21世紀への革新を感じた、「プラダ」のメンズ。

熟練編集者の物欲クロニクル

Vol.07
イラスト:多屋光孫 文:小暮昌弘
知るだけでは物足りないし、見るだけでも満足できない……。そんな物欲をもて余す熟練編集者の買い物遍歴をたどる好評シリーズ。大のモノ好きとして知られる、元メンズファッション誌編集長の小暮昌弘さんが買わずにはいられなかったアイテムとは? 第7回は、当時ミラノで一大ブームを巻き起こした、あのブランドの服についての話です。

Vol.07 

とあるセレクトショップの名バイヤーから耳打ちされたのが、「プラダ」に染まるきっかけでした。「今度デビューするプラダの男物、いいよ! 絶対見るべきだよ」と教えてもらったのは、1995年の春のこと。すでにプラダは女性には人気が高かったブランドで、「ポコノ」という光沢のあるナイロン素材と三角メタルプレートを備えた黒のバッグはいまで言えば「イットバッグ」的存在。その人気ブランドから新たに出るメンズに関する貴重な情報だったのです。すぐに先方の会社に電話をかけ、サンプルを見せてもらいたいとお願いしました。しかしほとんどのサンプルはイタリアにしかないという話で、それならば「ミラノに行きますので、ぜひとも取材させてください!」と企画を立て、ミラノまで出かけていったのです。

プラダを着た悪魔(?)がミラノを埋め尽くした。

ミラノへはひとりで行きましたので、カメラマンもスタイリストもモデルもすべて現地で調達しました。でも「プラダを撮影するので」と声をかければすぐにスタッフは集まってくる、そんな時代でした。借りてきた服を前に、これもいい、あれもいい、とみんな試着するくらい注目されています。イタリア人のスタイリストは着付け用のグッズを入れたバッグまですべてプラダ製というほどのプラダ好き。ミラノのショップに並ぶ服も多くがプラダ風に見えましたし、ウィンドウを飾っているのも黒の服ばかり。プラダ風を意味するイタリア語の「プラダッシマ」、あるいは英語の「ベリープラダ」という言葉がミラノのファッション関係者から多く語られ、「プラダマニア」がミラノを闊歩していたのです。だから単にプラダの服を借りてファッション撮影するだけでなく、いろいろなジャーナリストや、ブランド、ショップスタッフにインタビューを試み、「プラダのメンズがイタリアに与えた衝撃」を追うようにミラノの「プラダ現象」をページにしました。

ミニマリズムを体現したファーストコレクション

では、プラダのメンズのファーストシーズンはどんな服だったのでしょうか。誤解を恐れずに言えば、とにかく「ストイック」。スーツ、ジャケット、コート、シャツなど、どれをとってもいわば普通の服。しかし素材に特徴があります。軽やかなコートは前述のポコノを使ったナイロン、普通のウールに見えるスーツはストレッチが入っていて伸縮性があり着やすい。シェットランドのセーターやドレスシャツでさえストレッチ入りです。それでいて仕立ては職人風。後になって多くのテーラードアイテムの監修をしていたのはナポリのモデリストだったと知りますが、だから細身なのに実に着やすくつくられているのです。加えて服は無地中心。店では、たとえば黒のコーナーには黒のジャケットやシャツがずらりと並んでいます。ブラウンのコーナーにも同じような製品がずらり。黒が好きなら、黒のラックの前に陣取り、ジャケット、コート、シャツと好きなアイテムを手にすればミニマルなプラダスタイルが容易に出来上がる仕掛けです。組み合わせに悩むことはありません。デビューした頃、広告などのモデルを務めたジョン・マルコヴィッチやウィレム・デフォーの着こなしは、全身モノトーン。いま見てもクールでカッコいい! 日本に入るよりも早くプラダを買わねば、と撮影後ショップに行きましたが、いちばん欲しかったジャケットは、「いまだとロンドンの店にしか並んでいないわ」と店の人。それならばストレッチ入りのパンツを、と試着しましたが、裾上げなどの「お直し」は白衣を着用した専門の女性職人が出てきて、各所にピン打ち、裾幅まで修正してプラダ風のシルエットにしてくれました。ペグトップ風のテーパードシルエット、クラシックなボタンフロントで裏側の縫製もオーダー服並み。カフスもオリジナルのまま5cm以上に。ウールに伸縮素材がブレンドされた素材は、長時間穿いていてもシワにならない。ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、「これぞ21世紀のメンズウエア」と思いました。当時、ミウッチャ・プラダは「ファッションはそれほど重要ではない」と語っていますし、95年のアメリカ版『エスクァイア』でもプラダのメンズの特集がされていて、「プラダの服はオフィスに着ていけるかもしれない」と書かれています。普通でも、すべてが革新的だったのです。

シンプルさを極めたプラダは、いまでも現役。

その後もイタリアに行くたびに、ドレスシャツ、ナイロン素材のハーフコート、セーター、靴、バッグなどを買い求めましたが、ここ数年、服の多くはクローゼットの中にずっとしまったままでした。今年の冬、最初に購入した黒のストレッチパンツを出して穿いてみました。ひさしぶりですが違和感はありません。たぶん、もともとの仕立てや素材が素晴らしい上に、自分の身体に合わせた“お直し”が完璧なので、いま着用してもまったく古びて見えないのだと思います。モードな服なのにイタリアの職人芸が詰まっているのです。知り合いのジャーナリストで、あの時のコレクションを全部買っておけばと残念がる人がいますが、私も同じ気持ちです。もう少しお金と時間に余裕があったら、ロンドンまで行って、あのジャケットを、あのコートを、手に入れることができたのに。後悔先に立たずとはよく言ったものです。

ブランド名:プラダ

モデル名:不明

購入年:1995年

購入場所:イタリア・ミラノ

購入当時の価格:各¥40,000程度

次号予告

ファッションについて 語るときに あの人の語ること。