が掻きたてるんですよね」

野口さんは登山にも酒を持参する。シェルパらスタッフの慰労や、後に助け合うことになるかもしれない、他の隊への差し入れ用としてだ。

「昨秋のヒマラヤには、厚岸も持っていきました。5000m級の山は匂いの無い世界。そこで嗅いだ厚岸の香りは、より鮮明で力強かったですね」


●厚岸ウイスキー サロルンカムイ&厚岸ニューボーン ファウンデーションズ
厚岸蒸溜所【北海道】

これまでの4作は熟成3年未満の「スピリット」だったが、今年リリースされた右端の「サロルンカムイ」¥5,500(アイヌ語で丹頂鶴のこと。湿地の神を意味する)から「シングルモルト」表記に。左より、ノンピートのミズナラ樽熟成(3rd)¥6,380、ピーテッドのバーボン樽熟成(2nd)¥4,400、ノンピートのバーボン樽熟成(1st)¥3,630、そして、バーボン樽、ワイン樽、シェリー樽をバッティングしたブレンデッド(4th)¥4,180。各200ml すべて税込価格/厚岸蒸溜所 TEL:0153-52-6000


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チェイサーには、モルトの香りが際立つ香ばしいお茶を。

後閑信吾●バーテンダー。2017年、バー界のアカデミー賞ともいえる、Tales of the Cocktailの「International Bartender of the Year」を獲得。2020年春、アジア最高のバーアワード「ASIA'S 50 BEST BARS」にて、経営する「The SG Club」が日本最高位の第9位に選出された。

世界のトップバーテンダーのひとり、後閑信吾さんがプライベートで愛でるのは、ベンチャーウイスキー秩父蒸溜所の「イチローズモルトMWR(ミズナラウッドリザーブ)」だ。

「7、8年前、私が働いたニューヨークのバーで、創業者の肥土伊知郎さんご本人から紹介していただきました。微かに感じるピート香と、ミズナラ由来の白檀のような香りが衝撃的でした」

入手困難となったいま「友人が来宅した時にチビチビ楽しんでいる」が、そこは後閑さんのこと。より旨さが引き立つ飲み方を創造する。

「チェイサーには香ばしい日本茶や和紅茶が合う。お酒の風味がさらに際立ちますよ」

 ●イチローズ モルト ミズナラウッドリザーブ
ベンチャーウイスキー 秩父蒸溜所【埼玉県】

2010年のWWAでノーエイジの「ベストジャパニーズ・ブレンデッドモルト」選出。700ml オープン価格/ベンチャーウイスキー TEL:0494-62-4601


20年の時を経て邂逅した、思い出が交錯する瑞々しきシングルモルト

土屋 守●ウイスキー評論家/ウイスキー文化研究所主宰。新潟県佐渡市生まれ。英国のライフスタイルを紹介する著書多数。98年、ハイランド・ディスティラー社より「世界のウイスキーライター5人」に選出。近著に「ビジネス教養としてのウイスキー なぜいま、高級ウイスキーが2億円で売れるのか」がある。

1972年、学習院大学探検部に入部した土屋守さんはその年末、南アルプスの甲斐駒ヶ岳に登り、山頂で73年のご来光を拝んだという。

「その年、駒ヶ岳の麓に白州蒸溜所が竣工されました。5年間のロンドン生活終え、93年に帰国。帰国後、初めて取材に訪れたのが白州蒸溜所で、不思議な縁を感じました」

フライフィッシングなど、土屋さんがいまも趣味とする渓流釣りも英国生活中に親しんだ。「渓流釣りにも携行します。白州は岩魚や山女魚の燻製など、川魚料理と相性がよいのです」。

土屋さんにとって白州は、青春時代の思い出が交錯する古き友人のような存在なのだろう。

 ●白州
サントリー白州蒸溜所【山梨県】

「渓流の水で水割りにすることも」と土屋さん。新緑のような爽やかな風味がより際立つ。700ml ¥4,620(税込)/サントリースピリッツ TEL:0120-139-310

日々の楽しみとなった、力強いコクと香りをもつ父からのプレゼント

岸田繁●ミュージシャン。立命館大学の音楽サークルメンバーで結成した「くるり」は結成24年を数える。未発表曲を中心に、2006年の「TOWER OF MUSICLOVER」初回版のみに収録された4曲を含む全15曲のコンセプトアルバム「thaw」(CD)をリリース。

「アイラモルトなども好きですが、ここ数年、親父が誕生日にくれたこのウイスキーを楽しむようになりました」と、岸田繁さん。

飲み方はストレート。自宅で独り、竹中缶詰のオイルサーディンやキスチョコをあてに、雑務をこなしつつ夜な夜な楽しんでいるという。

「ウイスキーらしい重厚な味わいに、ミニマルなボトルデザインもいい。このお酒を飲んでいると、頭の中が整理されスッキリするんです」

音楽活動に加え、特任准教授として教壇にも立つ岸田さん。この酒が、多忙な日々を支える癒やしだといったら、言い過ぎだろうか。

●フロム・ザ・バレル
ニッカウヰスキー余市蒸溜所【北海道】
宮城峡蒸溜所【宮城県】

モルト原酒とグレーン原酒をブレンドし再貯蔵された、重厚な味わいと豊かな香りが特徴。500ml ¥2,640(税込)/ニッカウヰスキー TEL:0120-019-993


時代を超えいま味わう、ロングセラー銘柄の優しきまろやかな風味。

幅 允孝●BACH(バッハ)代表/ブックディレクター。人と本との距離を縮めるため、さまざまな場所でライブラリーを制作。最近の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや、JAPAN HOUSEプロジェクトなど。安藤忠雄建築の「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレックションを担当。 Photo: Kazuhiro Fujita

近年、幅允孝さんが愛飲するのは、ニッカウヰスキーが1962年から販売するスーパーニッカ。

「古酒の旨味を知って以来、ネットで探しては購入しています。89年の酒税法改正以前の、ネックに『特級』表記のある昭和時代の酒を、令和のいまチビチビ飲るのが堪りません」

80年代のスーパーニッカの香りは、ピートとレーズンが繊細に折り重なった上品な風合い。「強さとぬめりを感じ、レーズンは次第にスモーキーなカラメルのような甘さに移行します」。

飲み方は、ストレート一択。時代を超えた優しい甘味が、選書家を心地よい酔いへと誘う。

●スーパーニッカ
ニッカウヰスキー余市蒸溜所【北海道】
宮城峡蒸溜所【宮城県】

愛妻、リタを亡くした翌年にリリースと、日本のウイスキーの父、竹鶴政孝の強い想いが込められている。700ml ¥2,750(現行品)/ニッカウヰスキー  TEL:0120-019-993

この記事は、2020年 Pen 7/1号「ニッポンの美酒。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。