普遍性を追求し、百年愛される空間を生み出す。

普遍性を追求し、百年愛される空間を生み出す。

文:山田泰巨
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トネリコ

デザインスタジオ

●2002年、米谷ひろし(右)、君塚賢(左)、増子由美の3人で結成。建築、インテリアからプロダクト制作まで手がける。リ・ブランディングを行った「ロフト」や「A PIT オートバックス 東雲」をはじめ、「銀座 蔦屋書店」「新宿 北村写真機店」などの空間設計を担当。

今年1月、京橋の「ブリヂストン美術館」が建て替えとともに館名を「アーティゾン美術館」と変え、新たなスタートを切った。オフィス街に呼応するソリッドな佇まいながら、街に開かれた空間には温もりが宿る。

館のデザインを手がけたのは、米谷ひろし、君塚賢、増子由美が結成したデザインスタジオ「トネリコ」。プロポーザルコンペへの参加から竣工までの7年間は、彼らにとっても大きな変化の時間であったという。2002年の結成から着実に仕事を重ねながらも、アーティゾン美術館以前に参加したコンペは落選が続いた。派手さが足りないのかと悩みながらも、自分たちの信念を伝える資料を綿密につくり、アーティゾン美術館では提案。それが評価されると、大きなプロジェクトへの参加が続くようになる。

雑貨店「ロフト」、アートと本の融合を図る「銀座蔦屋書店」、国内最大級の生活提案型カメラ店「新宿北村写真機店」と、企業哲学を体現する場づくりに携わった。精度の高い提案は、依頼人のビジョンを刺激する。「信念めいたもの、哲学をつくる提案を心がけています」と米谷は言う。

「僕らが描くのは普遍的な空間。民藝における用の美は、空間にも言える概念です。用途を伴う空間を、全体と細部の両面からつぶさに見て設計を進めること。表面をデザインするのではなく、人に思いが伝わる場にしたい。たとえば空間の連続に物語性をもたせることは、強く意識しています」

アーティゾン美術館では、東京駅至近の京橋地区に並ぶオフィスビル群を意識した。米谷はそれを「日本の建築美」と表現する。整然とした建築の連続がつくる街の表情。彼らは計画の基準に強力なグリッドを引いた。設計図における基準線といえる「通り芯」に沿って柱の間隔を決め、そこから規則正しく等分された線で床の目地を割り、壁や天井の意匠、タイルなどの素材寸法にも規則を反映させて場の佇まいをつくり出した。通り芯に沿った設計は空間の大小を問わず行われるが、これほど細かく線を指針とすることはない。すべてに目を行き届かせる強さは、師であるデザイナーの内田繁に学んだ「当たり前の作法を崩さない」ことだと米谷と君塚は言う。

一方で、それを意図的に崩すことで空間にダイナミズムが生まれている。床には細い大理石で斜線を入れ、パブリックスペースには泡のような形状を描くオブジェ『フォーム』を設置。師に学び、それを崩し、新たな可能性を模索する姿勢には、守破離の精神が感じられる。

君塚は振り返る。「普遍的な目的をもつ美術館だから、百年続く空間でありたい。街にとって館がどう普遍的でいられるかを考えました。提案を現実のものとするため、長く議論を行い、美術館としてのあり方や意思を固めた7年でした」。だからこそ素材開発にも力を入れた。なかでも象徴的な床材のテラゾは、かつてブリヂストン本社ビルのエントランスロビーをデザインした倉俣史朗へのオマージュだ。彼らが独立した頃、日本でインテリアデザイナーに求められる役割は限定されていた。しかし、若い建築家や他業種が参入し、コンペティターが増えた。それは同時に、自身の可能性も広がっていくことを意味していた。

「空間デザイナーとして、建築の領域まで携わりたい。建築やインテリアの枠を超え、常に人に愛される場をつくりたい」と米谷は言う。彼らの普遍性を支えるのは、なにより人への温かな視点にあるのだ。


Pen 2020年11月1日号 No.506(10月15日発売)より転載


『アーティゾン美術館』

建築の内外を日建設計と共同設計した。 photo: Satoshi Asakawa

『KYOBASHI』

館内用のオリジナル椅子もデザイン。ソリッドな空間に温かみをもたせるため、丸みを強く意識したデザインに。師である内田繁の椅子を一部オマージュした。踏襲・製品化したモデルをカンディハウスより発売。 ¥75,060(F1ランク、税込)〜¥104,220(L4ランク、税込)www.condehouse.co.jp photo: Satoshi Asakawa

普遍性を追求し、百年愛される空間を生み出す。