27歳の俊英監督が、ロック・レジェンドの映画に込めた思い。【ザ・バンドの魅力を探る。Vol.1】

  • 文:岡村詩野

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1967年に結成されたザ・バンド。左からリック・ダンコ(Vo, Gt, Baなど)、リヴォン・ヘルム(Vo, Dr, Gtなど)、リチャード・マニュエル(Vo, Pf, Drなど)、ガース・ハドソン(Key, Syn, Orなど)、ロビー・ロバートソン(Gtなど)。リヴォンだけがアメリカ人で、ロビーら4人はカナダ出身。1976年に解散し、この5人で9枚のオリジナルアルバムを発表した。当時もいまも多くのミュージシャンから尊敬を集める、"ミュージシャンズ・ミュージシャン”としても知られる。photo : (c) Robbie Documentary Productions Inc. 2019

10月23日(金)から公開が始まる映画『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』。監督したダニエル・ロアーの名前をよく知っているという人は、相当な映像作品通に違いない。なぜなら、ロアーは少年への虐待を繰り返すある聖職者を取り上げた『Survivors Rowe』や、ウガンダの先住民族の苦闘を描いた『Ghosts of Our Forest』など、おもにドキュメンタリー作品の領域で活動してきた若きディレクターだから。しかも、世界中のさまざまな社会問題を扱った彼のフィルモグラフィーのほとんどは日本では公開されていない。そんな弱冠27歳の硬派が親以上に年齢が離れた、世界規模で知られるカナダ出身のロック・レジェンド、ザ・バンドのドキュメンタリー映画を制作……。ファンならずともこの組み合わせには驚きを隠せないのではないだろうか。


だが、この映画は単なる音楽ドキュメンタリー映画の枠を超えた素晴らしい内容になっている。極端に言えば、ザ・バンドの曲を1曲も知らなくても、メンバーの名前をひとりとして言えなくても、楽器を弾けなくても、楽譜を読めなくても、底辺に刻まれたこの作品のメッセージに心を揺さぶられるはずだ。ここには、どんな厳しい状況に置かれても、仲間を信頼すること、思いやることの豊かさが描かれている。最終的に関係が崩壊してしまったとしても、一度は絆で結ばれていた事実はなくなるものではない、と。


カナダにいるロアー監督とリモートでつないで話を訊いたこのインタビューで、監督はこの作品のキーワードとして「バンドフッド(Bandhood)」という言葉を挙げている。Hood――それは仲間、連帯などを意味する。この映画のサブタイトルにあるように、メンバー5人が「兄弟」のような関係だったことを伝えるアーカイブ映像と、現存するメンバーや友人、関係者へのインタビューで構成されたこの作品に、ロアーは"Hood"を刻もうとしたのかもしれない。


ボブ・ディラン、エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスン、ヴァン・モリソン、ブルース・スプリングスティーン、そしてザ・バンドの解散コンサートを追った映画『ラスト・ワルツ』(1978年)を撮影したマーティン・スコセッシ(本作の製作総指揮を務めた)まで。ビッグネームが次々と登場する証言シーンは確かに貴重な発言ばかりだ。その行間から伝わってくる若きロアー監督のザ・バンドへの愛とテーマこそを、ぜひ感じ取ってほしいと思う。


『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』の監督を務めたダニエル・ロアー。ロビー・ロバートソンと同じくカナダ出身だ。モントリオールの自宅でギター片手に現れ、リラックスした様子で取材に応じてくれた。photo by Kiarash Sadigh

――そもそもどういう経緯でこの映画を制作することになったのですか?


ダニエル・ロアー監督(以下、ロアー):2016年、この作品の元となったロビー・ロバートソンの伝記本が出版された時、すぐ手に入れてむさぼるように読んだんです。そして、どうしてもこの本の映画化をしたくなった。僕じゃなきゃダメだ、絶対に僕がやるんだって勝手に決めちゃって(笑)。その後、ノーギャラでもいいからやりたい!っていろいろなルートをたどってアピールを続けているうちに、ついにロビー本人に会うことができた。しっかりと熱意とイメージを伝えたら、じゃあ、君に任せようっていうことになって……最高に嬉しかったですね。「最初に会ったとき、君の中に若かったころの自分を見たんだ」って後からロビーが言ってくれたのも感激しました。


――競合するライバル監督はいなかったのでしょうか。


ロアー:実は先にほぼ決まっていた監督が他にいたんです。でも、その人は僕のようにザ・バンドを聴いて育ったようなこともなく、ザ・バンドに対する愛情も僕ほどではなかった。ロビーも、年の離れた僕と一緒に作業することを新鮮に感じてくれたのかなと思います。


――確かにあなたはまだ27歳という若さです。それでも子どもの頃からザ・バンドが好きだったのですか?


ロアー:そう。僕が小さかった頃、父はよく僕と兄をオンタリオの湖のある場所に遊びに連れていってくれたんですが、そこでボートを漕いだりする時にみんなで歌っていたのがザ・バンドの曲でした。「The Weight」「Up On Cripple Creek」「The Night They Drove Old Dixie Down」……僕ら子どもたちのコーラスはそれはそれはひどいものでしたが(笑)。でもすごく楽しかった。その体験が、自分の人生の言わばサウンドトラックになったんです。その後に僕が音楽そのものに深い愛情をもつことができたのも、ザ・バンドの作品自体がすごく情熱を掻き立てられるものだったからという気がしています。


本作の元となった自伝本の著者であり、本作の語り部であるロビー・ロバートソン。チャーミングな語り口で自信たっぷりに、ザ・バンドの軌跡を振り返る。photo : (c) Robbie Documentary Productions Inc. 2019

――ザ・バンドの曲そのものはどういうところに魅力があると思いますか。


ロアー:ザ・バンドの曲は周りのよくあるポップ・ミュージックとは違って、まるで100年前の景色のような、壮大なストーリーがそこに描かれている。最初に聴いたときも、子供心にそこにすごくインスピレーションを感じたんです。実際、僕は友達が聴いていたリンキン・パークのような音楽はピンとこなくて、ザ・バンドだけじゃなくボブ・ディランやニール・ヤングなんかばかりを聴くような子どもで(笑)。やっぱり歴史が刻まれた物語のある音楽が好きなんでしょうね。しかも、ザ・バンドはカナダ出身らしい、おおらかで自然に囲まれた環境や人柄も反映されています。そういうところにも同じカナダ人として惹かれたのかなと思っています。


――制作に入るにあたり、この作品に対してのビジョンをロビーとはどのように共有していたのでしょうか?


ロアー:ロビーは音楽人として物語、神話をつくる人なんです。それに実際、ある種、すごく神格化された人物でもある。でも、そういうイメージは"嘘っぱち”とまでは言わないけど、もっとニュートラルにしたくて、そういう側面はあえてバッサリと切ってしまおうと思っていました。代わりに、彼の人生をかけた大仕事であるザ・バンドとは何だったのか?という核心に客観的に触れるような作品にしたかった。ロックスターのつくる物語ではなく、個性のある5人のメンバーがさまざまなことに挑戦し、壁にぶち当たり、そこから何を得ていくのか?ということをしっかり画面に刻みたかった。そこは最初にロビーに伝えました。彼は特に何も言わずに任せてくれました。

兄弟のような絆で、他のミュージシャンたちもうらやむ音楽を生み出した。

通称「ビッグ・ピンク」でともに暮らし、音楽をつくり上げていったメンバーたち。その絆は永遠には続かなかった。しだいにメンバー間に溝ができ、ドラッグ問題も持ち上がり、ザ・バンドは1976年に解散。リチャードは86年、リックは99年、リヴォンは2012年に他界。ガースは本作に、アーカイブ映像として登場する。photo : (c) Robbie Documentary Productions Inc. 2019

――ザ・バンドのドキュメンタリー映画といえば、マーティン・スコセッシが監督した『ラスト・ワルツ』が有名です。今回の作品にもスコセッシの名前が製作総指揮にありますが、彼はどのような役割を果たしたのでしょうか?


ロアー:基本的には劇中にコメントをしてくれる出演者のひとりという位置付けですが、もちろん彼はロビーの友達でもあるので、あのスコセッシ監督が関わってくれる!というだけで大変光栄でした。ただ、劇中のスコセッシの撮影とブルース・スプリングスティーンの撮影とのスケジュールを入れ替えてほしいと伝えたら大声で怒鳴られたり、何か気に入らない質問を僕がしちゃったときも機嫌が悪くなったり……と、どうも僕には少し風当たりが強い感じもしましたね(笑)。でも、出来上がった作品は気に入ってくれたようです。映像に関わる若いヤツならスコセッシに怒鳴られるなんて、もう、窓から飛び出して逃げてしまいたくなるような経験だと思いますけれど!


――制作はどのような手順で行われたのでしょうか。


ロアー:基本的に昔の記録フィルムを編集するので、ほとんどがスタジオでの作業でした。とにかくアーカイブ映像をたくさん見つけて整理してフッテージをつけていくという骨の折れる作業。それを最終的にまとめるのに時間も手間もかかりました。撮影はインタビュー部分のみなので、その対象となる相手に合わせてこちらから出向くという具合。たとえばエリック・クラプトンから、「この日だったら時間が取れる」みたいな返事が来たら、カメラを持ってロンドンに向かう……というようにフットワーク軽くいないといけなかったんです。そこへいくと僕は、ドキュメンタリー映画をおもに手がけていますし、リュックにカメラひとつをポンと放り込んでどこにでも出向くことをこれまでに何度も体験してきました。そういう僕をどこかでロビーも信じていてくれたのか、何も言わずに自由に撮影させてくれました。

ザ・バンドの解散コンサートを追った『ラスト・ワルツ』の監督で、本作の製作総指揮を務めたマーティン・スコセッシ。「僕とは年齢も立場も違う人というのもあって、やり取りする上でなかなか難しい部分もあった」とロアーは明かす。photo : (c) Robbie Documentary Productions Inc. 2019

――この作品からはまさにタイトル通り、彼らが兄弟のように親しく活動していた、そのフレンドシップや絆のようなものが伝わってきます。1960年代後半から70年代にかけて、ちょうどベトナム戦争を受けてのラブ&ピース~ヒッピー・ムーブメント思想が崩壊した時代の空気とも無関係ではなかったような気もします。さまざまな分断が進むいまの時代に、この映画をどのように受け止めてほしいと感じていますか?


ロアー:この映画に刻まれた彼らザ・バンドのメンバーたちによる絆は、タイムレスなものだと思います。そういう意味では、いまの時代にもフィットして観てもらえる作品ではないでしょうか。ただ、こういうロックバンドのメンバー同士の絆、そう“バンドフッド”とも言えるような関係はやっぱり少し特殊なのかなとも思います。ある種、互いのいいところもイヤなところも受け入れなければいけない……結婚しているようなものですよね。でも、そこで生まれた子どもたち――つまりザ・バンドの曲たちは、バンドが解散しても残っていくし、しかも時代を超えて多くの人に聴かれていく。そこをこの作品から感じ取ってもらえれば嬉しいですね。


――この作品が昨年のトロント国際映画祭のオープニングでプレミア上映されたのが1年前。新型コロナウイルスの影響で、わずか1年の間に世の中は大きく変わってしまいました。2020年のいま、この作品にどういう思いで触れてほしいと思っていますか?


ロアー:この作品は確かに、兄弟のような関係だった5人のメンバーの絆や崩壊が扱われています。けれど、これは当事者たちだけの話ではありません。時代は変わってもアルコールやドラッグの依存症に苦しむ人もいますし、いまだとまさにコロナに感染した人もいるかもしれません。僕の従兄弟も、この作品の制作中にある薬品の過剰摂取で亡くなってしまいました。いつの時代にも人と人とのつながりを求め、でも、何かに苦しんでいる人がいる。思いやりをもって人と接することの大切さ、その積み重ねが人生なのだということを、この作品を観た人に気づいてもらえればと願っています。僕自身もこの作品をつくり、年齢を重ねていくことの素晴らしさを知りました。人生、いまのこの瞬間が通り過ぎたら終わり、というものではなく、長年の積み重ねの上にあるものだということを僕はロビーに教わった気がしています。


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『ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった』
監督/ダニエル・ロアー
出演/ロビー・ロバートソンほか
2019年 カナダ・アメリカ合作映画 1時間41分
10月23日(金)より角川シネマ有楽町、渋谷WHITE CINE QUINTOほかにて公開。
https://theband.ayapro.ne.jp/