第2話 100%じゃない。だから君のことが気になるんだ。ー精米歩合によって異なるお米の風味ー

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    おおたしんじの日本酒男子のルール
    Rules of Japanese sake men.

    絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
    1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
    第2話
    100%じゃない。だから君のことが気になるんだ。
    - 精米歩合によって異なるお米の風味 -

    悩ましきお天気お姉さん

    最近雨が多いせいか、ついつい毎朝テレビをつけて天気予報を観てしまう。低血圧ぎみのためか朝は弱い僕だが、寝ぼけながらもテレビに映るお天気お姉さんの爽やかな笑顔を観ているうちに、今日も1日がんばろうという勇気が発酵中の酒米のようにじわじわ湧いてくる。お天気お姉さんには、この場を借りて感謝を伝えたい。

    しかし、降水確率というものがどうしても腑に落ちない。「降水確率100%」は絶対に雨が降る。「降水確率0%」は絶対に雨が降らない。それはわかるが「降水確率50%」ってなんだ。降るかもしれないし、降らないかもしれない。そんな曖昧なパーセンテージを人に伝える意味はあるのだろうか。これでは、雨が降っても降らなくても正解になってしまう。いやまてよ、お天気お姉さんだって言いたくて言っている訳ではないのかもしれない。心のどこかでこう思う日もあるはずだ。「あなたにとって大切なプレゼンがある今日、予報では雨の降る確率50%ですが、私は0%だと信じています」と。いつもどこかアンニュイな雰囲気を感じるのはそのせいかも……と、今日も能天気な妄想から執筆をスタートさせていただく。

    削られて競い合う世界

    さて、降水確率のパーセンテージはお天気お姉さんに任せるとして、今回話題にしたいのは日本酒づくりの精米におけるパーセンテージ。それがラベルの裏に必ずと言っていいほど表記されている「精米歩合(せいまいぶあい)」である。そう、日本酒の瓶のラベルに書いてある「精米歩合45%」とかいうアレ。読み方は精米歩合と書いて「せいまいぶあい」と読む。以前「せいまいほごうは39%かぁ。最近この蔵も削るようになってきたねぇ」と、通な雰囲気を醸し出している上品な紳士を見かけたことがあるが、威厳のほうが削られてしまうのでご注意を。ちなみに僕も最初、間違えて読んでいた。

    精米歩合とは、ひと言でいえば「材料として使われているお米ひと粒あたりが、どれだけ削られているのかを表す数値」である。精米歩合60%の日本酒はお米の外側40%を削って仕込んだお酒。逆に、精米歩合40%の日本酒はお米の外側60%を削って仕込んだお酒となる。日本酒は、お米の中心部を使えば使うほど雑味がなく香り高い味になると言われている。それに比例して、お酒として取れる量も少なくなるので高価になるというのが基本概念である。そう、今回のテーマは日本酒におけるパーセンテージ。天気予報などで使われる「確率」の話ではなく、酒米が削られている「割合」の話である。

    島耕作 VS. Youtuber

    削られれば削られるほど、そのお米でできたお酒の一般名称としての格付けはランクアップしていく。あたかも社会の荒波に削られながらも、課長、部長、取締役と肩書きをランクアップさせていった島耕作のようではないか。日本酒の精米歩合が60%以下なら「吟醸」、50%以下なら「大吟醸」と、名称が厳密に定められている。つまり、純米酒でいえば、精米歩合55%であれば「純米吟醸酒」、精米歩合45%であれば「純米大吟醸酒」と名称が変化する。稀に特別純米という、まさに特別扱いなカテゴリーに属する日本酒もあるが、それはまた別の機会に。

    人生におけるさまざまな障壁とぶつかり合って削り合って、社会的地位を手にした島耕作。高度成長期の日本経済を支えてくれたのは、彼のように身を削る思いをしながら少しづつ認められ、出世の階段を一歩づつ登りながら、新しい日本を切り開いてくれた先駆者に他ならない。島耕作、ありがとう。純米大吟醸、ありがとう。

    しかし、悲報である。時代は変化し、荒波に削られながらもコツコツと何十年も下積みを生きてきた人間だけが、社会的地位を獲得するという時代は終わった。下積み時代がまったくなくとも、個性あふれる才能で、あっという間に成功するYoutuberがたくさんいる時代なのだ。日本酒だって同じ。精米歩合の少なさだけで価値を判断するのではなく、個性を楽しむ時代なのではないだろうか。

    ライス・ワーク・バランス

    お米自体が本来もっている雑味や風味を味わうことにこそ、繊細な日本酒の楽しみが隠れている。どこまで削っているかに価値を感じている方も多いのかもしれないが、日本酒好きの若い世代では最近、削り過ぎたら日本酒の風味が無くなっちゃうじゃんか、という粋な風潮も高まってきている。そう、仕事だって大企業での出世を目指すだけが正解じゃない。生まれもった、それぞれの個性や性格に正直に、実直に向き合っているかどうかが大切になってきているのではないだろうか。日本酒の世界もビジネスの世界も、オープンイノベーションでダイバーシティな環境への対応が求められているのだ。

    前回同様、繰り返すが好みは人それぞれである。僕は純米酒が好きだし、純米酒以外を好きな人がいたってよい。飲みたければ飲めばよいし、飲みたくなければ飲まなければよい。僕が言いたいのは、住む場所や着る服と同じく、飲むお酒だって「好きに選んでよいんだよ」ということだけである。僕はキレイな吟醸系のお酒が好きだが、お米らしさが残っているお酒も好きだ。理想は、前半はキレイめの純米吟醸系から攻め、中盤から後半にかけては米のふくよかな旨味が出ている、あまり削っていない精米歩合高めのお酒を選ぶことが多い。特に米の風味を感じるなと思ったら燗にしてみたりもする。熱を加えることで炊きたてのお米のような香ばしさが増すのだ。これからの季節、木枯らしが吹く窓の外を眺めながら、お米の風味が香る燗酒を楽しみながら鍋をつつくなんて最高であろう。

    先ほど、時代は変わったという話をしたが、価値観の変化を柔軟に受け入れる島耕作なら、もしかしたら荒削りな若手Youtuberとも、あっという間に意気投合し、新しいビジネスの話でもしながら新橋あたりの焼き鳥屋で、熱燗で乾杯しているのかもしれない。