ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルが、ファッショ...

ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルが、ファッションアイコンだった理由。

文:小暮 昌弘 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤 成一
イラスト:Naoki Shoji

第3回 「リーバイス」のジーンズ

誰もが15分なら有名人になれる。いずれそんな時代が来るだろう——ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホルの有名な言葉です。1960〜80年代に大活躍したウォーホルは、キャンベル・スープ、マリリン・モンローなどの作品で知られ、20世紀を代表する巨匠のひとりと言われています。絵画だけでなく、音楽や映画などのプロデュース、雑誌まで発刊するなどマルチメディアアーティストの先駆けとなった人物です。また、ウォーホルはファッションアイコンとしても知られ、多くのパーティやイベントで撮られた写真が残されています。意外にも着こなすアイテムはベーシックなデザインの名品ばかり。ボタンダウンシャツ、ジーンズ、ローファーなどが、銀髪のかつらをかぶった彼の手にかかると、まるで彼の作品のような斬新で、ポップなアイテムに見えてくるから不思議です。そんなアンディ・ウォーホルが愛した名品をひも解いてみましょう。

「501」と並ぶリーバイス®︎のもうひとつのアイコンモデルと言われるのが「505」です。誕生したのは1967年で、当時を彷彿とさせるスリムフィットのシルエット。「501」に比べ股上が低く、フロントがジップフライになっているのが大きな特徴です。素材は耳付きのセルビッチデニムが採用されています。¥20,520(税込)/リーバイス®︎ ビンテージ クロージング

1970年代にアンディ・ウォーホルがよく着こなしていたのが、ブレザーにボタンダウンシャツ、ボトムスはジーンズにローファーというスタイルです。ブレザーにジーンズを組み合わせる、いわばプレッピー的な着こなしで、いまでは多くの男性が組み合わせるスタイルですが、当時、こうした彼の着こなしはルール破りのスタイル、ウォーホルらしい斬新な着こなしとして話題になりま
『アンディ・ウォーホル ぼくの哲学』(アンディ・ウォーホル著 新潮社刊)で「ぼくはブルージーンズを信頼している」「ブルージーンズみたいなものを発明したかった」「ぼくはブルージーンズを穿いて死にたいな」など、ジーンズに対して熱く語るウォーホル。では彼はどんなジーンズを愛用していたのでしょうか。
同書には「アメリカのが一番いい。リーヴァイ・ストラウス・ちっちゃな銅のボタンで」(ブランド名は同書の表記のまま)とあります。彼が穿いた「リーバイス®️」のジーンズは「501」という説もありますが、この記述からするともしかしたら「505」ではないでしょうか。何故なら「501」のシルバーボタンに対して、「505」の多くのモデルはボタンがブロンズ=銅ですし、ウォーホルのポートレイトをよく見ると、ジッパーフライと見られるジーンズを穿いています。ジッパーフライは「505」の特徴でもありますし、「505」の誕生は1967年ですから、彼が活躍した時代とも合致します。
ウォーホルはカット(シルエット)も見かけも「リーバイス®️」のジーンズを気に入っていて、しかも新品を購入して着古していくのがいいと同書で語っています。しかも着るものの中で一番清潔を保つべきものだと書いています。始終洗うというのが、ジーンズというアイテムの「性質の一部。アメリカのエッセンス」とまで記します。それほどウォーホルはジーンズを愛していたのです。

ジーンズを2頭の馬が引っ張っても破れないという、「リーバース®︎」のジーンズの丈夫さを表す「ツーホースマーク」が入ったパッチ。ここに「505」のロットナンバーが記されています。

「505」のフロントボタンは「501」のシルバーに対して、ブロンズ=銅色です。ウォーホルはこれをイメージして「銅のボタン」と書いたのではないでしょうか。

オリジナルモデルに忠実に、ジッパーはアメリカのタロン社製の「42」が採用されています。「リーバイス®︎ ビンテージ クロージング」らしいこだわりです。

問い合わせ先/リーバイ・ストラウス ジャパンTEL:0120-099-501

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