第11話 思い込みから脱出せよ。大谷翔平選手のように。ーちゃんぽんは酔うか...

おおたしんじの日本酒男子のルール Rules of Japanese sake men.

絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
第11話
思い込みから脱出せよ。大谷翔平選手のように。
- ちゃんぽんは酔うからダメ理論は本当なのか -

思い込みを変えた大谷翔平

僕の好きな作家のひとりであり、同じ東北・仙台が同郷の小説家・伊坂幸太郎。第10回で、同じく彼の作品の『フィッシュストーリー』という映画化もされた名作も紹介したが、同じくらい印象的で好きな作品がある。『あるキング』だ。僕の世代は、キングと聞くだけでキングカズのあのダンスが条件反射で思い浮かぶ人も多いだろうが、この作品は野球の話。天才野球少年が成長する姿と周囲の反応を記した内容である。

いま、世間を騒がせている天才野球少年といえば(もう少年ではないが)、なんといっても100年にひとりの逸材とも言われる大谷翔平選手である。投げては日本人最速の165km/hを繰り出す天才ピッチャー。打っては本塁打量産の天才スラッガー。ピッチャーとバッターともに超一流の選手など僕は初めて聞いた。当初は「ピッチャーに専念すべきだ」「いやいや、バッターに専念するのが定石だ」などど球界の重鎮たちの古臭い常識に閉じ込められそうだったが、現在、メジャーでも信念を突き通しながら、そんな意見を圧倒する活躍を続けている。古い価値観や思い込みは、いつだって結果で語る人間に、塗り替えられていくものなのである。

さて、そんな「ピッチャーとバッターを両方やるなんてダメだ」という思い込みと同じく、世間に広がっているのが「酒をちゃんぽんして飲むと悪酔いするからダメだ」という説。これが事実なのかを本気で考えてみたい。

第11話 思い込みから脱出せよ。大谷翔平選手のように。ーちゃんぽんは酔うからダメ理論は本当なのかー

『あるキング』から学ぶ世間のリアル

ちなみに、伊坂幸太郎の名作『あるキング』のテーマはシンプルで「もしも、圧倒的な野球の実力をもって生まれたら、人生はどうなってしまうのか」である。主人公の天才野球少年は、大谷選手すらも凌駕する、打率9割を叩き出す「圧倒的すぎる」天才である。そんな奴いるわけない、と思ったら最後。思考停止だ。「もしも」を究極的に問い詰めるのが伊坂氏の凄いところ。主人公はその圧倒的すぎる実力のため、先人たちが積み重ねてきた野球の常識(と、思い込んでいるなにか)が次々と塗り替えられていく。だが次第に、あいつが試合に出ると野球がつまらなくなるかのように追い込まれてしまう……。

そう、この作品の最大の見所は「リアルじゃない主人公」ではなく「リアル過ぎる世間」である。野球界隈と同様に日本酒界隈にも、誰かが言い始めた思い込みがある。それが「ちゃんぽんをすると悪酔いするから、途中から日本酒はやめておけ」である。僕が複数人でお酒の席にいる時にもこんなシーンがまだ時々ある。最初からずっとワインを飲んでいた人が、僕が唎酒師であることを知って「おおたさん、オススメの日本酒教えてくださいよ」と興味をもってくれるシーンだ。野球業界に身を捧げる覚悟をした大谷選手のごとく、日本酒業界に微力ながら身を捧げる覚悟の僕としては、ワインファンが日本酒も好きになるチャンスキター! と頭の中でエアカズダンスを踊りながら、どんな味が好きかを聞こうと身を乗り出す。すると、「いやいや、ちゃんぽん(C)になるから日本酒(N)はやめておけ(Y)」(長いので、以下CNY)と言いながら謎の大人が現れるのだ。

その瞬間、日本酒を薦めようとした僕は悪者となり、純粋に日本酒に興味をもった者は愚者となり、CNYでその場を制圧した者がキングとしてその場に君臨する。

第11話 思い込みから脱出せよ。大谷翔平選手のように。ーちゃんぽんは酔うからダメ理論は本当なのかー

ちゃんぽんは酔うという思い込み

飲みの場でこの空気になってしまうと、瞬間的に流れを変えるのは困難である。「いやいや、それは酒の種類が問題ではなくて……」と、説明しようとしても「だって俺、悪酔いした経験あるもん」という、軸のずれた過去の経験までも反証しなければならなくなり、楽しい飲みの時間の大半を使う可能性を考えると議論から身を引かざるをえなくなる。それほど、歴史をかけて刷り込まれた常識(と、思い込んでいるなにか)の影響は大きいのだ。社会はいつの間にか、CNYという強敵から野球でいえば9回裏、0対3、2アウト満塁のバッターボックスぐらい追い込まれている状況なのである。だが、諦めない。ある名選手は「勝負は、ゲームセットと審判が言うまで、分からない」と言ったというじゃないか。僕も、居酒屋の店主からラストオーダーを聞かれるまで試合を諦めない。

そもそも一般的に言われる「ちゃんぽん」という飲み方は、ビールやワイン、ウイスキーや日本酒など、さまざまなカテゴリーの酒を同じタイミングの食事で飲むことを指す。しかし、落ち着いて考えればわかることだが「アルコール」という成分は「アルコール」でしかない。よって、違うカテゴリーのアルコールを混ぜると2倍3倍に酔いやすい謎の成分に変化する、などといった事実も無い。つまり、同量のアルコールを1種類の酒で取った時と、複数の酒で取った時の酔いやすさは同じ。「ちゃんぽんをすると悪酔いするから、途中から日本酒はやめておけ」は、完全に誤解である。そう、読者のみなさん、居酒屋でCNYを繰り出す者に出会ったら毅然とした態度で、それは誤解ですと言ってあげてほしい。

第11話 思い込みから脱出せよ。大谷翔平選手のように。ーちゃんぽんは酔うからダメ理論は本当なのかー

思い込みはチャンスでもある

とはいえ、先ほどの例のようにCNY側から言わせれば「だって俺、悪酔いした経験あるもん」という反論もあるだろう。それについても、こう考えることができる。自分のアルコール適量は水分摂取量でイメージしていることが多いらしい。お酒は、カテゴリーによって5%、10%、20%、40%と、水分量に対してそれぞれ異なるアルコール度数。普段ビールしか飲まない人が同じ勢いで日本酒をガブガブ飲んだりすれば、アルコール量が増えるのは当たり前。つまり、ちゃんぽんをするといつも飲まない種類の酒の適量を間違えるから、アルコール摂取量が増えていつもより酔う。それが多くの原因のようだ。この事実をしっかりと認識し、適量を間違えなければ、こんな「ちゃんぽん」の楽しみ方もできる。

仕事終わりの早い時間には、まだ空いているバーで完璧な冷たいビールを1杯だけサクッと喉へ流し込む。(早い時間のバーで1杯目は本当におすすめ。空いているし、とにかくビールを綺麗に注いでくれる優秀なバーテンダーが多い。)その後、スペインバルへ移動し、冷えた胃に熱いアヒージョをワインと合わせて移動、締めに蕎麦屋でスッキリと日本酒。その後、時間があれば最初に行ったバーでゆっくりウイスキーの香りを楽しむ、なんて新しい概念「イノベーティブちゃんぽんツアー」、これは人気が出るのではないかと密かに計画中である。

世の中は思い込みであふれている。故に、逆転満塁ホームランを狙えるチャンスにもあふれている。ピッチャーとバッターを同時にやろうなんて素人だ。ちゃんぽんをすると悪酔いする。美大を卒業しても就職先が無い。テレビを観すぎるとバカになる。都会にいると心が狭くなる。田舎から出ないとダサくなる。上司に思いを伝えてもなにもかわらない。部下に教えようとしても聞く耳を持たない。美人は性格が悪い……などなど。もう一度、心の底からもう一度考えてみてほしい。

「ほんとうに、そうなのか」と。

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