心の奥へ、じわりと恐怖が広がっていく……。ナ・ホンジン監督のサスペンス・スリラー『哭声/コクソン』が公開間近です。

  • 文:細谷美香

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パク・チャヌク監督の『お嬢さん』、チョン・ウソン主演のノワール『アシュラ』と韓国映画の怪作が続々と日本公開される3月。こういう凄まじい作品が人々に受け入れられて大ヒットを記録する韓国、およびこれほどまでの才能が輩出される韓国映画界とは一体どういうことになっているのでしょうか。 驚愕せざるをえない状況のなか、ダメ押し的に公開されるサスペンス・スリラーが『哭声/コクソン』。『チェイサー』『哀しき獣』など激しい暴力描写とアクションで熱烈なファンを生んできたナ・ホンジン監督が、今回はじわじわと恐怖を拡散させ、何か禍々しいものが観る者の細胞を浸食していくような新しい世界を見せてくれます。

韓国の小さな村で、自分の家族を残虐する猟奇殺人事件が連続して発生。殺人を犯した村人の目はみな傷ついたガラス玉のように濁り、肌は湿疹で気味悪くただれ、言葉を発することもできないような無残な状態になっていました。そんななか、村に住みついた得体の知れない男が、事件に関係しているのではないかという噂が流れます。ある日、警察官のジョングは、自分の娘に殺人犯と同じような湿疹があることを見つけ出しますが――。

この映画がすごいのは、不審死や異常事態を引き起こしているものの正体が一体何なのか、映画の終盤になってもその輪郭がまったくはっきりしないこと。古い民家に住みついた謎の男、悪霊を追い払おうとする祈祷師、家族を守るために奔走する警察官、彼らの運命が閉鎖的な村の不穏な空気のなかで交錯していく様を、ひたすら息を殺すようにして観続けることになるのです。

『エクソシスト』を思わせるオカルトに韓国の民間信仰、そして時おり現れる、此岸と彼岸の狭間に立っているような若い女の存在が加わり、姿形は似通っていても絶対的に自分たちとは違う“よそ者”への疑念が加速度的に高まっていくクライマックス、この映画は突然終わりを迎えます。監督にインタビューした際、エンディングには「最善の努力をした主人公を慰めるような気持ちになってほしい」と語っていましたが、もっと壮絶なものを感じ、すぐにはその言葉を理解することができませんでした。人々が自分のなかの猜疑心をふくらませながら真実を遠ざけてしまうなか、ただ娘のために駆け回った父親の愛だけが、真実だったということなのかもしれません。

『哀しき獣』に続いて監督と組んだ警察官役のクァク・ドウォン、めずらしく助演で存在感を発揮したスター俳優、ファン・ジョンミン。完璧なキャストのなかでやはり特筆すべきは、山の奥に住む男を演じた國村隼の存在感です。表情によって聖者にも悪霊にも見える“よそ者”に、ぜひスクリーンで翻弄されてください。

父と娘のシーンにはユーモアも。実力派俳優に囲まれながら鬼気迫る演技を見せた子役にも注目してください。

國村隼はこの映画の演技によって、韓国で最も権威ある映画賞のひとつ、青龍映画賞で男優助演賞と人気スター賞をダブル受賞。映画賞史上初の外国人の受賞となりました。

© 2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

『哭声/コクソン』

原題/The Wailing
監督/ナ・ホンジン
出演/クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒほか
2016年 韓国 2時間36分 
配給/クロックワークス
3月11日よりシネマート新宿ほかにて公開。
http://kokuson.com