【Pen最新号をチラ見せ|宇梶剛士×貝澤徹】伝統の技を磨き、新しい工芸の美を彫り出す。

  • 写真:佐々木育弥
  • 文:渡辺芳浩

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貝澤 徹●1958年、北海道平取町二風谷生まれ。工芸家の家庭に育ち、76年に木彫を始める。曽祖父は明治の名工、貝澤ウトレントク。79年に北海道アイヌ伝統工芸展に初出展し初受賞、2002年と05年に北海道知事賞を受賞。12年の作『ウコウㇰ/輪唱』はアイヌの歌唱法をテーマに人々の手がひとつのイタに集まる作品で、翌年、北海道立近代美術館で展示。18年、大英博物館の日本ギャラリーのリニューアルのために常設展示作品を手がけた。

アイヌの男女が携帯するマキリという小刀や、イタというお盆など、伝統的木彫工芸において、革新的な文様や技巧を追求している貝澤徹さん。アトリエを訪れた宇梶さんがまず手に取ったのは、繊細さと力強さとを併せもつ意匠に驚かされるマキリ。ひとしきりその美しさに見惚れ、思わず感嘆の言葉が口をついた。

「やはり素晴らしいですね。アイヌの繊細でありながら力強い美しさが、この中に凝縮されています」

宇梶さんは何度か二風谷を訪れていたが、徹さんの仕事を間近で見るのは今回が初めてだ。徹さんは高い技術を、どのように習得したのだろうか。強い関心を寄せる宇梶さんに、徹さんが語り出した。

動物を解体したり魚をさばく際に、あるいは裁縫や木彫などにと、アイヌの生活のあらゆる場面で必需品とされる小刀がマキリ。男女とも常に腰に下げ携帯していたとされる。柄や鞘など日本刀に似た構造ではあるが、特徴的なのはやはり彫り込まれている文様。アットゥㇱ同様、マキリでもモレウノカやアイウㇱノカなどの基本の文様をベースに、鱗の文様や独自の図柄が作品に刻み込まれる。柄と鞘のいずれの曲面にも繊細な柄が彫られ、連続性を感じさせる。

キムンカムイの手。「キムンカムイ」はアイヌ語で山の神を意味し、アイヌの世界ではクマのこと。さまざまな恵みをもたらすクマを、アイヌでは神からの使いと考えていた。クマは身近な存在で、さまざまな木彫のモチーフとなっている。徹さんの作品はクマの手をブックエンドにしたもので、伝統のモチーフにユーモアも添えている。毛の1本1本を表現する部分は非常に繊細だが、と同時にクマの迫力も生き生きと伝わってくる。

「私がアイヌ文様の作品を手がけるようになったのは、30歳を過ぎてからなんです。それまでは、コロポックルなどの土産物がおもな仕事でした」

1980年代後半、二風谷を訪れる観光客が増加する中、日々、土産物の制作に追われていたという。

「当時に培った土産物をたくさんつくる技術は、のちに木彫の立体作品を手がける際に非常に役立ちました。土産物の場合、自由につくることも可能で、そうした機会も幸いしました」

代表的な作品のひとつ『樹じゅ布ふ』は、木彫であるにもかかわらず、布のようなやわらかな表情を湛えたイタだ。2001年、アイヌ文様が北海道遺産に選定された時、徹さんは北海道庁での実演に参加。しかし、他の職人もイタを製作していたので、なにか面白い作品を発表したいという気持ちになった。

「イタを2枚つくりましたが、その1枚が『樹布』です。すると女性ふたりが近づいてきて『個性的で素晴らしいわね』と言ってくれました。いまでも忘れませんが、それで自分の方向性は間違っていないと確信できましたね」

宝箱をモチーフにしたアイヌの工芸品「スオㇷ゚」。カツラの木などからつくられており、繊細な技巧が凝らされた装飾は、ノミや彫刻刀を使い分けることで生み出される。

『樹布』はさらに進化を遂げ、四隅の1カ所に布がめくれる表現を施した。女性が手がけるアットゥㇱの刺繍やタペストリーといった作品は華やかだが、男性が制作する木彫は地味だ。であればタペストリーの先をいく表現で、イタをアートにしようと考えたという。

「めくるという表現は、物事のふたつの面を意味します。たとえば男の手仕事と女の手仕事。また、表裏はアイヌの世界で重要なモチーフであり、生死の表現でもあります」

徹さんにインスピレーションを与えるモチーフには、昆虫や動物もある。自宅の周りなど、徹さんの身近にあるなにげない自然が発想の源だ。

幼い頃から日常にアイヌの文化があった宇梶さん。北海道を訪れるごとに、その精神性をより深く理解するようになったという。

「アイヌと自然は切っても切れないもの。イタやマキリなどの伝統的な工芸品以外の作品からも、どことなくアイヌらしさを感じるのは当たり前のことかもしれませんね」


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