建築家 中川エリカインタビュー|模型を行き来してつくる、言葉にならない建築。【創造の挑戦者たち#49】

  • 文:山田泰巨

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模型を行き来してつくる、言葉にならない建築。【建築家 中川エリカ】

文:山田泰巨
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●1983年、東京都生まれ。2005年、横浜国立大学工学部建築学科卒業。07年、東京藝術大学大学院美術研究科修了。オンデザインパートナーズを経て、14年に中川エリカ建築設計事務所設立。おもな作品に『株式会社ライゾマティクス オフィス』(15年)、『桃山ハウス』(16年)など。

TOTOギャラリー・間で開催中の個展『JOY in Architecture』の会場を埋め尽くす、無数の模型。それは建築家、中川エリカの思考の痕跡であり、手の痕跡だ。原寸大のディテール模型から巨大な敷地模型まで、縮尺の異なるさまざまな模型は、絵本や映像、文章のように、鑑賞者へと思いを語りかける。

「模型を通じ、私たちが建築を考える中で感じた歓びを感じてほしい。模型は多くの気付きを与えてくれる。その発見の内容は人によって違うんです」

建築家を目指したきっかけは、数学と図工が好きだったから。進学して建築を学ぶうち、建築以外の「世界を知る」ことが含まれているのを感じたと振り返る。横浜国立大学在学時に東京藝術大学との合同課題に参加し、アウトプットが大きく異なることに驚いた。使われる言葉も違えば、模型の素材や意味も違う。見識を広げようと、大学院は東京藝術大学へと進学した。

卒業後は、西田司率いるオンデザインパートナーズに入所。2009年に竣工した『ヨコハマアパートメント』は、高齢化が進む住宅地に若年層を誘う集合住宅だ。中川は設計初期から建物と使い方を並行して検討。谷地という敷地から明るい場を求め、まずは高い天井を設けた。2階の居室へつなぐ1階共有部は半外部空間として開放し、広場のような居場所をつくり出している。前例の少ない計画だけに、楽しく使えることをプレゼンテーションでは伝えようと模型をつくり込んだ。

14年の独立後は、より大きな模型を使い建築を考えることが増えた。検討段階で直接ハサミを入れることもあり、「どれもボロボロ」と中川は笑う。

「模型が大きいと、内部をのぞくことができます。小さな模型は俯瞰することに向いていますが、実際に完成した建築を上から見ることはほぼありません。外形にとらわれることなく、内外の関係や空間をどのような体験とするか。その検証に、大きな模型は有効なんです」

最近は1/1、1/20、1/50など、スケールの異なる模型を行き来することで、周辺環境との関係性、素材やディテールの検証を行うようになった。そうした試みは、16年竣工の『桃山ハウス』の設計で発展したものだ。山地を造成した高低差のある住宅地で、既存の擁壁を起点に計画を進めた。大きな屋根が機能の異なる居室を包み、それを支える柱の位置は境界を感じさせないよう巧みにズラした。多様なシーンをもつ住宅は多面的で、豊かに空間を広げる。

「建築の定義は幅広いですが、私はモノの現れ方が重要だと思っています。模型は初めからモノとして立ち上がり、嘘をつかないフェアな存在。知っていることを表現するのに言葉は有用ですが、模型は私たちが知らなかったことまで教えてくれる。私がつくりたいのは、言葉にならない、まだ知らない空間。モノの連なりが生み出す雰囲気を大切にしていきたいんです」

中川は、自身が目指す建築を「庭のようなもの」だと言う。近代建築の発展で明確に分かれた内外の関係を見直すように、今回の個展でも、屋内と中庭の什器を関係づけて可能性を追求している。庭は長い時間軸をもち、ときに人の手が介在して姿を変えていく。変わらないものと変わりゆくもの。両者を見据え、中川は新たな空間体験を探り続ける。


Pen 2021年2月15日号 No.512(2月1日発売)より転載




『中川エリカ展 JOY in Architecture』

建築模型の他、中庭を居場所とした「冬の庭」や、チリのリサーチを公開。上写真は『桃山ハウス』(2016年)の模型。山を切り開いた土地において既存の擁壁や庭を利用し、境界があいまいな空間をもつ住宅をつくり出した。

『桃山ハウス(2016年)』photo: ©yujiharada
『模型群』photo: ©yujiharada

開催期間:1/21~3/21 開催場所:TOTOギャラリー・間 
※日時指定予約制 https://jp.toto.com/gallerma