最新のアップルストアは、なんと築約100年?

  • 文:稲石千奈美

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photo:@uma._kv

ロサンゼルスダウンタウンの歴史的建造物が多いヒストリック地区にオープンしたアップルストアタワーシアター。6月24日に10、9、8、7、、、カウントダウンとともに登場してドアを開け、朝から行列していたブランド顧客を迎え入れたのはアップルCEOティム・クックだ。入店する客と握手をし、次々とツーショットセルフィーにも応じたクックの表情はなんともご満悦で開店を心から喜んでいる様子だ。タワーシアター店のオープニングは何が特別なのか。

それは建造物だ。一世紀前に一世風靡した名劇場とアップルストアらしいデザインが美しく、機能的に共存するタワーシアターストアは、まだ無声映画が主流だった1927年に劇場建築で名高いS.チャールズ・リーが来るべきトーキーの上映を想定して初めて音響を意識して設計した劇場。敷地の都合でバルコニーを含めても900席と小ぶりだが、パリのオペラハウスがインスピレーションというルネサンスリバイバル様式のアールデコ建築にはフランス、スペイン、イタリア、ムーア文化を彷彿させる豪華な装飾が施され、LAで初めてトーキー映画が上映された由緒ある劇場だった。しかし時代の流れとともに劇場経営が困窮し、1988年に閉鎖されて以来は映画撮影の舞台や小規模のコンサートなどに時々使用されるにとどまった。地元の保存団体による歴史的建造物指定後、大規模な保存・修復作業が課題となっていた。

映画館時代の趣を色濃く残す外観。photo:@uma._kv

アップルはこの歴史的建物を新タイプの旗艦店として再生するにあたり、フォスター&パートナーズを筆頭に著名建築事務所のみならず、歴史的建造物保存団体や専門家、アーティスト、ロサンゼルス市の協力を仰ぎ、歴史的価値と建築美の保存に重点をおいた。3年以上要したという丁寧に歴史を遡るような修復作業では、塗り重ねられた塗装や汚れを落とし、開場当時のオリジナルデザインにできるだけ近づいた。入口ロビーの豪華なクリスタル製シャンデリアや中央階段の左右にある大理石の柱、ステンドグラス、プラスターの装飾細工、真鍮の手すりなどがわかりやすい例だ。デザイン上やむなく取り外した壁や部品、家具などはいつかこの建物がオリジナルとして再利用される機会のために、写真やデータで念入りに記録し、実物は倉庫保管されている。

アールデコの煌びやかな建築とミニマムデザインのアップル製品のコントラストが面白い。photo:@uma._kv

修復と並行してモダナイズされビデオウォールになったかつての上映スクリーン、投影室のあった場所は人が集まりやすいジニアスバーに、同じく二階バルコニーの劇場座席はオリジナルだが温かみがありリラックスできる仕様が施された。かつての劇場気質がアップルストアとして、現代的なデザインディテールとして受け継がれているから、新しいものやクリエイティビティを求めて早くも感度の高い人々が集まる場所となっている。

タワーシアターストアでは映像制作者やミュージシャン、アーティスト、デザイナーを招き、誰でも参加できるワークショップやクラスを無料で提供する「トゥデイ・アット・アップル」プログラムが開店当日からすでにローンチされ、すでに数週間先まで予約が取れない人気だ。さらにストアで展開される「アップルクリエイティブスタジオ」は若いクリエイターの育成に力を入れ支援するという。

こうしたプログラムや歴史的劇場の再生への注力は、2026年までにLA拠点のスタッフを3000人まで増やすと発表したアップルが、アップルTVなどコンテンツクリエイションやエンタテイメントプラットフォームとして「ハリウッド」を大いに意識していることへの表れともいえる。

昇竜の勢いだったダウンタウンの再開発はコロナウイルスの影響で停滞、店舗撤去なども相次いでいた。感染拡大対策として2020年3月以来続いた長期間の自粛と厳しい規制が緩和され、いよいよ夏に向けて動き出したLAで、歴史と未来、芸術とテクノロジーの共存を達成したとデザイン、歴史的建築、都市計画、経済などさまざまな分野の専門家に評価され、一般ファンが切れ目なく来店を続けるアップルタワーシアターストアの開店は、街全体を活気づけている。近隣エリアへの余波も期待できそうだ。


劇場だった約100年前との比較。

photo:@uma._kv

彫刻や照明など装飾のディテールが修復され、美しく蘇った。

Apple Tower Theatre
802 S Broadway, Los Angeles, CA 90014