第4話 完璧な人工知能だけが、時代の最先端とは限らない。ー新米で仕込んだ生まれたての新酒ー

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    おおたしんじの日本酒男子のルール
    Rules of Japanese sake men.

    絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
    1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
    第4話
    完璧な人工知能だけが、時代の最先端とは限らない。
    - 新米で仕込んだ生まれたての新酒 -

    AIはまだドラ焼きを食べない

    「すみません、なんとおっしゃったのかわかりません」。僕がSiriからよく言われるセリフである。いつだって完璧な解決へ導こうとするSiriは、ほどよく雑な僕の会話の面白さをまだ理解してくれていないらしい。

    最近、人工知能(AI)技術の進化スピードがすごいと言われているが、そのどれもが効率を追い求めるためのプログラムに過ぎない。僕が求めているのは、休日にドラ焼きを食べながらヒマそうに引き出しを開け、「さて、どの時代に行こうか」と、唐突な提案を押し付けてくる、ほどよく雑な感じのAIなのだ。想像してほしい。のび太が「人生について悩んでいる」と珍しく哲学的な悩みを問いかけても、仮にSiriなら「相談窓口が何件かみつかりました」と電話番号リストを答えてはくれるだろう。だが、ドラえもんは「悩んでなんかいないね、甘ったれてるだけだ」と背中を向けたりもする。人生においては、どちらの言葉が本当に大切なのだろうか……。

    そう、今回は完璧さではなく、ドラえもんのようなほどよい雑味が魅力の「新酒」がテーマである。

    秋のiPhone、冬の新酒

    新しいiPhoneが秋になると必ず発売されているように、日本酒も冬になると、その年度に収穫される新米で新しい酒が仕込まれる。僕は企画やデザインを考える仕事をしているが、職業柄、時代の最先端を常に追わなければならない。発売後、すぐにiPhoneXを購入しなければならなかったのも、そんな責任感からの行動である。単に欲しかったからではない。よって、僕が毎年冬に生まれる最先端の日本酒、新酒を飲み歩き始めるのも、単に欲望から来る行動ではないということをSiriにも言っておきたい。

    まずは、日本酒の酒造年度の概念から。一般的に年度というと、学校などで多く使われている「4月始まりから3月終わり」を想像することが多いが、日本酒における酒造年度は「7月始まりから6月終わり」である。日本酒は、米が収穫される時期の新米の量に対して仕込む量を決定するため、最速の収穫でも7月以降だろうということで、このルールが適用されているらしい。日本酒では、この製造年度中につくられ、市場に出された酒を、正式には「新酒」と呼ぶ。これに合わせて税務検査を行うと年度計算が整理しやすいため、日本酒メーカーでは圧倒的に6月決算が多いようだ。この酒造年度内に収穫した酒米で完成する最初のお酒が、11月末ぐらいからお店に登場し始めるため、「新酒は冬に登場する」という認識が広まったと考えられる。

    BYは時代を表すキーワード

    酒造年度を語る上でのキーワードは「AI」ではなく「BY」である。女子高生で流行っている言葉ランキングに出て来そうだが、「BFF=(Best Friend Forever)」や「LJK=(Last JK)※高校3年女子のこと」と同じ類の言葉ではない。

    BYとは「Brewery Year(ブリュワリー・イヤー)」の略であり、日本酒のシールに「29BY」と最近は表記されていたりする。日本酒好きの居酒屋のサイトを見ると、「29BY最速の新酒、入荷いたしました!」と書いてあることだってある。そんな日本酒好きの店主を見つけたら、ぜひBFFになっておくべきである。

    「最近は表記されている」と書いたのは、意外に知られていないのだが、そもそも日本酒というものはワインと異なり、出来上がってから1年以内には飲み切ってしまうのが慣習だったため、年度表示をする必要がなかったからだと思われる。近年は海外での展開も視野に入れ、ヴィンテージや熟成に取り組む蔵元が増えて来たため、「BY表記」が増えてきたのかもしれない。

    新酒は新しい地図っぽい

    知識はこのぐらいにしておき、やっぱり知りたい味の話。これはもちろん銘柄によるのだが、新酒は火入れをしていない、搾りたてのものが多いので、全体的な傾向としては「荒々しいけど、フレッシュで爽やかで、楽しい味わい」と言える気がする。たとえるならば、先日インターネットで放送された、香取慎吾、稲垣吾郎、草なぎ剛の72時間ホンネテレビのようとも言える。熟成されたテレビ番組や映画業界がつくり出した完成された質の高い作品を観る感覚とは異なり、荒々しくてつっこみどころ満載だけれど、なぜかフレッシュで爽やかで、楽しい。そんな気分。

    SMAP時代とはまったく異なる自分たちの魅力を、未知なるフィールドで素のまま見せてくれた彼らの勇気は本当に素晴らしい。そう、何事も完璧が正しいとは限らない。そのままの雑味が魅力となる場合もあるのだ。気のおけない仲間や家族と素のままで楽しむ、年末年始にぴったりのお酒、新酒。この時期から出回るそんな素敵なお酒を飲むために、今年はちょっとだけ勇気を出して、この時期にしかいえないひと言を店で声に出してみよう。

    「新酒、ありますか?」