香りで五感を呼び起こす、情熱の男が創造した「フエギア 1833」の空間がギンザシックスに

  • 構成・写真(店舗)・文:高橋一史

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2021年4月にオープンした香りのギャラリー、「フエギア 1833 銀座」。

花に華道があり茶に茶道があるように、香りには香道がある。この3つの伝統文化を総称して「三道」と呼ぶ(ときに書道を含む)。香道では香りを味わう所作を、「香りを聞く」と表現する。五感を研ぎ澄まし香りと向き合い、開いた心から聞こえてくる声に耳を傾ける。この“聞く”という精神性は、幼少期からギター演奏に親しみ音楽に心酔してきた、アルゼンチン生まれの調香師ジュリアン・ベデル(以下、ジュリアン)がつくり上げた香水の世界と重なる。ジュリアンは自身の芸術作品である香水を展示販売するギャラリー「フエギア 1833」を世界5カ国につくった。ここでは訪れた人が100種類以上の香りを“聞く”。その目的は心と身体に寄り添う一品を見つけ出すこと。

ワインやコーヒーの立ち上る匂いは緊張をほぐし、朝露の湿った風は懐かしい情景を呼び起こす。利き酒のごとくフエギア 1833の香水をひとつひとつ確かめていくと、記憶とリンクして目が開く瞬間が訪れる。最高に心地よく思えたら、目の前にある香水こそがいまの自分にフィットするパーソナルな品だ。ただし体温のある肌に直接つけることを前提にした調香なので、つけてそのまま帰宅し、一日のなかで香りの移り変わりを感じよう。そのプロセスを経ることで、手に入れるべき真の香水に出会える。

ジュリアンは香水に、身を飾るアクセサリー以上の役割を与えた。選びきれないほどラインアップが豊富なのは、自由な心を尊重するため。香りの解釈は押し付けない。年間に一本しか売れない品でも、「これがベストな人もいる」とストックしておく。このたび彼らは世界最新のギャラリーとして、ギンザシックス内に日本での2号店となる「フエギア 1833 銀座」をオープン。商業施設のなかに、客を招く“家”をしつらえた。

訪れた客を迎え入れる温かな木材の表札。アーチの内側へと穏やかに客を誘う。

ギンザシックス3階フロアに出現した“家”。角の赤松は、茶室の内側の柱を表側に用いたもの。

白く明るいフロアとコントラストを成す店内。同じ形状のガラス瓶や木箱が荘厳に輝く。

商業施設の中に出現した異空間

スプレー式のガラス瓶には、香りを内側に吹き付けたフラスコが被せられている。これを裏返してピュアな香りを味わう。

ギンザシックス3階のエスカレーターを出てフロアを歩くと、威風堂々たる佇まいの赤茶の外装が目に飛び込んでくる。西洋的なアーチが並び、中は静かに仄暗い。四角い空間の3方向すべてにアーチがあり、出入りはどこからでも自由。分厚い壁をくぐり抜けて入ると、同じ形状のガラス瓶が中央をぐるりと囲む圧巻の光景に心が掴まれる。

この空間がラグジュアリーながら親しみやすいのは、随所に見られる和の要素のおかげだろうか。焼き杉、赤松といった日本の素材が使われ、香水の台座は白木で、鏡は黒い斑点つきのビンテージ。経年変化や古いものを慈しむ我々の魂と結びついている。銀座店に用いられたのは、来日したジュリアンが訪れた京都などで目にした素材だ。現在はイタリアのミラノを拠点にする彼はつねに、故郷アルゼンチンのパタゴニアで大自然に囲まれ、花や植物から香りを学んだ幼少期の思い出を大切にしている。銀座店も内装のベースはアルゼンチンの建築様式。そこに和を加え、西洋の美と調和させて優雅な調べを奏でた。

「パフューム」全101種類、布地にもつけられる「スキン&テキスタイル」全51種類、デスク周りに向く小型の「パーソナル パフューム デュフューザー」全25種類、ノンアルコールの「プーラエッセンシア」全100種類といった膨大なラインアップは、新作が出るとさらに数が増える。その一方で、定まった販売数を終えた品は姿を消していく。ギャラリーは香りとの一期一会の出会いの場である。

手前の白い瓶は、もっとも人気が高い「ムスカラ フェロ ジェイ」。“香りのない分子“を配合し、つける人固有の香りを引き出すとされる斬新なパフューム。100mL ¥42,900(税込)

ワインの香りと同じ構成分子を配合した「ラ ティエラ デル ラッジョ」。赤ワインが感じられ、男性も親しみやすい香り。100mL ¥40,700(税込)

内部に照明が仕込まれた白木の台座が、瓶の液体を鮮やかに照らす。ミラノの自社工場で倒木を利用して製造されたものだ。

製品を収めた箱も、貼られたシールも自社工場製。壁をくり抜いたニッチ棚の収納スペースには日本の焼き杉が取りつけられた。

インテリアで唯一既製品を取り入れたシャルロット・ペリアンの椅子。日本滞在歴もある同デザイナーの家具に和の意匠を感じたジュリアンが選んだ。

調香ラボを併設する自社工場で製造されたランプシェード。弁柄色と呼ばれる日本伝統の赤に着色された左官壁との調和が美しい。

上棚に並ぶ濃紺の瓶の中身は原材料。下に置かれたレコードプレイヤーは店内の唯一の音楽ソース。レコードは主にギタージャズ、タンゴ、ボサノバで、ジュリアンが東京・御茶ノ水などの中古レコード店で見つけたもの。

8mL ¥28,600(税込)のプーラエッセンシア「エントレ リオス」を収めたボックスは、木材をくり抜いてつくられている。

すべてを自身でつくる創造の心

南米ウルグアイに所有する植物園で採取した材料を見るジュリアン。※ 以下写真すべて、photo © FUEGUIA 1833

フエギア 1833の誕生は2010年。芸術一家に育ったジュリアンが、クリエイティブな道を歩む手段として行き着いたのが調香だった。遡る02年に環境保護NPO「ヘルプ アルゼンチン」を設立したほど自然を愛する彼にとって、植物が原材料の香水づくりは天職なのだろう。現在アルゼンチンの隣国パラグアイに広大な植物園「フエギア ボタニー」を所有し、採取したエキスを香水づくりに役立てている。

ジュリアンは自社工場で自らマシンを動かし、製品を納める木箱をつくる。高級香水メーカーのトップで、これほど現場主義な人がほかにいるだろうか? 来日したとき彼は静岡の木工マシンの会社をひとりで訪れ、ミラノに一台持ち帰った。それは木の板を平らにする、かんな削り用の工業マシン。ところがジュリアンのお目当ては、削って出るかんなくずのほうだった。製品を保護する緩衝材を得るために、極薄に削れる高精度なマシンが必要だったのだ。世に存在しないからつくるという行動原理。パッケージひとつにも妥協しない姿勢を物語るエピソードである。

製品、パッケージ、店のすべてを自身で手掛けたいクリエイターは多いだろう。しかし現実には叶わない夢になりがちだが、彼は軽やかにやってのけている。香料の源となる植物を各地に探しに出かけ、ときにはギャラリーでギターを演奏して招いた客をもてなす。ジュリアンはフエギア 1833が“ブランド”と呼ばれることを好まない。それはまったく新しい香水芸術をつくり上げた自負ゆえに違いない。香水は彼の作品でありつつも、身につける人のものでもある。手に入れたなら遠慮なくたっぷりと、心の赴くままに使いこなそう。

植物園「フエギア ボタニー」は東京ドーム5個分の広さで、約100種類の植物が自然環境で栽培されている。

ミラノ市内にあるラボで香水づくりを試行錯誤している様子。手に持つペンでフラスコに配合を書き込んでいく。

自社工場の約半分が、木工作業のスペースで占められている。趣味でギターもつくるジュリアンにとって木材の扱いはお手のもの。

日本で購入したかんな削りのマシン。削りくずを採取するのに最適な仕様にカスタマイズされている。

削った薄い木材は製品を包む緩衝材などに使われている。上写真のうちガラス瓶以外はすべて自社製造品だ。photo:Kazushi Takahashi

手作業で梱包して世界中に配送するのも自社で行う。パーツごとに送り現地で組み立てるケースもある。

ミラノ店のストアイベントでギター演奏を披露。フエギア 1833は現在、ブエノスアイレス、ミラノ、ニューヨーク、ロンドン、東京にある。東京の一号店はグランドハイアット東京内に2015年にオープン。

フエギア 1833は、高級車のロールスロイス社が認めたオフィシャルパートナー。イギリス本社のなかに特別なストア(上写真)があり、カスタムカーをオーダーする客がシートに染み込ませる香りを選ぶ場になっている。

FUEGUIA 1833 Ginza

東京都中央区銀座6-10−1 ギンザシックス 3階
営業:10時半〜20時半
TEL:03-6263-8039
不定休(休館日に準じる)

※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、掲載している内容から変更になる場合があります。

https://fueguia.jp/