おおたしんじの日本酒男子のルール Rules of Japanese sake men.

絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
1977年宮城県生まれ。東京在住。東京と仙台を拠点に展開するクリエイティブエージェンシー、株式会社ラナエクストラクティブの代表取締役社長兼CEO。武蔵野美術大学・専修大学・東北学院大学の非常勤講師も務める。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
第1話
僕が銘柄を選べないのは、優柔不断だからじゃない。
- まずは純米であるかどうかを見極めよ -

ローマ帝国への抵抗

好きなことを言えない空気を出していたローマ帝国に対して、それってどうなんだと本気でケンカを売った勇者ハンニバル・バルカほどではないが、僕はその時、ローマではなく渋谷の居酒屋の店員に対して、勇気を振り絞りながら静かに言葉を発した。

「この中で純……純米だと……どれですか?」

古代ローマの権力の象徴、指揮官以上しか許されないトサカが付いた兜のような髪型のアルバイトの青年は、眉をひそめてこちらを見返してくる。恐らく彼は「居酒屋で働いているのはバンドが有名になるまでの単なる通過点。だからお前の酒のこだわりなんて興味ないね……」と思っているタイプ。ローマ帝国が難攻不落の都市と呼ばれた理由のひとつである、ローマの北側を守るようにそびえ立つアルプス山脈のように、彼は高い位置から氷河のような目で僕を見下ろしていた。

僕が銘柄を選べないのは、 優柔不断だからじゃない。

データは剣より強し

古代ローマ時代から数千年。近年はデータの時代だと言われている。そんな時代に情報不足なメニューしかない居酒屋が多すぎる。Siriに聞いたって「何をおっしゃっているかわかりません」と言われるだろう。もっと具体的に、事実ベースで説明しよう。僕はクリエイティブ・ディレクターでもある。ファクトベースでソリューションを導くスキルは、居酒屋でも活かされるはずだ。

たとえばこんなメニューがある。「冷酒 500円/熱燗 450円」このケースで言えば「純米ですか」と聞くこと自体が野暮になる可能性がある。ここで、なぜ野暮になるのかは別の機会に。今回は、たとえば「一ノ蔵 500円/浦霞 600円/八海山 650円」と、酒の銘柄と値段だけ書いてある場合。結論から言えばここで僕が知りたい情報は最低限こんな感じである「一ノ蔵 本醸造500円/浦霞 純米 600円/八海山 本醸造 650円」。つまり僕が最低限重視したいポイントは「純米酒か否か」である。この3種類であれば僕が選ぶのは間違い無く「純米酒」の浦霞である。

僕が銘柄を選べないのは、 優柔不断だからじゃない。

イノセント ワールド・オブ・日本酒

忘れていたがこのコラムを連載するにあたって、最初に言っておかなければならないことがあった。このコラムを読み続けることによって、最低限の日本酒の知識を手に入れることはできるだろう。だが、真に目指して欲しいゴールは「豊富な知識」ではなく、豊富な知識から導かれる「自分なりのルールや法則を見出すこと」である。僕には僕なりのルールがある。つまりあなたには、あなただけのルールがあっていいのだ。大切なのは知識を身につけた上で、自分なりのルールを見つけることなのである。

僕の場合の最低限のルールは「純米か否か」である。「純米・特別純米・純米吟醸・純米大吟醸」など、純米とカテゴライズされているものは、純粋に米と米麹だけで出来ている。逆に「本醸造・吟醸・大吟醸」など、純米と記載されているもの以外は醸造アルコールと呼ばれるサトウキビなど米以外の原料でつくられたアルコールが当然のごとく添加されているという事実を知った時、僕は初恋の人に振られたかのような切なさを感じた。

僕は純米酒が好きだ。「米」だけで勝負するその姿勢が好きなのだ。不器用さも粗々しさも、全部認めて、素直に自分らしさで勝負するヤツが好きなのだ。それが最低条件。そこから先にキレイとか爽やかとか旨味があると考えている。「純粋に純米かどうか」がスタート地点。イノセント ワールドから始まったミスチルのようなものである。陽の当たる坂道を登るその前に、また何処かで純米に会えるといいな。といつも願っているだけなのだ。

僕が銘柄を選べないのは、 優柔不断だからじゃない。

純粋さをもつ者に栄光あれ

さて、僕の前に立ちふさがった古代ローマの司令官、いや居酒屋でメジャーデビューを夢見ているアルバイト君へ話に戻そう。彼はしばらくこちらを睨み続けた後、静かに口を開いた。

「あの……純米ってどういう意味なんですか」

そう、睨んでいたわけではない。意味がわからなかっただけなのだ。瓶を見せてくれるだけでよいよと伝えると、快く瓶を3本持って来てくれただけではなく、ラベルを読みながら純米かどうかを説明する僕の話に深くうなずき、「今度から僕も純米かどうかラベル見て買います!ありがとうございます!」と感謝すら述べてくれたのだ。何がありがとうございますだよ。こちらこそ、ありがとうと言いたいよ。

僕が居酒屋でアルバイトをしていた生意気な大学生の頃、このぐらい素直にお客さんから学ぼうという気持ちは皆無だった。純米か否かなんて気にし始めたのは30代からだったが、僕に欠けていたのは純粋に先駆者から学ぼうという気持ちだったのかもしれない。若くして「純米か否かの判断」というスキルを僕から手に入れた彼はきっと、敵であるハンニバルからも戦略を学び、ついにはローマ帝国の英雄になるスキピオのように、優秀なバンドのリーダーとしてメジャーデビューするような気がする。彼がそもそもバンドマンかどうかは知らないが、とりあえずミスチル並みに売れるように祈ろう。

店内で点滅する蛍光灯の逆光で、ローマ軍司令官の兜のような彼のモヒカンが、まるで夕焼けの田んぼで黄金色になびく稲穂のように眩しく見えた。

僕が銘柄を選べないのは、 優柔不断だからじゃない。