“自然体のサステイナビリティ”を実践するオーガニックレストラン「ザ・ブラインド・ドンキー」の挑戦とは。

  • 写真:小野広幸
  • 文:井川直子

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国連で16歳の少女が環境への責任を問うスピーチの記憶はまだ鮮明だろう。どんなビジネスであっても、もはや「サステイナブル(持続可能)」な社会へのビジョン抜きに未来を語ることはできない。
料理のおいしさもさることながら、自然体のサステイナビリティを実践することで知られるレストランが東京・神田にある。彼らは食の未来をどう考えているのか。

右から:共同経営者の原川慎一郎さん、森本大地さん、近藤仁美さん、向井知さん、そしてワーグさん。他にふたりのスタッフが働く。全員が同じ思いを共有する。

徳島県の神山町で地域の農業を育てる「フードハブ・プロジェクト」もパートナーに加わり、新たな展開に。神山産すだちの自家製シロップを仕込み中。

長い間、レストランの料理は料理人のためのものだった。自身の表現のために素材を選び、技術のために素材を使うクリエイション。だが、神田のレストラン「ザ・ブラインド・ドンキー」の考え方はまったく違う。
「皿の上の50%は生産者の仕事。料理人と生産者は、料理を共有する」
つまり素材のために料理技術があり、料理人が存在する。彼らにとっての表現は、メッセージでもある。
先の台詞を述べたザ・ブラインド・ドンキーのシェフ、ジェローム・ワーグさんは、米カリフォルニアの「シェ・パニース」で総料理長を務めた人。1970年代から既に「自分たちの食べるものが、どこで、誰によって、どうつくられているのかを知る」という思想を掲げていたレストランだ。



志ある生産者と交流し、料理によって光をあてる。

ザ・ブラインド・ドンキーでは紙のオーダー表をやめ、スタッフ全員から見える位置に置いた黒板を使う。注文が入れば書き足し、料理が出れば消すライブ感も心地いい。

「生産者は、僕らの生活と自然とをつないでくれる存在です。彼らがいなければ、自然も、人間も存続できません」とワーグさんは語る。しかし日本では、自然の持続可能性が真剣に捉えられていないし、環境問題も深刻に語られない。食の世界ではオーガニックの生産者が注目されず、彼らは経済的にも体力的にも疲弊している。
いまこそ、日本の志ある生産者に光をあて、彼らと交流しながら存在を伝えていかなければ。かつて「ビアード」のシェフだった原川慎一郎さんとワーグさんが開いたザ・ブラインド・ドンキーは、その活動のための場だ。
原川さんは渡米してシェ・パニースで研修した経験がある。いい緊張感は保ちつつも、オープンな空気感の厨房。素材や仲間への敬意から生まれる料理。日本のレストランにはなかった思想に共感した。
開業前からふたりは、日本全国の生産者を訪ねた。すると北から南まで、地方には土着の食文化があり、在来種をつなぐ生産者がいた。東京都心という場所は産地から切り離されているが、代わりに全国からこういった素材を集め、多くの人に伝えることができる。

ジェローム・ワーグさんはシェ・パニースに25年以上勤め、日本には2016年に移住。食を通して自然を守る、その活動の第一歩がこのレストランという。

神田にある店の広々としたカウンターで、我々は、つるむらさきの力強い弾力に驚いたり、完熟したトマトの香りにうれしくなったりする。
料理人の作為を削ぎ落とし際立つ味。走りと旬と名残の季節感……。
「和食の本来の定義は重要です。和食はもともと持続可能な食文化。世界に影響を与えたその精神が、肝心の日本ではどこにいってしまったのか」と、ふたりは訴える。
農産物の流通の不合理さ、生産者の高齢化など問題はいろいろあるが、ワーグさんいわく、最大の問題は「無関心」だという。
「食べ手は、消費者でなく創造者であってほしい。自分がなにを選ぶか。なにに票を入れるか、ということ」
まずは知ること。正しいかどうかというよりも、知って選んだほうが、人生はもっと豊かになる。


ザ・ブラインド・ドンキー
東京都千代田区内神田3-17-4
TEL:050-3184-0529
営業時間:17時30分~22時L.O.
定休日:日、月 
www.theblinddonkey.jp


こちらの記事は、2019年Pen11/15号 小林武史と考える「サステイナブル」特集からの抜粋です。