自身のルーツも社会問題もあぶり出す“ミス・アメリカーナ”、テイラー・スウィフト

  • 文:岡村詩野

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2021年1月22日に日本盤CDが発売となった『エヴァ―モア』(¥2,750、ユニバーサルミュージック)。

2020年の海外の音楽シーンにおけるMVPのひとりは間違いなくテイラー・スウィフトだった。6月に突如配信で(のちにCDやレコードでも)リリースされた『フォークロア』というアルバムこそは、彼女のソングライターとしての素地を見事に浮き彫りにした大傑作であり、アメリカ人としてのアイデンティティ、あるいは民族的ルーツに立ち返った重要な一作だった。12月半ばにその姉妹アルバムとも言える『エヴァーモア』も発表。海外メディアもこぞって、そんなテイラーの2020年の活躍を讃えている。


また、2020年は例年以上にアナログ・レコードが売れた年でもあった。特にクリスマス前の約1週間(12月11日~17日)、アメリカ国内でのアナログ・レコードのセールスが合計144万5000枚を記録(ニールセン・ミュージック/MRCデータが1991年に売上枚数の集計を開始してからレコードが最も売れた週となる)。なかでも売り上げに貢献したのがテイラーの『フォークロア』で、前週から543%増の2万3000枚を売り上げたという。


これにはとても大きな意味がある。2020年は新型コロナウイルスで誰もが生活様式を変えねばならなくなった年。世界的にアナログ・レコードが見直されるようになって久しいが、とりわけ去年アナログ・レコードの売り上げが伸びた事実は、自宅で音楽をじっくり味わう機会が増えたことを象徴してもいるだろう。もちろん、Apple MusicやSpotifyといったサブスクリプション・サービスの利用者も増えているし、アーティスト主導で音源を自在にアップロードして販売もできるBandcampが、ライブができなくなったアーティストへ売り上げを多く還元できるよう働きかけるなど、インターネット上でのプラットフォームも活性化している。だが、“モノを所有する”という感覚と、“音楽が形として存在する”という感覚を最も強く認識させてくれるレコードは、コロナ禍に多くのユーザーの手に届いた。これは、実態のわからない、そして収束の目処が立たない新型ウイルスに対する、確かな手応えを求めようとする一定のカウンターにさえ思える。

フォーキーなサウンド同様に素朴なファッションも似合う。

確かな手応え……それは去年1年間で彼女自身がミュージシャンとしてのルーツをハッキリさせたことともシンクロする。ちょうど1年前、彼女はNetflixでドキュメント映画『ミス・アメリカーナ』を公開した。もちろん、その時点ではその後世界中がコロナでパンデミックになろうとは誰も想像していなかったわけだが、テイラーはまるで最初から計画を練っていたかのように、ソングライターとしての本音やルーツを吐露する『ミス・アメリカーナ』と連動したような『フォークロア』を7月に、そして姉妹作にあたるような『エヴァーモア』を2020年の終わりにデジタルで発表。私生活が何かと話題になる華やかなセレブとしてではなく、あくまで自ら曲を作って表現するアーティストとしてのアイデンティティを明確にしてみせたのだ。


テイラーが去年発表した2枚のアルバムは、同年春のロックダウンの最中にリモートで制作された。おまけに、それまで一度も組んだことのなかったインディーバンドのザ・ナショナルのメンバー、アーロン・デスナーにプロデュースを依頼。室内的でオーガニックな音作りを強調した仕上がりは、彼女がカントリーなどアメリカのルーツ音楽を出自とするミュージシャンであることを改めて示したと言っていい。


しかも、今度は歌詞に目を落とすと、リアルで厳しい現実を赤裸々に描いていることに気づく。たとえば『フォークロア』に収録されたクラシカルな色調のアレンジの「epiphany」。コロナの世界的パンデミックで犠牲を強いられている医療従事者たちと、戦争に向かう兵士とを重ねるように綴られたこの曲の歌詞からは、命の重さ、尊さがずっしりと伝わってくる。

 

雲を掴むように明日をもわからない日々に、テイラー・スウィフトはありとあらゆる点から我々リスナーにリアルな手応えを突き付けた。目で見て、耳で聴き、手で触り、思考する。それこそがすべてであり、そこにしか突破口がないことをテイラーはきっと知っている。いま目の前で起こっていることが一体何なのか、何を意味するのかを彼女は自分の作品と思想と自分自身の在り方を顕在化させることで人々に促す。それがポップミュージック、ポップカルチャーの本質的な役割であり魅力そのものであることもまた、彼女はわかっているのかもしれない。