第19話 なぜ、日本人は高輪ゲートウェイ問題にカロリーを使うのか。ー日本酒はカロリーが高いので太る説の検証ー

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    おおたしんじの日本酒男子のルール
    Rules of Japanese sake men.

    絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
    1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
    第19話
    なぜ、日本人は高輪ゲートウェイ問題にカロリーを使うのか。
    - 日本酒はカロリーが高いので太る説の検証 -

    なぜ、批判したくなるのか

    先日、2020年に山手線の田町駅と品川駅との間にできる新しい駅名が発表され、話題となっている。「高輪(たかなわ)ゲートウェイ駅」である。この名前がかなり評判が悪い。テレビやネットで連日のように批判されている。決定に至った経緯や原因などについても、さまざまな推理が飛び交っている。鉄道関連の問題についてここまで謎解きが流行るのは、アガサ・クリスティの名作『オリエント急行の殺人』以来ではないだろうか。実際に名称決定までに至った経緯の謎解きは全国の名探偵ポアロにお任せしつつ、そもそも、なぜみんなそれほどまでに批判したくなるのかを考えてみたい。

    山手線の駅名を並べてみよう。新宿、代々木、原宿、渋谷、恵比寿、目黒、五反田、大崎、品川、高輪ゲートウェイ。確かに違和感がある。「問:この中から違和感のある駅名をひとつ選べ」という問題があれば、ほとんどの人が高輪ゲートウェイを選ぶだろう。では、選択肢が「品川シーサイド、天王洲アイル、東京テレポート、高輪ゲートウェイ」だったらどうだろうか。本当に自信をもって高輪ゲートウェイを選びきれるのか。いやむしろ、仮にりんかい線の駅名だとしたら結構馴染んでいるのではないだろうか。「高輪ゲートウェイ」自体に罪はない。山手線という比較ルールが悪かっただけなのである。物事にはルールがある。そのルールに乗っ取って比較しない限り、結果に違和感が生まれてしまうのだ。

    日本酒においてはどうだろうか。多くの人がその批判に共感してしまう代表的な問題「日本酒はカロリーが高いので太る」説。その是非について比較ルールの視点から検証してみたい。

    日本酒とカロリーの関係

    ルール1「100mlあたりのカロリー」:

    まずは、100mlあたりに含まれるカロリーで、主なお酒の種類で低い順から並べてみよう。調べると、概ねこのような感じである。ビール:40kcal、ワイン:75kcal、日本酒:105kcal、焼酎:150kcal、梅酒:155kcal、ウイスキー:240kcal。ほらみたことかと思われる読者も多いことだろう。やっぱり日本酒よりワインのほうがカロリー低いよね、と。あれ?でも、ちょっと待ってほしい。同じ「100mlルール」で比較するのならば、焼酎やウイスキーよりも日本酒のほうがカロリー低いよね、と言える。でも、そんな話はめったに居酒屋で聞かない。むしろ日本酒はカロリー高いからハイボール(ウイスキーのソーダ割り)で。という女子も多い。いやいやしかし、もそもこの比較は酒自体での100mlでの比較というルール。ソーダ水を混ぜてカウントしている時点で違反である。オッケー、では、そちらの土俵に乗って、同じルールで比較してみよう。

    ルール2「水や炭酸水を含めた総量あたりのカロリー」:

    炭酸水で割った後のハイボールの総量を500mlとしよう。一般的に言われるハイボールの比率「炭酸水4:ウイスキー1」で考えるとカロリーは240kcalとなる。日本酒は基本的に水や炭酸水で割ったりしないため、500mlでカウントするとカロリーは525kcalとなる。同じ水分量としてカウントすると確かに倍以上のカロリーである。だがしかし、ちょっと待ってほしい。日本酒男子のルール第10話で話した通り、日本酒を飲むときの常識として、同量以上の和らぎ水を同時に飲むべしというものがある。このルールでいくと、炭酸水で割るという行為と和らぎ水を合わせて飲むという行為は同じようなものではないか。つまり500mlの水分量の半分以上、仮に60%を和らぎ水を飲むとすれば、同摂取水分量における日本酒の量は200mlとなる。つまり210kcalとなり、ハイボールの240kcalを下回るのだ。

    世の中は絶対的な問題だけではない

    ルール3「食事全体量でのカロリー」

    さらに話を広めよう。そもそも日本酒に比べて100mlあたりでカロリーが低いと言われるビールやワインは、そもそも飲むペースと量が異なるのだ。唐揚げや餃子など、そもそも高カロリーなものに合わせて、ジョッキを何杯も空けながら飲むことが多いビール。コース料理に合わせて、ボトル一本単位で飲みきるスタイルが多いワインなどにくらべて、日本酒は刺身やおでんなど、ちょっとした一品料理をつまみながら、おちょこでちびちびと飲むことが多い。日本酒での食事は、個人的な実感からも食事全体料のカロリーで1位になるとは思えないのだが、みなさんはどう思われるだろうか。

    世の中は絶対的な問題だけではない。相対的な問題なのである。何かと何かを比べるときは、必ず同じルールで比較しなければフェアではない。なぜ、そうなのかという点について考える場合、同じルールを用いて本当にそうなのかを追求することが大切なのだ。「ゲートウェイ」には罪はない。山手線という歴史と伝統をもつルールには合わなかっただけなのだ。これは、100年前の探偵が推理で「OK Google 犯人を教えて」と言うような違和感と似ている。

    JR東日本の公式発表によると「新しい街は、世界中から先進的な企業と人材が集う国際交流拠点の形成を目指している」とのこと。この観点からいえば「ゲートウェイ」はそう離れた名称では無い気もする。『オリエント急行の殺人』の名探偵ポアロの名言にこんなものがある。「答えにはひとつづつ近づいていかなければなりません、あせらずあせらずが大事です」と。駅名がしっくりくるものになるかどうか、あせらずに、ゆっくり熱燗でも飲みながら見守ろうではないか。