3つのプレゼンの舞台裏だけを描く、大胆な人物伝『スティーブ・ジョブズ』

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    物語は1984年のMacintoshの発表会直前からスタート。観る者を一気に引き込む緊迫感と臨場感が。©Universal Pictures

    iPhoneを持たずに外出すると何をするにも気もそぞろで落ち着かず、寝る寸前まで手元で光らせ、朝はアラームの音で目を覚ます。私たちの生活になくてはならない商品を作り、世界を一変させた男、スティーブ・ジョブズ。名前をタイトルにしながら、これは彼の生涯を追いかけた作品ではありません。ジョブズがいかにしてアップル社を立ち上げ、追放され、挫折を乗り越えて復活したのか。そのあたりのもろもろの経緯を知りたければ、評伝を読むなり、アシュトン・カッチャーが主演をつとめた映画版を観るなりしてくれ、と言わんばかりの大胆な構成の作品になっています。描かれるのは、ジョブズが行った3つのプレゼンの舞台裏のみ。1984年のMacintosh、88年のNeXT Cube、98年のiMac、伝説となった製品発表会の数分前のエピソードだけなのです。


    ダニー・ボイル監督とタッグを組んだのは、『ソーシャル・ネットワーク』の脚本家として知られるアーロン・ソーキン。マシンのトラブルに激怒して部下に高圧的な態度で指示を出し、彼の暴言に怒って抗議しに来た元恋人に声を荒げ、小さな娘が心を痛める言葉をつい放ってしまう――。ジョブズを中心とした怒涛の会話劇は、まるでアクション映画を観ているような興奮を感じさせてくれます。観客の知性を信頼しているからこその、潔い省略がほどこされたシナリオを書き上げた脚本家。エピソードごとに音楽や撮影方法を変え、映画3本分の熱意を注ぎ込んだ監督。そして、ルックスを本人に寄せるアプローチをとらなかったマイケル・ファスベンダーも、ほかの伝記ものとは一線を画す作品の完成度に貢献しています。


    唯一無二の天才の、独善的な行いや父としての脆い部分。マイケル・ファスベンダーが体現したジョブズのそうした素顔を見て、彼が残したものの偉大さは変わらないし、これほどの天才なのだから凡人がまったく共感できない変人でも許されると思いながらも、やっぱり近くにはいてほしくないタイプの人間だと再認識しました。しかしダニー・ボイル監督がジョブズを“類稀な惑星”にたとえ、「我々はそういう人たちを中心に動いていて、そこから逃れられない」と語っているように、それもまたひとつの真実かもしれません。この映画のなかで、どんなときもジョブズから離れられない月のような女性として描かれているのは、ケイト・ウィンスレットでしょうか。彼女の温かみのある存在こそが、ジョブズのわずかな人間味を引き出しているように感じました。(細谷美香)

    ジョブズの部下を演じたケイト・ウィンスレット(右)は、マイケル・ファスベンダー(中央)とともにオスカー候補に。© Francois Duhamel

    確執があったという娘、リサとの関係と不器用な愛情にも迫り、父としての顔も描かれています。© Francois Duhamel

    『スティーブ・ジョブズ』


    原題/Steve Jobs
    監督/ダニー・ボイル
    出演/マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレットほか
    2015年 アメリカ 2時間2分 
    配給/東宝東和
    2月12日よりTOHOシネマズ日劇ほかにて公開。
    http://stevejobsmovie.jp