祝50周年!ちょっと人に話したくなる「フーテンの寅」12のトリビア。

祝50周年!ちょっと人に話したくなる「フーテンの寅」12のトリビア。

文:轟 夕起夫 イラスト:ユリコフ・カワヒロ

1969年にスタートした『男はつらいよ』。今年の12月27日に50周年を迎えます。国民的喜劇映画には、ちょっと人に話したくなるような面白いエピソードが満載でした!

祝50周年!ちょっと人に話したくなる「フーテンの寅」12のトリビア。

トリビア1. 寅さんのトランクの中身は?

『男はつらいよ』の主人公、車寅次郎こと“寅さん”のトランクの中にはなにが入っていたのか?については、誰もが気になるところ。当時の小道具担当者によると、着替え用のダボシャツの上下にステテコ、胃腸薬や目覚まし時計、花札などが入っていたとか。第7作の『~奮闘篇』(1971年)では妹のさくらお手製のふんどしを、第25作『~寅次郎ハイビスカスの花』(80年)ではラジオやタコ社長と御前様からの見舞金を、第29作『~寅次郎あじさいの恋』(82年)では鉢巻にも下駄の鼻緒にもなる手ぬぐいを取り出すシーンが登場します。


トリビア2. 寅さんの甥っ子の満男を演じた俳優は、吉岡秀隆だけではない!!

満男と聞くと吉岡秀隆の顔がすぐに思い浮かびますが、実は彼の前にも満男を演じた俳優が3人もいます。第1作(1969年)にだけ出演した初代は餅菓子の名店「川忠本店」の5代目主人・石川雅一(生後6カ月)、3代目は第9作『~柴又慕情』(72年)に出演した沖田康浩。面白いのは第2作『続 男はつらいよ』(69年)から第8作『~寅次郎恋歌』(71年)、第10作『~寅次郎夢枕』(72年)から第26作『~寅次郎かもめ歌』(80年)で満男を演じた中村はやとで、彼は“泣かない赤ん坊”という理由で近所の電気屋から連れられてきた一般人でした。


トリビア3. ファッションアドバイザーとして、ピーコも参加していた。

長い歴史を誇るシリーズだけに、思いがけない人が関わっている作品も。第47作『~拝啓車寅次郎様』(1994年)のタイトルロールを注意深く見ると、ファッションアドバイザーとしてあのピーコの名前が!どんなアドバイスをしたのかとても気になります。


トリビア4. 妹のさくらには、別の兄がいた!

寅さんとさくらは実は異母兄弟で、寅さんの上に、さくらと同じ母をもつ長男の竜一郎がいました。ところが、釣りに出かけた際に事故に遭い、帰らぬ人に。寅さんは団子屋の5代目主人・平造と柴又の芸者・お菊(ミヤコ蝶々)との間にできた子。お菊は、第2作『続 男はつらいよ』(1969年)と第7作『~奮闘篇』(71年)に登場しています。

祝50周年!ちょっと人に話したくなる「フーテンの寅」12のトリビア。

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トリビア5. えっ、寅さんの冒頭の口上が変わってる!?

「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい、姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」。映画の冒頭で流れる有名な寅さんの口上ですが、第32作『~口笛を吹く寅次郎』(1983年)では「大道三間 軒下三寸借り受けましての渡世、わたくし、野中の一本杉でござんす」に変わっています。なぜ、変わってしまったのか? どんな心境の変化だったのか? 寅さんに街でバッタリ会ったら、一度聞いてみたいものです。


トリビア6. 寅さんは、一度死んでいる。

『男はつらいよ』はもともと1968年に始まった全26話の連続TVドラマで、その最終回は衝撃的な内容でした。寅さんは当時高額で売れたハブを捕るために奄美大島に渡り、ハブに左腕を噛まれてしまいます。しかも、種違いの弟・雄二郎(佐藤蛾次郎)が迅速に腕を切れなくて即死。ところが、その結末を観た視聴者から「なぜ殺した?」という文句の電話が殺到し、それが映画化につながりました。

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