ナイキやバーガーキング……コロナや分断の中で時代を見事に切り取った、必見広告4選。

  • 文:久保寺潤子(P1-2、P4-5下段)

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ナイキ『You Can’t Stop Us』より

世界中を覆い尽くした新型コロナウィルスによる鬱屈とした世の中にあって、広告はどのように社会を表現しているのだろうか? 2020年に発表された国内外の広告プロモーションから、「いま」の時代を切り取った必見の作品を紹介。NTTドコモ『森の木琴』やポーラ『この国は、女性にとって発展途上国だ。』、ゴディバ『日本は、義理チョコをやめよう。』など、見る者を圧倒するビジュアルとメッセージ性のある作品を手がけ、国内外で多くの賞を受賞しているクリエイティブ・ディレクターの原野守弘さんに、ベスト4を選んでもらった。


1. ナイキ『You Can’t Stop Us』――「分断」を軽やかに越えるアスリートたち。
2. バーガーキング『The Moldy Whopper』――実証広告を大胆にやりきる新しさ。
3. 滋賀県『ニュートンに学ぶ、これからの滋賀ノーマル』――ふざけているようでハッとさせられる、コロナ禍のメッセージ
4. 日本赤十字社『ウイルスの次にやってくるもの』――ウイルスに対する心身の予防策を、誠実に伝える。

日本赤十字社『ウイルスの次にやってくるもの』より

1. ナイキ『You Can’t Stop Us』――「分断」を軽やかに越えるアスリートたち。

「私たちがひとつになれば、誰も止めることはできない」。アメリカのサッカー選手、ミーガン・ピラノーが語りかける画面には、人種や性別、国籍といった境界を超え、スポーツという舞台で輝くアスリートたちが映し出される。アスリートに伴走するナイキは、今年もそのスピリットをCMで示した。

「Black Lives Matterや新型コロナウィルスなど、21世紀は思った以上に『分断』の時代になってしまいました。ナイキはこの地球的課題に対し、『分断を乗り越えよう』というメッセージを『画面分割』というシンプルなアートディレクションでフィルムにしました。4000本以上の素材から約900通りの組み合わせを試し、さらに新規撮影も加えて、想像の斜め上をいく仕上がりに。真ん中で分割された画面を軽やかに越えていくアスリートの映像をつなぐのはとてつもなく大変な作業だけど、ひとつひとつの映像のクオリティはとても高い。単純ながら素晴らしいアイデアで、心を動かされました。オリンピックを意識しての企画なんだろうけど、ナイキはいつもスポンサーにならずに外野から広告をつくっていいところをさらっていく。僕は今年、(去年の予定が延期になった)カンヌライオンズのフィルム部門の審査員を務めるのですが、おそらくこれはグランプリなんじゃないかと予想しています」

2. バーガーキング『The Moldy Whopper』――実証広告を大胆にやりきる新しさ。

ふわふわのバンズや新鮮な野菜でつくられた、おいしそうなハンバーガー。このバーガーキングの人気メニュー「ワッパー」を34日間タイムラプスで撮影し、カビだらけに変わり果てるまでを収めた衝撃的なCMが、SNSで物議を醸した。

「バーガーキングは、『ほとんどすべての欧州・北米市場でハンバーガーから合成保存料を取り除くこと』を訴求するために、日々カビていく同社のハンバーガーをタイムラプス撮影するという、食品広告のタブーに挑戦するフィルムで話題を集めました。広告で大切なのは大胆さだと思いますが、それをやり切っています。『実証広告』というのはよくある広告表現なのですが、同社はそこに『大胆さ』をもって、新しい文脈を加えました。かつてSNSで、マクドナルドのハンバーガーが何年経っても腐らないことを取りあげたビデオがバズったことがあるのですが、それを下敷きに、さりげなく競合をディスってもいます」

3. 滋賀県「ニュートンに学ぶ、これからの滋賀ノーマル」――ふざけているようでハッとさせられる、コロナ禍のメッセージ

コロナ禍の現在を17世紀のペスト流行時期に重ね合わせ、世紀の発見をしたニュートンのように創造のきっかけにしようと、滋賀県の特産品がナンセンスな映像とともに現れる。突き抜けた前向きな姿勢に、打ちのめされる作品だ。

「滋賀県のこの広告はとってもふざけているんですが、最後のメッセージでハッとさせられます。NHK Eテレの『ミッツ・カールくん』とか『77部署合体ロボ ダイキギョー ドラマ・伝え方が9割』とかをつくったクリエイティブ・ディレクターの藤井亮さんが手がけているのですが、彼の作品は一見バカバカしいことを真面目にやりきっているところが魅力。広告のディレクターでありながら絵をすべて自分で描いてもいて、もう芸術家の領域だと思う。この動画では、ペストが流行った時代にニュートンが万有引力を発見したように、コロナ禍であっても新しい発見やクリエイティブに結びつくかもしれないんだよ、っていうことを無茶苦茶遠回しに言っています。“Stay Home”が、実は創造や発見のチャンスであるというメッセージは、非常に洞察に富んでいる。単に、みんなで頑張ろう!といった『空気標語』を掲げるコロナの広告が多い中、賢さが際立った広告でした。滋賀県の広告なので名産品を無理やり紹介してますが、冷静さもあって不思議な感覚。お見合いする近江米、押し合いする近江米、お見舞いする近江米、と三段階で畳み掛けられるクライマックスは圧巻です」



4. 日本赤十字社『ウイルスの次にやってくるもの』――ウイルスに対する心身の予防策を、誠実に伝える。


新型コロナウイルスの感染拡大が本格化してから、早くも1年が経った。ウイルスから身を守るために手を洗うことは有効だが、「恐怖」から心を守るためにはどうすればいいのだろうか。日本赤十字社の動画は、その心構えをアニメーションで伝える。

「この作品は、新型コロナウイルスに対応する最初の緊急事態宣言(2020年4月7日発出)の直後、2020年4月21日に公開されました。まず、その反応のスピードに驚きます。東日本大震災のときに『こうした災いの中でポジティブなメッセージを発信すると目立つ』ということを発見してしまった広告業界のクリエイターたちの、なかば売名行為のような作品が目立った中、この作品は、感染予防のみにとどまらず、その後の風評被害のような人間の内面や感情が引き起こす二次災害の予防にまで言及した佳作です。これこそが真に東日本大震災の教訓を活かした作品として、高く評価したいと思います。地味な作品ですが、コピーやイラストレーションも実によく練られており、そのレベルの高さに敬服するしかありません」

原野守弘●1971年、静岡県生まれ。電通、ドリル、PARTYを経て、2012年に株式会社もりを設立、代表を務める。代表作に、NTTドコモ「森の木琴」、OK GoのMV「 I Won't Let You Down」、ポーラのリクルート広告、ゴディバ「日本は、義理チョコをやめよう。」など。2017年に「Pen クリエイター・アワード」を受賞。 

未曾有の感染病とともに生きることを余儀なくされた2020年。だからこそ、人間のもつ想像力が試された1年だったとも言える。原野さんは著書『ビジネスパーソンのためのクリエイティブ入門』(クロスメディア・パブリッシング)のなかで「ブランディング」について言及している。

「ブランディングについて、僕は3つのポイントから考えます。ひとつは『ちょっといい未来を語る』ということ。たとえば今回トップに挙げたナイキのCMのように、世の中がどのようになったらいいかを表現すること。ブランドがどんな未来を思い描いているのかという、世の中の見立てを表現することが大切です。2番目は『個人的に語れ』ということ。広告って、ターゲットをリサーチするマーケティングが当たり前と思われていますが、僕はそれは正解ではないと思っている。10代の女性も50代の男性も、人間が感じることって案外同じなんじゃないか。広告は基本的に人の心を動かすもので、そのためには個人対個人の共感に訴えるしかない。自分が思ったこと、感じたことは世の中の人も同じだと信じてつくると、結果的にいいものができます。3番目は『地声で語れ』です。会社自体がもっているDNAやスピリットが的確に表現されているから、受け取った人は心を動かされる。これを我々は『ブランドボイス』と呼んでいます。人間は声にアイデンティティを感じる生き物なので、広告をつくる時はその地声で伝えないと、受け手は騙されているような気持ちになってしまうんです」

どんな状況においても人間が感じ取る「気持ち」をまっすぐに見据え、遊び心をもって明るい未来へと背中を押してくれる広告に、私たちは勇気をもらうのだ。


この記事は、2021年 Pen5月1・15日号「コロナの時代に、デザインができること。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。