第14話 角打ちでひっかけながら『未来のミライ』がひっ...

おおたしんじの日本酒男子のルール Rules of Japanese sake men.

絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
第14話
角打ちでひっかけながら『未来のミライ』がひっかかる理由を考える。
- 日常のすぐ隣にある非日常的な日本酒空間、角打ち -

ひっかかる映画『未来のミライ』

先日、細田守監督の最新アニメーション作品『未来のミライ』を観た。『時をかける少女』『サマーウォーズ』『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』という、タイトルを並べるだけで、想い出のシーンが発酵中の日本酒のようにふつふつと僕の中にまた湧き上がってくるほど、細田作品は素晴らしい。もちろん、今回も最高のシーンが数多くあった。だが『未来のミライ』はなにかが引っかかる。確かに素晴らしかったのだが、ストーリーが難しく理解しづらい部分が非常に多い。奥歯に枝豆の筋がひっかかるような感じ。この感覚はなんなのだろうか。

そもそも、細田作品は常に「日常のすぐ隣にある非日常空間」を表現している。時間を超えたり、バケモノが出てきたりという部分がフィーチャーされがちではあるが、そんな非日常空間を活かすために必須の条件が「日常のすぐ隣にある」ことである。この、日々の生活のすぐ隣にありそうな設定が僕らを自然と非日常世界へと連れ込んでくれるのだ。『時をかける少女』では、もしもクラスメイトが後悔を繰り返していたら。『サマーウォーズ』では、もしもめんどくさい親戚との関係を強要されたら。『おおかみこどもの雨と雪』では、もしもこどもたちが理解できない選択をしようとしていたら。『バケモノの子』では、もしも尊敬する人がまったく自分を相手にしてくれなかったら。そう、細田監督作品が共感を呼ぶのは、人生のすぐ隣にある日常の「もしも」を必ず入口としていることが大きいと思う。

『ミライの未来』もその入口はもちろん共感している。だが、どうもひっかかるのだ。そんなモヤモヤを抱えた帰り道、冷たい日本酒を軽くひっかけながら、冷静に何がひっかかっているのか整理しよう。と、妙案を思いついたとたんに偶然通りがかった、ある角打ち(かくうち)の入口に滑り込んだ。

第14話 角打ちでひっかけながら『未来のミライ』がひっかかる理由を考える。ー日常のすぐ隣にある非日常的な日本酒空間、角打ちー

隣の非日常空間に惹かれる理由

店内は早い時間だというのにあまりの混雑で、一瞬入れないかと思い、胃を冷酒でクールダウンする前に肝を冷やしてしまったが、なんとか無事に席を確保できた。

そもそも、角打ちという存在をご存じだろうか。検索すると、「普段は酒屋である店内の一角を仕切って立ち飲み用にすること。また、そこで飲むこと」と、概ね説明されている。昔、酒屋といえば、いまのように瓶に入った酒ではなく、お客が自分で持ち込んだ容器に酒を注いで売っていた。ところが案の定、家に帰るまで待ってられるか! という客が現れ、そのわがままに答えて、しょうがないなぁと店主が店の片隅で飲めるようにしたのが始まりと言われている。そのうち、もはや客が用意した容器ではなく店にあった升(升は計量カップの役割をしていたため、どの店にもあった)の角を使って飲んだことが「角打ち」の語源と言われている。最近では解釈を拡大し、立ち飲みの居酒屋で酒を飲むことも「角打ち」と呼ぶことが増えてきているらしい。そう、普段は持ち帰るための日本酒を売っている酒屋の隅で、立ち飲みしてしまえる空間がこの世には存在しているのだ。これこそ、細田監督が目指している「日常の隣にある非日常空間」そのものではないだろうか。次回以降の作品ネタがまだ決まっていないのであれば、異世界への入口としてぜひ角打ちをオススメしたいところである。

ちなみに、日本酒に詳しくないと角打ちに入っちゃだめなのではというイメージが入店のハードルを高くしているともいえるが、そんなことはまったく気にせず、気軽に店主に相談すればよい。相手は仕入れのプロである。むしろ初心者に説明するのが生きがいともいえる人たちである。恥ずかしがらずに自分の知っている言葉で「辛口」「重め」「フルーティ」「夏休みっぽいやつ」など、思いつく言葉を伝えれば、ほぼ間違いなく笑顔でなにかを選んで出してくれる。僕も、「純米の中からオススメを」とだけ伝え、店主ごとの性格に任せることが多い。その適当なランダムさも角打ちの魅力なのだ。

第14話 角打ちでひっかけながら『未来のミライ』がひっかかる理由を考える。ー日常のすぐ隣にある非日常的な日本酒空間、角打ちー

角打ちのミライ

角打ちは、正規ルートで仕入れられた酒を圧倒的な安価で飲めるのも魅力である。そして自由。気の合った仲間と飲み会前のウォーミングアップで軽く一杯でもいい。仕事がうまくいかなかったときに、店主にグチを聞いてもらうのもいい。電車待ちで数分時間をつぶすだけでも良い。雨宿りがてらに1杯だけでも良い。もちろん、ひとり黙ってさっき観た映画について考え込みながら飲んでも良い。誰にも文句は言われない自由な空間なのだ。

そして、僕が最高に素晴らしいと思うのが「そっけなさ」だ。これだ、現代社会が忘れかけているのはこれなのだ。そもそも酒屋とはパッケージ化された酒を売ることがメインであり、故に、飲食を楽しむためのサービス関してはほとんど無くて当然なのだ。そんな、削ぎ落されたそっけない空間だからこそ、自身の想像力が試されるのではないだろうか。よく、角打ちでの店員の態度が悪かった。などという人がいるが、角打ちで飲食業と同じサービスを求めてはいけない。むしろ本業は酒屋なのだから、むしろ、居座らせてもらってありがとう。飲ませてもらってありがとう、と感謝すべきである。この空間ではお客様が神様ではないのだ。もしも「むちゃくちゃな店だ」と感じてしまうようであれば、それは常識という概念に支配されてしまっているということなのかもしれない。角打ちという空間には一般的な飲食店と比べ、非論理的な行動がランダムに存在している。お店にある缶詰を席まで運んできたかと思えば、自分で開けてつまみにする人。エスプレッソのごとく一杯だけ一気に飲み干して出ていく人。登山帰りなのか、鍛えているのか、重そうな荷物を背負ったまま立ち飲みを続ける人。一つのお店の中の出来事とは思えない非連続性の集合体が、ある意味世の中の真実を表しているとも言える。世界は自分の常識が通用するものだけだと思ったら大間違いなのだ。

まてよ……。世界は論理的なものだけではない。これこそ、難解だった今作『未来のミライ』そのものじゃないか!

第14話 角打ちでひっかけながら『未来のミライ』がひっかかる理由を考える。ー日常のすぐ隣にある非日常的な日本酒空間、角打ちー

非論理的なものがあふれる世の中

世の中は、自分がすんなり理解できるような論理的なものだけで出来てはいない。そんな状況に出会った時、自分はどう向き合うか考えさせられる映画。それが『未来のミライ』なのではないだろうか。今作では、全体を通しての大きい繋がりのストーリーというよりは、細かい不連続性の話が多く、唐突に、ランダムに、さまざまな世界へ4歳の少年が巻き込まれていく姿を観客は淡々と観せられる。しかも、それぞれの世界で特にオチがあるわけでもないので、僕は終始、何かすべての伏線が最後に繋がるはずだと最後まで脳がフル回転してしまった。そして、伏線など無かったかのように、唐突に映画は終わる。

だが、いま思えば細田監督は計算してこの状態をつくったのではないだろうか。僕も最近息子が生まれたのだが、非論理的な彼の行動に手を焼くことが多い。笑ったと思ったら泣き、泣いたと思ったら笑う。きっと、細田監督はそんな小さい男の子の脳の非論理的な行動を監督なりに、緻密に、正確に表現しようとしていたのではないだろうか! 彼らは僕らの想像を超えた感覚で瞬間瞬間の行動を行なっている。つまり、映画を観ている論理的な(と思っている)すべての大人に、それを必死に理解しようとする行動自体を促していたのではないだろうか!理解できない子どもの気持ちを理解してあげようとする大人が少ないことへの警鐘ではないのか!と。この仮説が事実だとすれば、恐ろしく計算に満ちた映画だ!……という結論に僕なりに角打ちで至った瞬間、冷酒をごくりと流し込むと、ひっかかっていた枝豆の筋のようななにかがすっととれた。

まぁ、持論が合っている合っていないにかかわらず、このような一連の思考をひとり酒を飲みながら考える時間はよいものである。角打ちは自由だ。食事のマナー、仕事のマナー、恋愛のマナー、趣味のマナー。マナー漬けの社会において「〜すべき論」が存在しない角打ちは、非日常的な稀な空間といえよう。映画はこうあるべき。という映画制作のマナーに挑んだ細田監督の才能にもう少しだけ酔いながら、日常へ帰ることにしよう。

(映画の解読についてはすべて筆者の想像です)

第14話 角打ちでひっかけながら『未来のミライ』がひっかかる理由を考える。ー日常のすぐ隣にある非日常的な日本酒空間、角打ちー
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