いつもそばには惚れた女──色気と暴力と裏社会とともに昭和を生きた、あるヤクザの「破天荒すぎる一生」

  • 文:一ノ瀬 伸

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『あるヤクザの生涯 安藤昇伝』石原慎太郎 著 幻冬舎  ¥1,540(税込)

作家・石原慎太郎氏による書き下ろしのノンフィクション・ノベル『あるヤクザの生涯 安藤昇伝』は、激動の戦後、裏社会で破天荒に生き、ヤクザ史に名を残した安藤昇(のぼる)の一生を活写。いま話題の一冊だ。

「映画は所詮作り事で命を張っての緊張がある訳でもなし、誰かが言っていたが男子一生の仕事と思えもしなかった。」(P132)

自身の組を解散した後、俳優としてヤクザ映画に出た際の安藤昇の気持ちがそのように記されている。読み進めてきた読者は、その言葉に妙に納得するだろう。前項までに語られる、「まるで映画の世界だ」と思わされる安藤の生き様は、安藤にとっては紛れもないリアルであり、日常だったからだ。

「天はその後の俺の生き様を見越して、この俺を世に送り出していいのか躊躇したのかもしれない」(P6)

生まれてすぐには産声を上げなかった自らについて安藤はこう言った。安藤は子どもの頃から気性が荒かった。喧嘩沙汰で送られた少年院から抜け出す方法として予科練(海軍飛行予科練習生)に志願。予科練でも上等兵への暴力で問題を起こしたが、威勢を買われて特攻隊に志願させられた。終戦後、法政大学に入学したものの喧嘩に明け暮れて退学となり、仲間と共に不良グループを作り、闇商売で金儲けをした。若き日より常に「暴力」と隣り合わせの日々だった。

トレードマークとなった左頬の傷は、その頃に街で「挨拶をしなかった」と絡んできたチンピラにナイフで切られたものだった。安藤は悲惨な自分の顔を鏡で見て「これでもう二度と、かたぎの世界には戻れはしない」(P54)と思ったという。その後、のちに安藤組となる組織を設立している。

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指名手配中でさえ、とにかくモテた安藤の色男ぶり

1958年の横井英樹襲撃事件についても詳細に語られている。当時、白木屋の株を買い占めていた横井の債務取り立てを請け負った安藤だが、話し合いの場での横井の言葉と態度に怒りを抑えられなかった。「しかしあの時、たしかに何かが俺の体の内で崩れたのだ。」(P95)という安藤は、一旦その場を後にしたものの、組員に襲撃を命じたのだ。その間の安藤の心情が克明に描写される。事件によって、安藤は指名手配され、逮捕された。その後、組を解散し、俳優や歌手、プロデューサーなどとして幅広く活動した。

暴力とともに、安藤のそばにはいつも女がいた。のちに最初の妻となる、セーラー服姿の三つ編み娘との純愛から始まり、指名手配中でさえも女優の嵯峨三智子らいくつかの愛人にかくまわれた。とにかくモテたのだ。

「成人してから脂の乗り切った俺はいつもハジキか女を抱いて寝るような生き様だった。(中略)惚れた女の存在だけが男の人生を彩ってくれるのだ」(P141〜142)

本書はモノローグで鮮やかに描かれ、著者の筆致で一気に読ませる。石原氏がこの本を著した理由は、30ページ近くになる「長い後書き」に詳しい。衆議院議員、東京都知事も歴任した石原氏が、裏社会を暴力とともにあった安藤のような生き様について「普遍すれば我々の日常に当てはまり得るものがあるような気がする。」(P151)とも述べている。石原氏は安藤のなにに惹きつけられたのか。本書を読んで確かめてほしい。