Type Project vol. 1
“書体”が果たす、デザインの役割とは。

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    書体はどのような役割を果たすのか? 画期的な書体を生む「タイププロジェクト」の鈴木功さんがゲストを迎えて対談。第1回は水野学さんの登場です。

    写真:平岩 享 文: 土田貴宏

    「タイププロジェクト」は、書体を専門にデザインする企業です。創立は 2001年。従来の印刷に加えて、デジタルの領域が急速に拡大するタイポグラフィの世界で、その先端を切り拓いているのが彼ら。創業者の鈴木功さんは、端正で汎用性の高い「AXIS Font」や、横書きに適した明朝体「TP明朝」などの書体を手がけてきました。今回、鈴木さんは、数々の名ブランディングに携わるクリエイティブディレクターの水野学さんと、書体についてさまざまな会話を交わしました。
    書体から伝わるイメージが、 ブランドをつくり出す。

    鈴木 水野さんが手がけるブランディングでは、書体というのはどんな役割を担っているのでしょうか。
    水野 デザインをする時は、まず書体から決めていくこともあるほど、ブランディングにおいて重要なものです。 僕は書体は“物差し”だと考えています。たとえば白という色は、人によって捉え方が大きく違う。しかし、ある書体で表現すると、文字の印象によってイメージが限定できる。つまり書体という客観的な物差しが、情報を伝わりやすくしてくれるんです。
    鈴木 文字はいろいろな場面で使われるので、ブランディングの柱になるのは納得です。その書体をうまくコントロールして使うと、ブランドへの信頼感や安心感が生まれるんですね。
    水野 ブランディングはコンセプトが重要ですが、コンセプトとは地図のようなもの。プロジェクトにかかわる人は、判断に迷ったらコンセプトに戻り、どう進むべきかを考えます。書体は、 そのコンセプトにとても近いところにあるんです。鈴木さんがデザインしたTP明朝も、はっきりしたイメージがありますよね。少しかしこまっていて、真面目で、でも硬すぎない、いいヤツ、という感じでしょうか ?
    鈴木 この書体をつくる時、まさにそういうイメージでした。本来、明朝体は文芸を組む書体で、装飾的要素のないサンセリフ(ゴシック体)に比べて情緒がある。しかし「真面目」と言っていただいたように、理知的な性格をもたせたいと考えたんです。
    水野 僕らのブランディングも性格をつくっていく作業。ブランドのイメージを、ドラえもんの登場人物に当てはめて擬人化することもあります。
    鈴木 私も特定の企業のためのコーポレートフォントをデザインしますが、 先方から「あと5歳若くしてほしい」 と言われたことがあります。文字はそれくらい性格をもつものですね。
    水野 このTP明朝は、印刷物だけでなく、ディスプレイに表示されることを意識してデザインしてあるのもすごい。僕らはブランディングの一環としてウェブサイトのディレクションもしますが、明朝体はしっくりくる書体がなかった。そこを狙った鈴木さんの発想には、目から鱗でした。
    鈴木 明朝系の書体は横画が細いので、文字が小さいとディスプレイ上で見にくいという技術的な制約があります。 しかしそれ以上に、この10年以上にわたりデザイナーは、横書きの明朝体について考えてこなかったと思います。PCやスマートフォンで文字を読むことが圧倒的に増えた現在、そこに合う明朝体を自分がデザインしたいという気持ちがありました。ただ明朝体は縦書きから生まれたものなので、横書きに適した形にするのには苦労しました。
    水野 横書きのための明朝体という発想は一種の発明ですよね。アートの世界でモネやピカソの絵に価値があるのは、それが印象派やキュビスムの発明だったから。つまり“ザ・印象派”、“ ザ・キュビスム”なんです。僕は「かっこいい」や「おしゃれ」でなくあくまで「定番」の基準となるものを扱うブランド「THE」のクリエイティブディレクターもしていますが、TP明朝は“ザ・横書き明朝”にふさわしい。 これからの定番になると思います。
    鈴木 水野さんが著書で、「THE」は 新しいスタンダードをつくる活動だと言っていることにとても共感していました。ツイッターが象徴的ですが、いまは書き言葉と話し言葉が同時に変化する時代。書体も時代に合う新しいものが生まれるべきだと思うんです。
    水野 ディスプレイに対応する、横書きのための明朝体というのはとても強いコンセプト。だからスタンダードになるものが生まれたんですね。

    時代とともにある書体は、 生き生きと輝いて見える。

    鈴木 私がデザインした「AXIS Font」も、風通しのいいニュートラルなサンセリフを突き詰めようと考えて制作した書体でした。
    水野 ニュートラルさは、いままさに求められているものです。僕にとってAXIS Fontは、一言で言うと便利な書体。レイアウトが複雑でもシンプルでも、この書体なら違和感がありません。でもニュートラルなものというのは、何もしていないのではない。 ものすごくデザインしているからニュートラルに見えるんでしょうね。
    鈴木 書体をつくる作業は、ある時点からはブラッシュアップの連続です。 ディスプレイで見て、プリントアウトして見て、数えきれないほど修正を重ねます。文字は、スペックや「%」などで表現できても、重心や引き締まっているかどうかなど数値化できない要素があります。そこは自分の尺度で徹底的に磨き上げるしかない。その結果、ちゃんと時代に合った文字は、生き生きと輝いて見えるんです。
    水野 鈴木さんが「生き生き」という言葉を使うのは、とてもよくわかります。その姿勢は食材をつくる人に似ていますね。デザイナーはそれを料理する役目だから、僕らにとってはとても頼りになる。素材がいいと、できることが広がりますから。
    鈴木 功 Isao Suzuki
    タイププロジェクト代表/タイプディレクター
    ●1967年、愛知県生まれ。愛知県立芸術大学卒業後、アドビシステムズを経て2001年にタイププロジェクトを創立。03年に日本グッドデザイン賞を受けた「AXIS Font」をはじめ、先進的な独自の書体を発表し、高い評価を得ている。

    水野 学 Manabu Mizuno
    クリエイティブディレクター
    ●1972年、東京都生まれ。慶應義塾大学特別招聘准教授。 多摩美術大学卒業後、1998年にグッドデザインカンパニーを設立。多様なグラフィックとともに、多くの企業や施設のブランディングを手がける。 代表作に農林水産省C I 、中川政七商店、「くまモン」ほか。
    ニュートラルを極めた、「AXIS Font」
    装飾のないサンセリフの書体で、太さはウルトラライトからヘビーまで7種類。漢字、ひらがな、カタカナ、そして欧文書体が混在したレイアウトでも、違和感がない。字幅を狭くした2種類のバリエーションも加わり、小型デジタル機器の表示にも対応する。
    横組みに適した明朝体、そんな発明が「TP明朝」
    縦画と横画のコントラストがあり、ディテールに筆字の性格を残すのが明朝体。「TP明朝」は、その読みやすさを活かしつつ、洗練された知的な表情をもつ。横組みを前提に開発され、これまで明朝体があまり使われなかったディスプレイ上での使用にも適している。

    ●問い合わせ先/タイププロジェクト www.typeproject.com  sales@typeproject.com