サヴィルロウの店を経営しデザインするヤリ手の男が語った、「イートウツ」からEU離脱まで!

  • 撮影・構成・文:高橋一史

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自身がデザインした服を着こなす、パトリック・グラント。

俳優のごときルックスで2009年にイギリス版「GQ」のベストドレッサーに輝いたイギリス人、パトリック・グラント(Patrick Grant) 。名門オックスフォード大学でMBAを取得したサヴィルロウの店の経営者であり、ロンドンコレクションに参加するブランドのデザイナーでもあります。この出来過ぎともいえるオールラウンダーのパトリックが来日すると聞き、どんな人柄か知りたくて会いに行きました。結論を言うと、よく笑いよく話す、モノづくりと経営に熱く向き合うナイスガイでした!

彼がファッションを仕事にすることを決意したのは、売りに出されたロンドンの仕立て店「ノートン&サンズ(Norton&Sons)」を存続させるべく自費で買い取ってから。店の傘下にあった19世紀末創設の「イートウツ(E.Tauz)」をモードブランドとして蘇らせ、自らがデザイナーに。このバックグラウンドを踏まえつつパトリックに、今回の来日の目的を尋ねました。

「ええと、まずはイートウツが新規で取引した店の陳列を確かめるため。東京で人々が何を着ているのかリサーチするのも大切な目的です。相変わらず東京の街はダイナミックで、オプティミスティック(楽観的)でいいですね。それに比べイギリスときたら……」

インタビューのスタート時から、雲行きが怪しくなってきました。

「ほら例のEU離脱問題です。アパレルや建築の関係者などはまだ反対してますよ。イギリス、特にロンドンは移民や難民を受け入れ、世界中でもっとも開かれた都市だったのに、ドアが閉じられてきました。アメリカも、日本さえも右傾化してますよね。それをすごく危惧しています」

トークが盛り上がってきたので、このまま進めることにします。

「アパレルの経営で言うと、多くのイギリスブランドはヨーロッパ中からパーツを輸入しています。イートウツでも、ボタンはドイツ、生地はイタリアという具合。ここに税金が掛かると生産品の価格が高騰することになります。輸出入に申請書類が必要になるから荷物の到着も遅れて作業が滞るし、こうした申請の専門部署も社内につくらなきゃならない。すべてがコスト増と時間のロスにつながるのです。『イートウツ』は自社工場を含むイギリス国内だけで縫製しているから、縫製コストは他社ほどの変化はありませんが」

でもイギリスの工賃は法律で保護されていて安くはないですよね?

「確かにその通りで、工場の最低賃金は一時間で7ポンド30セント。中国などでつくればコスト削減できますが、イートウツをつくる工場の職人はキャリアが長く、仕事が上手で手早く、信頼できる。商品の検品も、99.5%は1回でクリアできるレベル。このことを考えれば、国外に持ち出すのは考えられないですね。アイテムによってはあの専業ブランドと同じ工場にも発注しており……」

次ページで、イートウツのクオリティの高さを物語る特徴を見ていきます。


イートウツ2017年春夏コレクションより。トレンド感のあるルーズな着こなし。

「インターナショナルギャラリー ビームス」取扱いの今季アイテムと一緒に。

下一つボタン掛けのルーズなウール・シルクのジャケット。¥116,640

肩が落ち、袖も太いビッグシルエットのシルク混コットン・ウールのコート。¥128,520

“魂” のあるモノづくりを続けたい。

手前のロロ・ピアーナ生地の白コットンTシャツ。 ¥23,760、隣のストライプの麻シャツ。¥43,200

イートウツは、ニット、シャツ、ブルゾン、パンツ、テーラード、コートなどをフルコレクションで展開するブランドです。ニットはカシミアで名高い「ジョンストンズ(オブ エルジン)」の工場製。テーラードは、「ギーブス&ホークス」の既製品工場で仕立てられています。シャツ生地はイタリアを代表する「アルビ二社」のもので、カット&ソーは同じくイタリアの「ロロ・ピアーナ」。世界中から選りすぐりのテキスタイルが用いられています。コットンパンツはパトリックが所有する自社工場で縫われており、実は彼がここを手に入れたのは最近のこと。

「ランカシャー州の都市、ブラックバーンにあるこの工場は、イギリス軍の衣料品を手掛けていたほど高度な技術を持っています。地方の工場は景気が良くないため、2年前に稼働を停止すると知らされました。1860年から続く立派な工場だったのに。そこで『ノートン&サンズ』のときのように買収することを決意。現在、イートウツのトップスやパンツだけでなく、『マーガレット ハウエル』や『ナイジェル・ケーボン』、『バラクータ』といった有力ブランドも製造しています」

イートウツの服はコンテンポラリーです。今季2017年春夏はルーズ&ビッグなシルエットが多く、トレンド感を存分に楽しめます。このキャッチーなセンスのデザインに目が行きがちですが、その奥にはイギリスが世界に誇るプロダクト発想が息づいているのです。

「僕は、靴の『トリッカーズ』、ニットの『ジョンスメドレー』『コーギー』、アウターの『バブアー』らの伝統のイギリスブランドが大好き。世界中の多くが、プロダクトの品質や製造背景に敬意を払わなくなってきていますが、僕は “ソウル(魂)”があるモノづくりを続けていきたいと思っています」

商売として現実には難しいことなのでしょうが……。

「ビッグブランドの商品の中には、近年は品質が落ちているものも見かけます。たぶん、企業のトップが強欲なせいなんですよ。インスタグラムとかSNSのインフルエンサーにお金払って宣伝させて、社会階層のピラミッドの裾野にまで売り広げようとしている。そんなだから現場の人たちの気持ちが萎えて、クオリティが下がるんです。イートウツはどうかって? 大丈夫、こんなこと話してる僕がトップにいるんですから(笑)」

経営もデザインも、パトリックの中では切り離せない仕事のようです。イギリス産業の復興にも尽力する彼の活動を、今後も追って行きたいと強く思った今回の取材でした。

ブルゾンのようにゆったりと着る、コットンのプルオーバーシャツ。¥52,920

「サヴィルロウ」の言葉が誇らしげな織りネーム。

ヒットアイテムのデニムワイドパンツが今季も登場。生地はアメリカの「コーンミルズ社」のもの。¥34,560

「アメリカの某メジャー企業でジーンズを縫っていた人が僕の自社工場に転職して、ミシンもそこで使われていたものを持ち込んでるから、まさにそこと同じ品質ですよ(笑)」とパトリック。

履き込んだ「トリッカーズ」が足元を飾る、長身のパトリック。

問い合わせ先/インターナショナルギャラリー ビームス

TEL:03-3470-3948