土に触れるほどに、 視野が広がっていく。

    Share:

    Takeshi Kobayashi
    1959年山形県生まれ。音楽家。2003年に「ap bank」を立ち上げ、自然エネルギー推進や、野外イベントを開催。19年には循環型ファーム&パーク「KURKKU FIELDS」をオープン。震災後10年目の今年、櫻井和寿、MISIAとの新曲を発表。宮城県石巻市を中心に発信するアートイベント「Reborn-Art Festival」も主催している。
    18
    【農業】
    AGRICULTURE
    「ap bank」などの活動を通して環境問題に向き合うなど、サステイナブルな社会について考え、行動してきた小林武史さん。その目に、サステイナブルの行方はどう映っているのか。連載18回目のテーマは「農業」。小林さんが主宰する木更津の循環型ファーム&パーク「クルックフィールズ」は、農場としてスタートした。ゆえにクルックフィールズは農業とも深い関わりがある。「食物をつくることの原点に立ち返り、想像力を交えながら、農業のあり方を再構築・再創造する必要がある」と小林さんは言う。

    土に触れるほどに、 視野が広がっていく。

    森本千絵(goen°)・絵 監修 illustration supervised by Chie Morimoto
    オクダ サトシ(goen°)・絵 illustration by Satoshi Okuda
    小久保敦郎(サグレス)・構成 composed by Atsuo Kokubo

    農業は生活と密接に関わりながら歩みを進めてきました。たとえば江戸という時代が300年も続いた理由のひとつは、米を年貢として取り立てる仕組みがあったからだと思います。農民は米をつくらされていたけれど、同時に農業は国の礎でもあった。このふたつが両輪として機能していました。戦後、経済優先の農業へと移行していき、礎の部分が揺らいでしまった。こうして残ったのは、「やらされている農業」。農家は疲弊し、産業としての魅力も薄れた印象があります。

    そのような流れを経て、いま農業は新たな局面を迎えています。それはやらされているのではなく、「クリエイティブな農業」。農業は社会の礎であると自覚し、主体的に関わっていく。その機運が生まれ始めています。

    そう感じるのは、自分が農業に関わっているからでしょう。木更津で運営するクルックフィールズは、もともと有機栽培の農場としてスタートしました。僕らが指導を仰いだ方は、日本は環境的に多種多品目栽培が合うという考え方でした。でも数年後、僕らは多種多品目を一度考え直すことにした。まずはできる品種に絞り、その専門家を育てることにしたのです。

    僕は日本の有機農業の比率をもっと高めたいと思っています。有機野菜は高級品というイメージも変えたい。そのためには各品種の専門家を育て、まとまった数を安定供給するほうが理にかなっています。そのユニットを増やしていけば、いずれ多種多品目にも対応できる。これは、僕らなりの農業への主体的な関わり方でもあります。

    農業に関わっていると、いろいろなものが見えてきます。気候変動による影響、安全性が脅かされても安さを優先してしまう資本主義経済の負の部分、微生物を含むさまざまな命と僕らのつながりや、世界が成り立っている実感……。「本当に守るべき豊かさとはなんなのか」が見えてくるのです。

    先日、クルックフィールズの採用説明会を開くと、インスタにあげただけなのに50人以上集まりました。現社員数より多い(笑)。農を中心としたコミュニティへの関心の高さを感じます。

    いま僕が理想とするのは、「あまり耕さない農業」。地中に溜まった炭素を掘り起こさず、土の中の微生物の力で作物を育てていく。これは気候変動に対して、農業から貢献できる形もあるのです。そのような持続性の高い農業が、真の豊かさを育むカギになる。そう思いを新たにしています。