『スウィング・キッズ』のカン・ヒョンチョル監督が語る、朝鮮戦争+タップダンスで描こうとした悲劇と希望。

  • 文:Pen編集部

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捕虜となった朝鮮人民軍のロ・ギス(右)は、元タップダンサーのアメリカ軍下士官ジャクソン(左)のタップダンスに魅了され、情熱を燃やす。© 2018 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & ANNAPURNA FILMS. All Rights Reserved.

『パラサイト』のアカデミー賞4部門受賞に沸いた2020年2月。時を同じくして日本での公開が始まった一本の韓国映画がじわじわと評判を呼んでいる。『スウィング・キッズ』だ。15回にもおよぶダンスシーンはエネルギーがはちきれんばかりにあふれ、同時に朝鮮戦争の悲劇の側面を痛切に突きつける。新型コロナウイルスによる影響で映画館から客足が遠のいている中でも、観た人が突き動かされるように思いを続々とSNSに吐露しているのは無理からぬことだ。

舞台は朝鮮戦争時代、国連軍の管理下にあった「巨済(コジェ)捕虜収容所」。アメリカ人の所長は収容所のイメージアップのため、黒人の下士官ジャクソンに命じ、捕虜のタップダンスチームをつくらせる。集まったのは、生き別れた妻を捜す民間人捕虜カン・ビョンサム、栄養失調の中国人捕虜シャオパン、満州で暮らしたことがあり4カ国語を話す女性ヤン・パンネ、そして朝鮮人民軍捕虜ロ・ギス。ストーリーは、北朝鮮の朝鮮人民軍15万人と中国人民義勇軍2万人のおよそ17万人が収容された巨済島の捕虜収容所で、共産主義か、資本主義かで捕虜が分かれ、暴動や殺戮もあったという歴史を背景にしている。

Penは2月1日に発売した「平壌、ソウル」特集で、「映画で学ぶ、分断が起きた経緯とその後」という記事を掲載、『スウィング・キッズ』についてカン・ヒョンチョル監督にSkype取材を行った。以下に誌面では触れられなかった監督の声を紹介したい。

監督・脚本を手がけたカン・ヒョンチョル。監督作品として、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞したシム・ウンギョンを起用、のち日本でリメイク版もつくられた『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)、いかさま師の大勝負を描いたヒット作『タチャ~神の手~』など。

──韓国の映画雑誌で、監督は「朝鮮半島がなぜイデオロギーによって分断されてしまったのか? なぜ私たちは、いまだに苦しんでいるのか?と考えていた時に、巨済捕虜収容所という題材に出合った」と語っておられました。いつ頃から、朝鮮半島の分断というテーマが頭にあったのでしょうか?

カン・ヒョンチョル監督(以下、監督): 子どもの頃から、なぜ同じ民族なのにふたつの国に分かれているのか、憎み合っているのだろうか、という疑問をもっていました。私は反共教育を受けて育ったんです。なぜ憎まなければいけないのか?ということを突き詰めていくと、自ずと歴史を振り返ることになりました。自分自身で出した結論は、戦争は最悪の外交だということ。人が憎み合うことで、得をする者がいるということ。自分たちは犠牲になっているんだと感じました。

──このテーマについて、『スウィング・キッズ』のスタッフ・キャストらと話をしましたか?

監督: もちろんです。たくさん話しましたし、共感して参加してくれたのだと思います。いまから3~4年前、この映画を準備していた頃、韓国ではイデオロギーが話題に上がっていました。朝鮮戦争が1953年に休戦して70年近くが経つわけですが、いまだに韓国では誰か相手を憎んで「アカ」という言葉を発しているのを聞きますし、またそういう構造を利用して権力を握ろうとする者もいます。非常に残念なことです。

巨済捕虜収容所は、朝鮮戦争を圧縮したようなところだった。

米軍下士官率いるスウィング・キッズは、北朝鮮兵士、妻を捜す民間人男性、中国人民義勇軍兵士、女性通訳らによる寄せ集めのチーム。ダンスを通して友好を深めていく。© 2018 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & ANNAPURNA FILMS. All Rights Reserved.

──なぜ、巨済捕虜収容所を題材として選んだのですか?

監督: 巨済捕虜収容所は、朝鮮戦争を圧縮したようなところなんです。朝鮮戦争は大国の戦争からスタートして、最後は巨済島の理念戦争で終わった、とよく言われています。共産主義か、そうじゃないのかという、それぞれが信じる理念に対して狂信徒のようになり、捕虜同士の殺戮戦が起こりました。巨済島は釜山の南西にある島ですが、北朝鮮や中国の捕虜がいて、そこに西洋人の管理者がいる、米軍には黒人もいる。いろいろな出身の人がいて憎み合っていたんです。混沌とした特異な場所だったと思います。そんな収容所でも、ダンスによってイデオロギーを超えられる、友だちができ、幸せを感じられるのではないかということを見せたいと考えました。

仮面をつけて踊る捕虜。原作のミュージカル『ロ・ギス』が参照したという、従軍記者が撮った巨済捕虜収容所で仮面をつけて踊る捕虜の写真の光景を、『スウィング・キッズ』も映画化に当たり再現。© 2018 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & ANNAPURNA FILMS. All Rights Reserved.

──ミュージカル『ロ・ギス』が原作とのことですが、どんなきっかけで『ロ・ギス』を観たのですか?

監督: もともとダンス映画が撮りたかったんです。それとはまた別に、こういう時代に生きている人間なので、理念、イデオロギーに関する映画も撮りたいと思っていたんです。別々に考えていたんですが、『義兄弟』を撮ったチャン・フン監督から、『ロ・ギス』というミュージカルがあると教えてもらって。そこで観に行って、これを映画化したいと考えました。


朝鮮人民軍兵士ロ・ギスを演じたD.O.(EXO)。北朝鮮の言葉とタップダンスを猛特訓して臨んだ。© 2018 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & ANNAPURNA FILMS. All Rights Reserved.

──キャスティングはどのように進めていったのでしょうか?

監督: 最初に、主役の朝鮮人民軍兵士ロ・ギスを演じるD.O.(EXO)さんが決まりました。配役は、まず俳優の姿をチェックします。具体的な演技がわからないので、会ってみて考えていこうとしたのですが、D.O.さんの場合は、会って、信じられなくらいすぐにお願いしたいと。彼の後頭部を見た瞬間、即決でした。

──D.O.さんのどういった点が、監督のイメージするロ・ギスと重なったのですか?

監督: 少年と青年の中間、世間知らずと純真な人間の中間ぐらい、という感じが漂っていて。D.O.さんは、青年であり、純粋なところもあり、反骨的なものももち合わせている。複数のイメージがあり、ロ・ギスにはピッタリでした。
もちろん、タップダンスが重要な作品なのでD.O.さんがEXOという人気のボーイズ・グループにいて、ダンスがうまいことにも期待していました。しかしタップダンスは同じダンスでもまったく違うので、たとえるならそれまでピアニストであった人が、ドラマーにならなければならない、というくらいの難しさがあったと思います。

米軍下士官ジャクソンと捕虜ロ・ギス。ふたりは思いのたけをぶつけるかのような激しいダンスを見せる。© 2018 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & ANNAPURNA FILMS. All Rights Reserved.

──米軍下士官ジャクソンを演じたジャレッド・グライムスさんは、バラク・オバマ元大統領のための公演でメインダンサーも務めた、ブロードウェイ屈指のダンサーであり俳優でもあります。どんな演技を期待されましたか?

監督: ダンスに関してはもうお任せでした。素晴らしいタップダンサーですので。演技の面ですが、ジャレッドさんは「残された者」の憂いの表情をもっていると思ったんですね。ジャレッドさんが演じたジャクソンは、沖縄で日本女性との間に子を設けた後、巨済島に追いやられ、軍で人種差別を受け、たくさんの苦しみ、悲しみを抱えています。口数は少なく、表情でいろいろ表現してくれました。実際のジャレッドさんは茶目っ気のある方で、周りの人を大いに笑わせてくれる方だったんですが。エネルギーをもった俳優でありダンサーでした。

韓国語、中国語、英語、日本語を話すヤン・パンネ(左、パク・ヘス)。彼女はジャクソンに通訳を買って出てダンスチームに参加、タップ練習に励む。© 2018 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & ANNAPURNA FILMS. All Rights Reserved.

──スウィング・キッズの一員、ヤン・パンネとロ・ギスが、それぞれ弾けるように踊り出すシーンで、1983年のデヴィッド・ボウイの楽曲「モダン・ラブ」が使われています。50年代の話ですが、なぜここでデヴィッド・ボウイを?

監督: 各自が監獄に閉じ込められたような現実に生きていて、その現実から抜け出したいと切望している、これを表現するには「モダン・ラブ」がうまく合うのではと考えたんです。時代が合わないんですが、この映画はミュージカルの要素ももっている作品なので、ヤン・パンネの頭の中でデヴィッド・ボウイが鳴ってもいいんじゃないかと。ファンタジー的な要素を取り入れたんです。

──『スウィング・キッズ』を拝見して、捕虜という同じ立場に置かれた人々の中にも対立が生まれ、殺戮という悲劇が起こるということを知りました。またこのような過酷な場所でダンスをきっかけに生じた希望についても考えさせられました。

監督: 国家と国家の間に「情」はないと思うんですが、人間と人間の間には「情」があると思っています。世の中がどんなに複雑になっても人と人との関係においては解決できることが多いのではないでしょうか。現在の状況を見ると、韓国と日本の関係がよくないと言われていますが、個人を見るとお互いに好感をもっている人がたくさんいるんです。「情」とは、私たちがいまこうやってインタビューをしている間も芽生えている、「絆」だと考えてもいいでしょう。だから、こうして人と人が出会うことはうれしいことですね。

『スウィング・キッズ』
監督:カン・ヒョンチョル
出演:D.O.(EXO)、ジャレッド・グライムス、パク・ヘス、オ・ジョンセ、キム・ミノほか
2018年 韓国映画 2時間13 分
全国順次公開中。  ※新型コロナウイルス感染防止のため、公開時期・劇場がしばしば変更されています。足を運ぶ前に確認してください。
http://klockworx-asia.com/swingkids/


※権容奭(クォン・ヨンソク)一橋大学准教授が解説する「映画で学ぶ、分断が起きた経緯とその後。」は、以下の号に掲載されています。

Pen 2020年2月15日号「平壌、ソウル」
紙版 定価:700円(税込)/デジタル版 定価:600円(税込)
特集の詳細はこちらから→ Pen「平壌、ソウル」特集
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