盟友リリー・フランキーが語る、井上陽水と「いのうえあきみ」のギャップ

  • 文:Pen編集部

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photograph by Kenji Miura

Pen 2020年5月1・15日合併号の特集『井上陽水が聴きたくて。』にて、井上陽水の楽曲のなかで「MY BEST 3」を挙げてくれたリリー・フランキー。取材時には、いちばんの遊び仲間でもある陽水の素顔についても語ってくれた。誌面では掲載しきれなかった秘蔵エピソードを紹介しよう。


井上陽水デビュー50周年を記念して発売された『井上陽水トリビュート』。リリー・フランキーは企画の発起人として、人選の提案などスーパーバイザーを務めた。宇多田ヒカル、福山雅治、斉藤和義、椎名林檎、KREVA、King Gnuなど日本を代表するミュージシャンが集結。同じく50周年を迎えた細野晴臣も参加した。

今回の井上陽水さんの50周年の一連のプロジェクトについては、正直なところ、もう話し飽きましたね。誰よりも話しているし、絶対、本人より稼働していますよ、俺のほうが(笑)。
これはもう本当に書いてほしいんですけどね、辟易とするくらい答えているわけですよ。なんですけども、こういうことって断ると角が立つじゃないですか、先輩のお祝いごとなんだし(笑)。
そういう意味でね、「あんた地元の仕事断ったら角が立つばい」って言っている陽水さんが、実はいちばん断っているんですよね。反面教師っていうことですかね。


まあでも、アンドレ・カンドレ時代の「カンドレ・マンドレ」とか聴くと、まさか50年もやると思っていなかったのは、きっとご本人でしょうね。デビュー時から、メロディはいわゆるブリティッシュポップス的なところはありますけど、歌詞はもう、手塚治虫の絵がデビューの時から出来上がっているみたいなのと一緒で、本当になんと言ったらいいのか、3浪もした浪人生が書いているのに、切羽詰まっている感じがなにひとつとしてない(笑)。
そういう人だから、50年間やっていても山あり谷ありって感じがないですもんね。


こんなに50周年という言葉に圧がない人も珍しいですよね。貫禄はあるんだけど、圧がないっていうか。ちょうど同じく50周年を迎えた細野晴臣さんも、キャリアとか貫禄があるわりに、圧を出さない。
「そもそも圧を出すのってどうなの?」という細野さんとか陽水さんの独特のセンスというか、そういう昭和の洒脱な人たちって、男としても人間としても本当に尊敬できますね。 

1969年9月1日に発売された井上陽水のデビュー作、アンドレ・カンドレ名義によるシングル「カンドレ・マンドレ」。

タモリさんと陽水さんは、二大おもしろ先輩です。

井上陽水のデビュー50周年を記念して発売された『YOSUI BOX Remastered』。陽水のスタジオレコーディングアルバム全24作にライブ盤2作を加え、テッド・ジェンセンがリマスターを手がけたスペシャルボックス。陽水が出演したCM映像を収録した特典DVD付き。photograph by Tomoo Syoju

普段は陽水さんがひとりで喋っていることが多くて、だいたい先輩が言うことにはふんふんと頷いているんですけど、一回だけ先輩を叱ったことがあるんですよ。


タモリさんが飲んでいるところに、陽水さんと勝手に押しかけていったことがあって。夜の12時近くで、明けるとタモリさんの誕生日という日だったんですよ。まあ偶然ですよ、俺らも知らなかったから。
そこで乾杯をしたらタモリさんが、「いや今日はなんか偶然だけど、リリーや陽水にもお祝いしてもらってうれしかったよ。ありがとう」って。で、さりげなくタモリさんがお会計しようとしたら、そこでまた陽水さんとタモリさんで、どっちが勘定をもつかって小芝居が始まるんですけど(笑)。
最終的にはタモリさんが、「芸能界ではデビューしたのは陽水が先だけど、地元では年上が先輩だ」っていうお決まりのご挨拶とともに、お勘定するくだりがほぼ毎回ですね。


で、タモリさんが先に帰られてから、「タモリさんがああやって素直に『うれしかったよ』と言ってくれて、感動しましたよ」と俺が言ったら、陽水さんが「あなたね、ああいう森田さんの言うことを額面通りとっちゃダメよ」って。
それで俺、「いや、いまマジで言ったから! タモリさんは本当にマジで言っていた。そういうことを裏読みしちゃいけんよ!」って先輩を叱ったことがあります(笑)。
本当に、二大おもしろ先輩です。あのふたりが仲いいってのがすごいことですよね。ふたりが話しているところを聞いているだけでおもしろい。


陽水さんとは、麻雀やカラオケもたまにしますね。でも、カラオケが好きだってことを外で話すな、って言うんですよ。
「音楽? う〜ん、そうね、適当にやってます――みたいなスタイルだから、歌が好き、みたいなことを真正面から言われると困るわけよ」って。でも、その「外で言うな」っていうことを本人がテレビで言っているんで、意味ないんですけどね(笑)。


そういえば、陽水さんの初期のレコードには、歌詞カードの裏に本人の手書きでメッセージが付いているものもあり、音楽興味ないとか、海外も興味ないとか、でも「麻雀たまらん」とか書いてあって、ほんとこの人すげえなって(笑)。でも、陽水さんの言葉で言うと、それも額面通り取っちゃいけなかったってことですよね(笑)。

井上陽水として再デビューを果たし、1972年に発売されたファーストアルバム『断絶』。リリー・フランキーが好きな曲として挙げた「あこがれ」も収録。

1976年発売のアルバム『招待状のないショー』の歌詞カードの裏に書かれた、井上陽水直筆のメッセージ。「いやー たまらん 麻雀」で締め括られている。

あきみさんは、「井上陽水」のイメージコントロールを楽しんでいる。

2019年、デビュー50周年を記念して開催された全国ツアー「光陰矢の如し ~少年老い易く 学成り難し~」のパンフレット。70歳を超えてなお、全38公演を精力的にこなした。

先輩と飲む時に、よく他の人も連れていくんですよ。RADWIMPSの野田洋次郎とか。
陽水さんはたぶんコイツのことを知らないだろうなと思って連れていくと、「なに、あなた、音楽やってらっしゃるわけ?」から始まって、「どうせアレでしょ、あなたアマチュア上がりでしょ?」なんて言うんですよ(笑)。
陽水さんってアマチュア経験ないんですよ。送ったデモテープでいきなりプロデビューしているから。だからアマチュア出身のミュージシャンに対して、ちょっとね、上から目線なわけですよ。でも、ほとんどの人がアマチュア上がりですからね(笑)。
洋次郎を初めて紹介したのが焼鳥屋だったから、数カ月経って、陽水さんのライブ終わりに洋次郎と楽屋へ挨拶に行った時も、まだ「焼鳥くん」という名前でしか認識していなくて。RADWIMPSの野田洋次郎=アマチュアバンドマンの「焼鳥くん」ですよ?


サングラスかけてないと、みんな陽水さんに気づかないんですよ。でも、喋るとバレる。独特の周波数ですからね。あと、陽水さんがこんなに背が高いって、みんな認識していないんだと思います。
昔、ある小料理屋に陽水さんを連れていって、僕の地元の先輩ですって紹介したら、店のオヤジも陽水さんと気づいてないから、「ああそうですか、今日は出張かなんかで?」って。また陽水さんも「そうなんですよねぇ、コツコツ頑張っています」みたいな返事して。それでバレる(笑)。
でも、喋らなきゃ大丈夫です。そういう意味で、陽水さんの世間に対する目くらましは効いているんじゃないですか、この50年間。


50周年のツアーについて陽水さんと話している時も、「50周年なのに、いわゆるみなさんご存じの曲をあえてやらない、みたいなのも先輩ぽいっちゃ先輩ぽいけど、あえてやってないなって見透かされるのも嫌じゃないですか」と言ったら、「そうなんだよ、リリー。よくわかってるね。だからね、あえてメドレーにしているの」って。「いやいやきっちりフルコーラスで聴かせてよ、やるならちゃんとやろうよ」って、聴く側は思うじゃない?
あの井上陽水って人は、「いのうえあきみ」じゃなくて、「井上陽水」のイメージコントロールを楽しんでいるんですよ。あきみさんは人懐っこい、社交的な人ですから。井上陽水は人懐っこくないですけど(笑)。

リリー・フランキーによる自伝的長編小説『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(新潮文庫)。2006年に本屋大賞受賞、映画化、テレビドラマ化された。「地元・小倉での陽水さんのコンサートにうちの親父を連れていったんです。親父とその連れていた女性を見て、陽水さんが『ああどうも、井上です。お父さんお母さんはじめまして』って言ったんです。その当時、ちょうど俺の『東京タワー』という本が売れている時で、世の中の大勢が俺の母は死んでいるって知っている時にですよ(笑)。先輩は俺の映画とか本はまったく目にしてないですね」

リリー・フランキー●1963年、福岡県生まれ。イラストやデザインの他、文筆、写真、作詞・作曲、俳優など多分野で活動。初の長編小説『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』は2006年本屋大賞を受賞。また絵本『おでんくん』はアニメ化された。映画では、『ぐるりのこと。』(08年、橋口亮輔監督)でブルーリボン賞新人賞、『凶悪』(13年、白石和彌監督)と『そして父になる』(13年、是枝裕和監督)で第37回日本アカデミー賞優秀助演男優賞(『そして父になる』は最優秀助演男優賞)など多数受賞。第71回カンヌ国際映画祭では、主演を務めた『万引き家族』(18年、是枝裕和監督)がパルムドールを受賞。20年4月より、TOKYO FMにて新番組「リリー・フランキー スナック ラジオ」が放送開始。

こちらの記事は、Pen 2020年5月1・15日合併号「【完全保存版】井上陽水が聴きたくて。」特集から、インタビューの未掲載部分を構成したものです。